幕間

022 峰岸晴喜

 割とみんな、俺の話には興味がない。ここでいう「みんな」とは、人類全体のことを指している。あ、いや、どうだろう。母ちゃんだけは、例外な気がする。


 まあそういう訳だから、俺の心情描写やら過去回想やらを特筆して語るつもりはない。どうせ、頭空っぽにしてのらりくらり毎日を過ごしているワケだし、あえて語るべき議題もないしな。


 というか、そもそもだ。


「俺はいま、誰に語りかけているのやら」


 自転車を学校指定の駐輪場に停めながら、俺はそうやって冷静になった。


 脳内モノローグ。小さい頃からのクセ、というか、お気に入りの独り遊び。暇を持て余すとついやってしまう。馬鹿馬鹿しいと思えどやめられぬ。だってなんだか、やっているうちは、俺の人生が俺主体みたいに思えるから。


 元来俺は、俺の人生の主役が俺自身である、なんて出過ぎたことを考えていない。し、実際違うと思っている。理由は簡単で、俺の人生に起きるイベントの中心人物として、俺がキャスティングされたことがないからだ。


 この十六年間を回想すれば、わりかし劇的な事件が周囲で起きている。けれど、そのどれもが「俺の物語」と主張するには、いささか無理があるというか、まあなんだ、突き詰めて考えれば他人事な事案ばかりなのだ。


 最近で言えば、友人の岡崎陽平の身に起こっている出来事とか。


 土砂降りの放課後、見ず知らずの女子高生から性交渉を持ちかけられた、とアイツは言っていた。しかもどうやら、後日、その女子と再会したのだとか。更には、その再会とやらが、幼馴染に告白してフラれた帰り道だったという。


 その話を聞いた時、俺は、あまりの情報過多っぷりに、貧血を起こした。色々起こりすぎだろ、と思った。一方その頃、俺、峰岸晴喜は自宅にて、昨年の『熱波甲子園』を視聴しながらポテチをつまんでいたという。この差よ。


 ま、そういうわけでさ。俺の身に起こるはずもない事件の数々を、あれよあれよと引き起こしてしまう人間たちの多いこと。彼らの心情を慮れば、一概に「幸せな人生やなあ」と思えるわけでもないけれど、それでも、「ちゃんと自分の人生を生きていて、素晴らしいね」とちょっとばかし羨んでしまったり、する。


 といって、妬んだりはしない。他人の人生に嫉妬するほど俺は落ちぶれてないのだ。


 だからまあ、今日も今日とて、俺は俺の人生の端役として、ポジティブシンキング片手に、他人の人生を微力ながら盛り上げるために生きるのだ。


 いかん。またしても脳内モノローグをしてしまった。反省。舌ぺろ。


   ***


 はてさて。


 やはり昨今の最重要議題としては、陽平の問題が挙げられよう。ま、事の大きさとしては見知らぬセーラー服の件の方が事件的だが、あれは日常に支障をきたすような事項ではない。童貞卒業が早まるかどうか、という話である。


 いやまあ、俺たち童貞にとって卒業云々の話が死活問題ではあるのは確かだが、けれどでもしかし。どちらかと言えば、アレだ。楓ちゃんとの関係。そっちの方が、問題だ。


 というのも、物事には優先順位というものがある。アイツの中で楓ちゃん問題が解消されなければ、リトル陽平の元気も出まい。萎えっぱなしであろう。だからまずどうにかすべき事柄は、セックスの方じゃない。ピュアラブの行方だ。


「まさかねぇ、フラれるとは思わなんだ」


 呟く。これは、マジだった。


 一部外者の俺から見れば、二人の仲の良さは、世のカップルたちと遜色ないように見えた。つーか、付き合ってるも同然だと思ってた。だってよ、毎日一緒に帰ったり、休日遊びに出かけたり、普通にやってんだぜ、アイツら。アレを男女交際と呼ばずして、なんと呼ぶってんだ。アレか? いわゆる、男女の友情? そんなもん都市伝説かと思っていたが、実際にやってのける奴がこんな身近にいるとはなあ。


 て、思っている人間はどうも俺だけじゃなかったらしい。


「岡崎くんと、小山さんって、ただの幼馴染なんだよね?」

「え?」


 教室。自分の席で陽平のことを考える心やさしき親友を地で行っていたら、急に女子から話しかけられてビビった。視線を上げる。


 ロリ巨乳だった。あ、失敬。畑中だった。


「あ、いや、ね。峰岸くんって、岡崎くんと仲いいでしょ?」

「ああ。大親友だよ。お互いのほくろの数も把握してる」


 テキトーな冗談で返す。にしてもロリ巨乳よ、あまりに突拍子もないな。普段、会話をする仲でもないし、陽平の話題で盛り上がったこともないだろ、俺ら。


「……どしたん、急に」

「どうした、って言われると難しいんだけど……。なんだろう。最近さ、岡崎くんと小山さん、一緒にいるところ見ないから。なんかあったのかな、って」


 目ざといな、こいつ。


「喧嘩でもしたのかな?」

「あー、そうなんじゃね。多分」

「…………」

「なになに、その疑いの眼差しは」

「…………。ううん。違うの。もしかして、二人って付き合ってたのかな、って。で、別れたとか、そういうことかな、って考えてただけ」


 想像力が豊かなこった。当たらずとも遠からず、なのが恐ろしいけれど。


「付き合ってねえよ、あの二人。ただの幼馴染だ」

「……ただの幼馴染が、あんなパッタリ、距離置くことある?」

「あんさ。距離置いてるわけじゃねーと思うぜ? もともとクラスも違うしさ。キッカケがなければ会話だってしねーんじゃねえの。それこそ、ただの幼馴染なんだから」


 陽平のためにも、キッパリ否定。少し嘘をついてしまったけど、誤魔化すためにはしゃーなしだろ。


「んなことよりも、畑中、今度デートしない?」


 からの、必殺パンチ。ばかげた話題を投げて、話を逸らそうっていう寸法よ。これ以上、陽平にとってセンシティブな話題に踏み込ませるわけにいかんからな。肉を切らせて骨を断つ。セクハラまがいのことを言って畑中に嫌われようが、俺には痛くもかゆくもないからな。もう会話できなくなったところで、巨乳は遠くから眺めているだけで価値がある。


 と、いうわけで、我ながら上手にやったな、と思っていたんだけど。


「あ、え、え……?」

「ん?」

「ちょ、ちょっと、待って」


 ……思わぬ反応が返ってきやがった。


 なんで畑中、赤面してんの?


「み、峰岸くん、それ、本気なの……?」

「は?」

「え、えっと……。あの、そ、そうだな……」

「畑中?」

「かっ、考えさせてっ……!」


 そう言って、そそくさと去っていく畑中。


 え、は? 何がどうなって、こうなった?


「待てよ、畑中!」彼女の背中めがけて、叫ぶ。「なんで断わんねーんだよ!」


 声は、届かず。


 俺は一人、取り残されてしまった。考えさせて、ってなに? どういう意味? まじで、なんで断わんなかったわけ?


 脳内モノローグ、再開。文字数にして、三万は軽く超えそうな情報が頭の中で目まぐるしく飛び交っていた。


 うん。アレだな。なんというか。


 ちょっと待ってくれ。


 考えさせて。

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