閑話:脅威(※ノエル視点)

 ――「とてつもなく嫌なもの」が現れた。


 ジルからそう報告を受けて脳裏に過ったのは、オリヘンで聞いた邪神の話だった。


 邪神とは人間の心の澱に触れた神が成り果てるもの。

 それならばジルが感じ取った「不吉」や「災い」に似た気配にも説明がつく。


 もしも邪神がレティから私の魔力――月の力を感じ取ってしまったら、と考えると肝が冷えた。

 レティには何重にも防御魔法や魔術をかけている。そのため、レティには月の力の気配が強く残っており――失った月の力を探し求めている邪神に狙われる可能性がある。

 

「……レティを安全な場所に閉じ込めるべきなのかもしれない」


 リュフィエを探している間、そのような考えが思い浮かんだ。


 レティはそのような事を望んでいないのはわかっている。それでも、消えない不安が「そうするべきだ」と囁いてくる。


「だけど、何度そのような事を考えても私はできないだろうな。レティを悲しませるようなことはしたくないし、そもそも行動に移せないだろう」


 とんだ意気地なしだな、と自分を嘲笑った。

 

     ◇


 レティを乗せた馬車を見送り終えると、アロイスたちと共に王城にある彼の執務室へと向かう。

 

 執務室には最近になって増設されたと思われる真新しい机がいくつか並んでおり、どの机にも書類が山積みになっている。


 卒業後のアロイスの多忙さを目の当たりにした。

 レティがこの光景を見ればまた、アロイスの為に何かをしたいと言い出すに違いない。

 

 アロイスは使用人たちに言いつけてお茶を用意させ、


「どうぞ掛けてください。みんな、話したい事があるでしょう?」


 一人一人の表情を確認しつつ、そう話を切り出した。「話したい事」とは、あの黒い影の事について言っているのだろう。

 得体のしれない不穏な生き物が王宮に現れ、決定的な消滅を確認できていない――つまるところ、彼にとって頭の痛い問題がまた一つ増えたから早急に解決したいに違いない。


「まずは君たちに礼を言いたい。レティのために駆けつけてくれてありがとう。君たちのおかげでレティはあの影に接触されずに済んだ」


 まさかあの場にアロイスが居るとは思いも寄らなかったが、彼が居なければ間違いなくレティはあの影に何らかの危害を加えられていただろう。

 もしもの事を考えるだけでも不安と恐怖で眩暈がする。


 レティの名前を口にすれば、アロイスの表情が微かに和らいだ。


「礼には及びません。先生のためならいつでも駆けつけますから」


 その言葉をレティが聞いたら卒倒していたに違いない。

 レティがここに居なくてよかった、と密かに安堵した。


 困ったことに、レティはアロイスが成すこと全てに好感を持ってしまう。

 そんな二人のやり取りを見ていると仄暗い嫉妬心が生まれ、それをいつも持て余している。


「それにしても……、あの黒い影の正体は何だったのでしょうか? 禍々しい気配を持っているのにも拘わらず、リュフィエさんの光の力で消せなかったのが気になります。それほど強力な存在であるのかもしれません」


 アロイスはこめかみを押さえた。疲労の滲む表情からは彼の苦労が推しはかられる。


「まずは宮廷魔術師団の報告を待とう。彼らが出動すれば残された魔力の痕跡をから正体を突き止められるかもしれない」


 宮廷魔術師団の第三部隊は魔術の研究に従事する魔術師の集まりだ。

 他国でも評判の解析能力を持っている彼らなら邪神の情報を掴んでくれるかもしれない、と淡い希望を抱いている。


「アロイスは即位までに片付けなければならない問題に集中するといい。黒い影については私に任せなさい」

「つまり、あれに心当たりがあるんですね?」


 問うような口調だが、こちらに向ける眼差しは確信めいている。

 

 下手に誤魔化すよりも明かして協力を仰ぐべきなのかもしれない。

 どのみちアロイスには詳細な資料が揃い次第話すつもりだった。手元にある資料はいささか心もとないが、話すのにいい頃合いだろう。


「……オリヘンにある遺跡を知っているだろうか?」

「建国以前からある神殿の事ですね」

「ああ。そこに封印されていた邪神が解き放たれたと聞いて調べているところだ。だから黒い影は恐らく、その邪神ではないかと推測している」

「あれは単なる言い伝えとされていますが……それが本当であるのなら厄介な事態ですね」


 神妙な顔つきになるアロイスとは裏腹に、リュフィエたちは小首を傾げている。

 どうやら彼女たちには遺跡の話は馴染みがないようだ。


「情報共有の時間が必要だね。いい講師がいるから連れて来よう。彼は歴史学者の弟子をしているから詳しいはずだ」


 果たしてアロイスたちがあの遺跡についての情報をどう捉えるのかはわからないが、彼らならランバート博士の研究を無下にすることはないだろう。


 むしろあの黒い影を目撃した後となればなおさら、情報を欲しがるはずだ。


「――それでは、卒業後の特別授業を始めよう。ノックス王国の平和の為に、持ちうる限りの知識と情報を君たちに提供するよ」


 かつてレティが「メインキャラクター」と呼び特別目をかけていたこの子たちなら、この困難な状況を打開してくれるかもしれない、と一抹の希望を抱いた。



***おしらせ***

三章はこれにて完結です!

次章も新しいキャラクターが登場しますので引き続きレティたちを見守ってあげてください!

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