005「第一回、街角ナンパ選手権!」「やんねーぞ?」
かえで : 明日、長谷部くんと帰ることになるっぽい。
そろそろ眠るか、と考えていた僕を叩き起こしたのは、楓から送られてきた、その一文だった。
かえで : ぶっちゃけ、まだ答え決めてないし、気まずいんだけど。
連投。うっかり既読をつけてしまったものだから、早く返信を考えなきゃ、と気が急ぐ。
岡崎陽平 : おー。
かえで : 気のない返信だねー。幼馴染が真剣に悩んでるっちゅーのに。
岡崎陽平 : すいやせーん。
かえで : むう。
かえで : そゆことだから明日は一緒に帰れないっぽい。
かえで : よろ。
「…………」
ベッドの上、寝返りを打つ。目線の先、真っ白な壁紙。が、ボヤけて見える。頭の中を、色々な感情や言葉がグルグルと巡っていた。
告白された、という楓の告白から、三日が経つ。
まだ、彼女は答えを出していないらしい。
それが僕にとっては、幸か不幸か、分からなかった。フって欲しい、と、正直なところ思う。だからその為にも、たくさん時間を使って考えて欲しい……なんて、何様目線なのだろう、とセルフツッコミを入れたくもなる考えと同時に浮かぶ。
けれど、彼女が保留すればするだけ、その間、僕は憂鬱でい続けるだろう。長谷部とやらの告白を受け入れるならば、いっそ早いほうがいい。楽に殺して欲しい。とも、思う。
「…………」
スマートフォン、画面を見る。
文字を打つ。
岡崎陽平 : いつ答え出すつもりなんだよ。
画面越しなら大胆になれる男、岡崎陽平。
……だせえな、我ながら。
ピコン、と音が鳴って、返信が届く。
かえで : いつまでも待つよ、って言ってたから。当分は考えるつもり。
岡崎陽平 : 当分って?
かえで : いつまでも、っていうくらいなんだし、半年ぐらい答え出さなくても、いーよね? 永遠に比べたら、半年間は誤差の範疇だよね? そう思わん?
岡崎陽平 : 思わねーよ。
かえで : むう。
いつまでも、か。
いつまでも続くんだろうか。この、モヤっとした生活は。
あー。スマホを、ベッドへと投げ出す。
なんつーか、イヤんなるな。
楓の決断を待ち続ける自分に。
自分では何も行動しようとしないで凹んでばっかりの、その女々しさに。
「…………」
あー最悪だ。完全に頭が冴えてしまった。
ベッドから起き上がり、部屋の隅に置かれたテレビに近づく。画面の真下、据え置き型ゲーム機の電源にスイッチを入れる。画面が点く。棚に並んだソフトの一覧を眺めていると、随分昔にやりっぱなしで放置していたRPGを見つけた。久々にやるか、とディスクを挿入。ロード。
起動して思い出す。そういえば、裏ボスの前で止まったままだったっけ。こいつ、何度戦っても勝てないんだよな。
無心。とりあえず無心で挑む。そうすれば、目の前の悩みから逃げられる気がしたから。
挑む。あと一歩のところで、負ける。再挑戦。次は、HPを半分も削れずに負けてしまった。もう一度だ。勝てない、から、もう一度。何度も、何度も──。
それから、気づけば二時間。僕はゲームに熱中していた。
時計を見て、驚く。もうこんなに経ったのか。と、そこで、我に返る。我に返れば、ゲームの中へ逃げこむことで忘れかけていた悩み事が、瞬く間に、蘇ってしまった。
ゲーム画面の中、勝てない僕を嘲笑うかのような裏ボスのモーションが見える。ゆらゆらと動くそれに立ち向かう気力は、もはや無かった。
コントローラーを床に置く。
……潮時かもしれないな。
そう思って僕は、ゲームの電源を、切った。
***
「ああ、そうだな。潮時だ!」
峰岸の声が、空っぽの教室に響き渡る。
「もういい加減、やめちまおうぜ」
何を、と返す。
すると峰岸は、椅子の上に立ち上がって、高らかに、
「俺たちの、童貞ライフ!」
そう、宣誓した。
***
今頃、楓は長谷部とかいう奴と下校しているんだろうか。
そんなこんなで、気が気じゃない放課後のこと。
「第一回、街角ナンパ選手権、開催けってぇええええええい!」
峰岸は、今日も、感情を大爆発させていた。
「…………」
「エントリーナンバーワン! 峰岸晴喜!」
「………………」
「エントリーナンバーツー! 岡崎──」
「やんねーぞ?」
一刀両断。
峰岸の動きが、止まった。
「ええええええええええええええ!?」
「なんで純粋に驚けんだよ」
「だって、お前は……てっきり……女に飢え腐っているかと……」
「そんな、世界一イヤな腐り方してねーよ」
「してろよ、相棒!」
「コンビを組んだ覚えはない」
「コンビ名、岡ノ峰」
「力士なん?」
峰岸が床に降りることなく、その場でしゃがみ込む。椅子に座った僕と、目線の高さが同じになった。
「……んだよ、冷めてんなあ。陽平」
「お前が暑苦し過ぎんの」
峰岸が、やれやれ、と下を向く。
「あんさ。お前は考えないわけ?」
「何を」
「俺ら、いつまでこーやって、二人で一緒に放課後を過ごすんだ、って。もう一年間ずーっとこんな感じなんだぜ? 気づいたら老後になっちまうよ」
「老後に放課後はねえよ」
「老後そのものが人生の放課後みたいなもんだからな」
「別に、上手くないぞ?」
などと言いながら、でもまあ確かに、と思わないことも無かった。
僕らは毎日のように、放課後を一緒に過ごしている。お互い、彼女の一人も作ることなく。
僕は、まあ、楓という片恋相手がいて、しかもそれは一度終えた恋なワケだから、何事も無いのは至極当然なのだけれど。悲しいことに。
「そういうワケで、ナンパなんだよ」峰岸が言う。「自分から動かんことには、人生に進展などあり得ないからな!」
「……まあ、言ってることは正しい」
「だろ?」
不服ながら、頷く。
「お前もさ、楓ちゃんという最愛の相手がいるのは分かってんだけどさ。けど、ちょっとは女慣れしとかねーと、楓ちゃんのこと満足させてやれないんじゃねーの?」
「! ァだッ! も、お、お前!」
頷いたのが、悪かった。図に乗りやがった、コイツ。
「ほれ見ろ。楓ちゃんの名前を出しただけでそれだもんな。十六にもなって、恥ずかしくないのかね」
「ルセー! 不意打ちはずりーぞ!」
「正面から斬ったつもりなんだがな」
シシシ、と憎らしい笑みをこぼす峰岸。腹たつ。最近の鬱憤を全てぶつけてやろうか、とも思った。やんないけど。
「……峰岸さあ」
「ん? なんだよ」
椅子の上にしゃがんだまま、身体を揺らしている。天敵を挑発するとき、こういう動きする草食動物がいそうだな、と思いながら僕は見ていた。
「……ナンパしたことあんの?」
「無いね」即答だった。「悪いかよ」
「悪くないけど。よくまあ、そんな無謀な策に出ようと思ったよな」
「未経験なら全部無謀になるのかよ。じゃあ人類は皆、無謀をやってのけてんだな」
「御託はいいんだよ」
「間違ってないだろ」
間違ってはないけど、認めたくないので、スルー。
「……どうせ、いつもの思いつきだろ?」
「まあな」
潔さは認めてやろう。
「ほらな。どうせ、何の策もないんだろ? 思いついたことをただ言って、盛り上がって、って、こんなのいつもの放課後の延長戦じゃねーか。結局、変わんないんだよ。僕たちは」
「ちょっと待てよ、岡崎」
「何だよ」
「それは違うぞ」
「それって、どれ」
「何の策もない、って部分」
「は?」
訊き返す。
なんだと? コイツ、何か考えがあるのか?
……それはそれで不安なのだが。
「ああ。あるぜ、策。まあ、思いつきだけどさ。けど、我ながら、かなーり良い思いつきだと思うんだよ。……なあ」
「……なに?」
恐る恐る、返す。
「聞きてえか?」
峰岸の顔が近づく。彼の瞳が、至近距離にあった。意外や意外、よどみのない目をしている。
その輝きを見るに、本当に何か策があるのかもしれなかった。
……あるからといって、成功するビジョンは全く見えないけれど。何てったって、実行するのは僕と峰岸なのだから。
「…………」
「沈黙は答えになんねーぜ、ハンター試験じゃねーんだから。俺が欲しいのは、イエスかノーだ」
「…………」
別に、本気にしていなかった。彼の策とやらをきいたところで、そんなのただの与太話の範疇。笑い種にして、終わり。でいいのだ。いつものように。
けれど。
どうも、今日の峰岸は、意思が強そうに見えた。雑談、で済ませる様子じゃなかった。
「……聞くだけ聞くよ」
でだ。僕はその覇気に気圧されてしまったのである。
「そうこなくちゃなあ! 相棒!」
そう叫んだかと思うと峰岸は、椅子から飛び降りた。そのままの勢いで、彼の席の方へと駆けていく。机の前まで到着すると、その引き出しの中を漁り始めた。それから、何かを取り出す。
何か。
「なに、それ」
一応、尋ねる。
「見りゃ分かんだろ」ソレを掲げて、言う。「スケッチブック、だよ」
B4サイズのスケッチブック。選択授業で美術を取っている人間が使うソレだった。たしか、峰岸は美術だったはず。だから、所持していることになんの疑問もないのだが。
問題は、それとナンパがどう関係するのか、ということだ。
「絵を描くんだよ。当然」
「何の?」
峰岸がニタリと笑った。
嫌な笑い方だ。今日史上、最も。
「俺はな、ずーっと考えてたんだ。こないだ、お前の話を聞いてから、ずっと」
「僕の……?」
嫌な予感がした。
「ああ。土砂降りの日に出会った、エロいセーラー服の話だよ」
そして、その予感は的中した。
「どうにかして探し出してやりたいと思った。それはお前の為じゃねーぜ。俺たちの為だ。そんな身近に、俺たち童貞を慰めてくれる聖母がいるってんだ。なら、尻尾振って飛びつかないなんて間違ってる。だろ?」
僕は知っている。こうやって興奮している時の峰岸を止める術などない。
「てなわけで、見つけ出そうぜ。俺たちで。その為には、まず、セーラー服の情報が必要だ。どんな見た目で、どんな服装で、そういう外見的な特徴が」
……話が見えてきた。
「なあ、陽平」
「……なんだ」
「教えてくれよ。そいつの見た目。それを今から、俺が、絵に起こす。指名手配犯の似顔絵みてーにさ」
まじで、
コイツ、
アホだ。
「アホで結構」
峰岸はそう言って、僕をジッと、見つめた。
「童貞って言われるよりかは、名誉ある呼ばれ方だ」
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