029 如月美紀
幸せになって欲しい。
アンタの幸せは、アタシの願いなんだから。
世界にうまく順応しているフリばかり得意になって、その実、心の奥底で廻る感情の歯車と世界との噛み合わせが悪いことに、本当はアタシ、気づいている。そんなアタシと違って楓は──楓のいるところ、常に陽の光が降り注いでいるような、いつだって世界を味方につけているような人生を、アンタは生きてきたはずでしょう。アタシにはそう見えていたもん。だから、ずっと楓に憧れて、一番近くで楓を眺めてきた。楓という燦々たる存在。それがアタシにとって、唯一、この世の絶対、だったから。
だというのに、最近のアンタは、なんなんだよ。
つまらなそうに窓際に佇んで、ぎこちない笑顔ばかり振りまいて、出まかせばかり口から吐き出して。面白くない。そんなアンタ、面白くないよ。
遊びに行こう。今日、アタシは、楓をそうやって誘った。いま思えば、その誘いは文脈的に不自然なところがあった気がする。唐突な提案に聞こえてしまったのかもしれない。でも、言い切ってから、それでもいいと思った。
アタシの本懐は「楓と遊びに行きたい」ではなく、「元気な楓が見たい」だったから。その為に「遊びに行こう」。「いつまでも暗いアンタを見るのは、もう懲り懲りなんだ」。心の中でそう付け足した。
「…………」
けれど。
「ごめんね。最近、ちょっと……」言葉を濁して、続けた。「忙しくて」
変わらず、寂しそうな表情で、彼女は言った。
俯く。帰宅部で無趣味で彼氏もいないアンタに「多忙」なんてないだろ。
「あ、そう。アレだ。最近ね、ハマっているゲームがあって」
アタシが薦めたソシャゲのことだろうか、と訊いた。
「それ。だめだねー。一度ハマっちゃうと、なんも手につかなくなっちゃうよー。美紀のばか〜! 余計なこと教えやがって〜!」
回想を終えたアタシは、自宅のソファに寝転んで、アタシはそのソシャゲにログイン。フレンド欄に、楓の名前を見つける。
最終ログイン、一週間前。
「……嘘つき」
ボヤく。
なんでそんな見え透いた嘘をつくんだよ。アタシにバレないと思ってるんだろうか。アタシを見くびっているんだろうか。まさか、アンタが落ち込んでいることにすら気づいてないと、そう思っているわけじゃないだろうな。なめないでよ。楓はアタシにとって、その程度の友人だと、アンタは思っているってことなの? むしゃくしゃするよ。本当に、嫌な気持ちになる。
「…………」
あ、やばい。
「…………待って、待ってちょっと」
この家にはアタシ以外誰もいないのに、全くアタシは何を制止したいのだろう、こんな馬鹿げた独り言はいてさ。
なんて、アタシはそうやって油断したわけで。
結果。
言葉で制止したはずの涙が、頬を伝ってしまった。
「……ちょ、泣くのかよ、アタシ」
だせぇ。
「……こんなしょーもないことで……」
アホっぽ。
「分かんな、分かんなすぎる……」
感受性豊かすぎるだろ。アタシは胸中で、アタシにツッコミを入れた。
だって、おかしいでしょ。普通に考えて。友人が落ち込んでいるだけで、泣くの? アタシの涙って、そんな安かった? この前、彼氏と別れた時だって泣かなかったし、なんなら腹抱えて笑った女だぞ。卒業式でも泣かなかったし、映画でも泣いたことないのにさ。
こんな小さなことで、泣くか? 普通。
「……そうか」
少し考えながら泣いて、この涙の理由が、わかった。
アタシ、楓へ何もしてやれないことに、泣いてんのか。
小粋なジョークで楓を笑わせてやることもできない。楓を遊びに連れ出すことだって出来ない。例えばそれが、「嫌われているから」とか分かりやすい理由だったら、キレて終わりにすればいいけど、そうじゃないこともまた、アタシには分かっていたから、ただただ悔しい。
だからアタシは、陽平くんに会いにいった。
アタシに出来ないことを、唯一、彼ならやってのけると思った。
けど、それも失敗に終わってさ。
「……無力すぎでしょ」
この世界は、どうして、こうも惜しいんだろう。
一向に、アタシと世界の歯車が噛み合う気配はない。やることなすこと空回って、徒労に終わって、アタシという無茶苦茶な存在だけが、ポツリ、残る。だけ。
……ねぇ。
と、またしても、馬鹿げたことを考え出して、かぶりを振る。
いや。けど。
この部屋には誰もいないんだ。このモヤモヤを解消するためにも、馬鹿げた考えを言葉にしてしまおう。
アタシはそう思って、
「楓」
息を吸って。
「陽平くんとの関係を失って、ヘコんでるなんてさ、アホでしょ」
吐いて。
「アタシがいるんだよ」
もう一度、吸って。
「アタシを頼ってよ」
もう一度、吐いて。
名前を呼ぶ。
楓。
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