011「何様目線だよ」「峰岸様目線ですが、何か?」

 ここ最近の事を思い返せば、色んなことが一度に起きすぎている気がする。すべて、突然の出来事で、その割に、僕の日常を大きく震撼させるような、重大な事件ばかりだった。


 土砂降りの日。見知らぬ女子高生から「せくしゃるなおさそい」を受けたこと。


 次の日の放課後。楓から長谷部という男子に告白されたと聞かされたこと。


 今日。如月という楓のクラスメイトに連れ出されて詰問されたこと。


 その結果。成り行きで、今週末に楓と出かける予定になったこと。


「サラバ〜青春の日〜♪ 愛し愛された君との生活よ〜♪」

「…………」


 で、今。


「グッバイ〜♪ マイ、ラヴァああああああああァ♪」


 僕と峰岸は、カラオケボックスに来ていた。この状況に関しても、ある種、事件的である。


 何故ならば、僕は一度も「カラオケに行きたい」と言っていないし、確かに峰岸から「カラオケ行くしかねえな」という誘われ方をされたけれど、了承した覚えはないのだ。


「だァ〜」と、やりきった感を出しながら、峰岸がソファに座り込んだ。

「…………」


 ……まあ、せっかく来たことだし僕も歌おう、と思い、タッチパネル式のリモコンに手を伸ばす。


 しかし、素早く、峰岸がそれを阻止した。


「ダーメだっつーの! お前は歌う側じゃない。聴く側!」


 そしてこの台詞である。本日、多分、五度目ぐらい。


 そうなのだ。僕は、特別行きたくもないカラオケに連れてこられた上に、何故か歌わせてもらえていない。


「これは、日曜日の為のリハーサルなんだから。ライブで知らない曲ばかり聴くのも辛いだろ?」


 峰岸が言う。


「だから俺が、歌って聴かせてやってんの。ちゃんと覚えろよ? 〈フレンチコネクション〉の曲」


 フレンチコネクション、とは、日曜日、楓と見に行くバンドの名前だった。


「全部覚えるまで、お前は歌っちゃダメな!」


 どうやら、そういう理由らしい。


 これは、コイツなりの優しさ……なのか。それとも。


「それでは、次の曲いってみよ〜! 〈エイティーンス・エンドロール〉! ほら、手拍子!」


 ……いや。

 コイツが、ただ歌いたいだけだな。こりゃ。


   ***


「いやぁ〜、まさかねえ〜。楓ちゃんが告られていたとは」


 歌い終わり。カラッカラの声で、峰岸が言った。ウーロン茶を一口飲み、続ける。


「しかも、あの長谷部から」


 あの、という言い方が気になるが、とりあえずスルー。まあ、悪い意味とかじゃなくて、おそらく「学年内でも有数のモテ男」とか、その辺りの含意があるのだろう、と解釈する。


「まあ……。まさか、だよな……」

「しかし、そんな窮地に陥ったお前に、挽回のチャンスが巡ってきたわけだ。いやあ、如月ってヤツ、めちゃくちゃナイスだな。分かってるわ〜。やっぱりね、楓ちゃんには陽平しかありえねえよ! うんうん」

「何様目線の発言だよ、それ」

「峰岸様目線ですが、何か?」


 ……言わなきゃよかった、と今更後悔する。峰岸も峰岸で、自分勝手に解釈するタイプなんだよな。


 そう。僕は、今日の昼休みに起きた出来事とそれに至るまでのすべてを、放課後、峰岸に言ってしまったのだ。彼は、情報の一つ一つに一々驚きの反応を見せた。それから、僕がフレンチコネクションを一度も聴いた事がない、と言うと、例の「カラオケ行くしかねえな」発言をかまし、僕を無理矢理にここへ連れてきた、という次第だ。


「にしたって、カラオケしかない、ってことは無いだろう……。別に曲を聴くだけなら、スマホで十分なのに」


 どうやら、フレンチコネクションは相当有名なメジャーバンドらしい。軽く動画サイトで検索をかけてみたら、ミュージックビデオがいくつか上がっていて、そのどれもが百万回再生を超えていた。中高生の間を中心に流行しているらしく、峰岸も例に漏れず、アルバムを二、三枚通して聴いたことあるぐらい好きだと言っていた。


「だって、昼休みの話では、お前、フレコネ大好きってことになってんだろ?」


 フレコネ、とは多分、バンドの略称だろう。


「……そういうことにされてしまった。如月に」

「だったら、カラオケしかないだろ」

「だから、カラオケしかない、ってことは無いだろ……」


 自分で言ってから、気づく。無限ループじゃん。怖。


「あのさ、峰岸はどう思う?」


 ループを断つため、発言。峰岸がウーロン茶の入ったグラスを手に持ちながら、「ん?」と顔を向けた。


「なにが?」

「如月ってやつの考えてること。すげー不気味でさ」

「ああ、それね」峰岸がグラスに口をつけながら、「知らね」

「知らね……ってお前」


 ゴクリ、ウーロン茶を飲み干す。空のグラスをテーブルに置いて、彼はまた僕を見た。


「いや、だって。どーでもよくね? そんなこと」

「……んー」

「どうせ、あんま考えとかねーよ。マジで急に予定が入った、とかも有り得るしな」

「そうかもしれないけどさあ……」


 口ごもる。


 僕はどうも、そこに納得がいっていないのだ。もちろん、重苦しく考え過ぎているワケでもないけれど、意図が読めないのは、少し怖い。


「ちげーよ、バカ。お前が怖がってんのは、如月の考えが読めないことじゃない」

「はあ? じゃあ、なんだっての?」

「楓ちゃんとデートすることになった、ってこと」

「…………」

「違う? そうだろ?」


 思わず無言になってしまった。


 デート。付き合ってもない二人の、デート。

 そう言語化されると、やはり、少し心拍数が上がってしまう。


「いつぶりだ? 二人っきりの、お出かけって」

「……ほとんど、一年ぶり」


 去年の四月。別れる直前の映画館デート。それがたしか、最後のはずだ。


「ともすれば、まー、緊張するわな。気持ち分かるぜ」

「……き、緊張なんかしてねーっての」

「お前、当日もそーやって強がる可能性あるからな〜。見栄はバレるし、バレるとダセえぞ」

「うぐっ……」

「だから、予行練習に連れてきてやってんだよ。ほれ、峰岸様の優しさに平伏したまえ」

「いや、カラオケに来たのは、お前が歌いたいだけだ。絶対」


 それに、当日はカラオケじゃなくてライブなんだし、予行練習にもなんねーよ。と、心の中で、追撃。


 しかし峰岸は、僕のツッコミをガン無視して、タッチパネルに手を伸ばした。


 テレビ画面を見る。またもや、彼はフレコネの曲を入れたようだ。「新しい明日のはじめかた」という名前の曲だった。


 伴奏が流れ出す。峰岸がマイクを握った。歌い出す。


 いくつかの曲を聴いて思ったが、フレコネのメロディーは、かなりキャッチーだ。歌詞は英語と日本語を織り交ぜながら、いかにもな淡い青春を歌い上げていて、聴いていてかなり心地がいい。流行るのも分かるな、と思った。


 特に、いま峰岸が歌っている曲が、すごく良かった。


 二番のサビらしき部分に突入する。峰岸の歌声を聴きながら、表示された歌詞に目を通す。




 新しい明日は来ないよ そんなことどうでもいい

 君との今が欲しいだけ 君との今が欲しいだけ




「なあ」


 サビの途中。峰岸が唐突に歌うのをやめて、言った。


「え? なに」

「お前、日曜日、告れよ」

「は、はあ!?」


 な、なんだよ藪から棒に。そう言いたかったけど、あまりにも強烈な言葉が飛んできたせいで、結局なにも言い返せなかった。


 彼が言葉を続ける。


「俺はさ、ずっとそうした方がいいと思ってるんだ。二人のためにもさ」

「…………」

「長谷部に告られたんだろ、楓ちゃん。なのに、返事を渋ってんだろ。それってさ、陽平がいるからじゃねーの?」

「な、」ようやく声を出せた。「なわけ、ねーだろ……」

「言い切れねーだろ。で、だよ。そのタイミングでさ、如月の画策とはいえ、迷わず、お前をライブに誘ったんだ。脈ナシなわけがねえ。普通に考えたらな」

「…………」

「いいか? 絶対に、告れよ」


 頷かなかった。だからと言って、首を振ることもなかった。


 そんなこと言われても、困るばかりだ。


 峰岸は知らないから。僕の恋が、去年の春に、一度終わっていることを。楓にフラれていることを。


「陽平」


 二番が終わり、間奏が流れていた。


 峰岸が僕の目をじっと、見る。


「今ここで、約束しろ」

「なにを」

「日曜日、楓ちゃんに告白します。そう、宣誓しろ」

「……嫌だ」

「んでだよ」

「できねーよ。そんなこと」

「ダセぇ〜! ここまで来て弱気な男、ダセぇよ! 腹くくれよ!」

「んなこと言ったってな、お前……」

「覚悟を決めろよ!」


 室内。間奏、ギターソロが、爆音で、鳴っている。


 バラードよりも少し速いテンポの曲だった。ミドルテンポ、というんだっけか。その曲のスピードを、僕の心拍数が追い抜いていく。どんどん、脈打つ速度が、速くなっていく。


「…………」

「お前はいいのかよ! 楓ちゃんを長谷部に取られて!」

「………………」

「チャンスなんだぜ? これが最後だ。多分だけどよ、付き合うとか付き合わねえとか関係なく、楓ちゃんとの関係を続けられる最後のチャンスなんだ。長谷部と楓ちゃんが付き合ってみろ。もう一緒に帰れねーぜ。遊びに行くなんて、もってのほかだ!」

「それは……」そうかもしれない。

「俺はな、今日の話を聞いてからさ、ずっとそーゆーことを考えてたんだよ。お前に後悔して欲しくねえ。だから、行動して欲しいって、思ってんだよ」


 間奏が終わる。峰岸の背中の向こう側、テレビ画面に、大サビの歌詞が表示された。




 新しい明日は来ないよ 待っているだけじゃダメだ

 君との今が欲しいだけ 君との今が欲しいだけ


 ささやかな幸せは 立ち止まってちゃ続かない

 夢にまで見る今ならば 僕のゆく先にある


 出逢ってしまったのだ 君と

 出逢ってしまえたのだ 君と




「陽平!」


 峰岸の叫ぶような声が、僕に現実を教えてくれた。


 ……そうなんだよな。


「立ち向かえよ、陽平!」


 一回、フラれている。それが、なんなんだろう。


 そんな理由で、立ち止まっていたって、状況は好転しない。


 むしろ、楓は僕から離れていく。知らぬ男と、付き合ってしまう。


 嫌だ。そんなのは、嫌だった。


「峰岸」僕は口を開く。「暑苦しいよ、お前」


 るせぇ、と峰岸が、吐き捨てるように言った。


「……約束は出来ない──」けど、と僕は続けた。


 峰岸が、微笑む。


 曲が終わった。一瞬、室内に静寂が流れる。その間、僕と峰岸は、互いに視線を交わしていた。


 コイツはかなり大胆なことを言いやがったな、と思っていた。そして、僕もかなり大胆な返事をしたな、と思った。


 それでも。

 気持ちは、どこか、晴れ渡っていた。


「──しゃーねぇから、考えてみる。ちゃんと」


 多分、決意ならば、固まっていた。

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