第四章 黒幕さんの仕業でした
01.新ヒロインとの交流
「ファビウス先生!」
名前を呼ばれて振り返ると、新ヒロインのエリシャが息せき切ってやって来た。
エリシャはミルクティー色の髪に青い瞳を持ち、ぶ厚い瓶底メガネをかけた小柄で気弱そうな少女。
旧ヒロインのサラは明るく元気なアイドル的存在だったけど、新ヒロインのエリシャは庇護欲をそそるような儚い雰囲気を持っている。
「あらあら、どうしたの?」
「あの……その……」
視線を彷徨わせつつ、人差し指同士をつつき合いつつ、一生懸命に言葉を紡ごうとしている姿が可愛らしい。
微笑ましく思いながらエリシャの言葉を待っていると、思わぬ頼みごとをされてしまった。
「ファビウス侯爵に会わせていただけませんか?!」
「……は、はひ?」
(ファビウス侯爵って、ノエルのことよね?!)
突然のことに驚き、混乱して頭の中でぐるぐると思考が回る。
ファビウス侯爵はノエルのことで、ノエルは旧作の黒幕で、エリシャは新作のヒロインで――。
本来なら巡り会うことの無かった組み合わせに、ただただ混乱するばかりだ。
「ファビウス侯爵って、私の夫のこと?」
「はい。以前、王宮植物園でお会いした時にやっとお名前がわかったので、お礼を言いたいんです!」
「お礼を?」
またもや予想外の申し出に驚かされる。
どうやらエリシャはノエルを探していたようだ。となるとつまり、二人には何かしらの交流があったということで――。
(もしかして、ノエルとエリシャが出会ったから物語が変わったの?!)
それならエリシャが一年目からオリア魔法学園に居る理由も納得できなくもない。まずは状況確認をしないといけないわね。
「ミュラーさん、差し支えなかったら何があったのか教えてくれるかしら?」
「はい。ファビウス侯爵にはわたくしたち家族を救ってもらったんです。きっかけは、わたくしが酒場で働いていた時に厄介なお客様に絡まれていたのを、通りがかったファビウス侯爵と侍従の方が助けてくれたことです」
「侍従の方?」
ノエルはいつもミカを連れているから侍従はつけていないはず。
一緒に居た誰かのことを勘違いしているのかしら、と思わず首を捻る。
「艶やかな黒髪を結った柔和で気品のある綺麗な方でした。背はファビウス侯爵より少し高く、所作は指先まで美しくて――」
エリシャは瞳をきらきらと輝かせつつ、マシンガンのように言葉を連ねる。
ゲームの設定通り、彼女は夢中になると饒舌になるらしい。
そしてその姿を形容するなら、『恋する乙女』がふさわしいだろう。
つまり、ノエルの侍従であるその男性に心を惹かれてしまったようだ。
その予感を感じ取り、内心冷や汗をかく。
エリシャが教えてくれた容姿に当てはまる人物は一人しか思い当たらない。
(一人――いや、一匹と言うべきよね……)
新ヒロインは、人間に擬態したミカに惚れたのかもしれない。
足元に居るジルに視線を送ると、ジルはにべもなく「ミカのことだろう」と言ってのける。
「あのお方はミカ様というお名前なのですね!」
気になる相手の名前を知ったエリシャはますます嬉しそうだ。
そんなにも喜ばれると、残酷な真実を告げるのが心苦しい。
「ミュラーさん、あのね――」
「その後お二人は、わたくしと兄弟たちが学業に専念できるよう、わたくしの両親が王宮で働けるよう取り計らってくださったんです。――だから、ファビウス侯爵とミカ様にぜひ感謝の気持ちを伝えたいんです!」
新ヒロインの健気で可愛らしい姿で頼みごとをされてしまうと断れない。もともと断るつもりは無かったのだけど、彼女のミカへの想いを知ってしまったせいで悩んでしまう。
どうしようかと悩んでいたその時、背後で誰かが小枝を踏んだ音がした。
パキンと乾いた音が聞こえるのと同時に、エリシャが体を強張らせた。
さっと青ざめてしまい、まるで肉食獣を前にした被捕食獣のように震えている。
「あ、あの! 次の授業があるので失礼します!」
「ミュラーさん?! 今はもう放課後ですよ?」
びゃっと逃げるようにして去ってしまったエリシャは、あっという間に校舎の中に消えてしまった。
「――なんだ、あの小娘は小僧を見て驚いたのか」
ジルの呟きが聞こえて振り返れば、いつの間にかバージルが背後に居る。
目が合うと、彼はビクリと肩を揺らした。
ああ、こういったところはゲームと変わらないのね、と微笑ましく思う。
恐らくバージルは、エリシャの事が気になって近づいたのだろう。
「……なんだよ。こっちを見るな」
ぶっきらぼうな声で威嚇してくるけれど、バージルはどことなくバツが悪そうだ。
エリシャの話を盗み聞きしていたのがバレてしまったからだろう。
実はバージルはエリシャの幼馴染で――幼い頃からずっとエリシャを気にかけている。
もとよりエリシャと交流があった彼は、没落した彼女の実家を救えなかった負い目を感じているのだ。
そんな『心優しい不良』という立ち位置にいるバージルのギャップに胸を打たれて彼のファンになったプレイヤーは数知れず。
続編の攻略対象の中では、一二を争う人気ぶりだった。
「……あいつと侯爵たちを会わせるのか?」
ぶっきらぼうな声で尋ねてくるバージルの顔を見てみると、耳が少し赤い。
好きな女の子の事が気になるけどそれを悟られないよう必死に隠しているのが微笑ましい。
「そうね。もし本当に夫がミュラーさんのご家族のお仕事を斡旋していたのなら、会ってもらうつもりよ。感謝の気持ちを伝えたいというミュラーさんの気持ちに応えたいですから」
「……お、俺も」
「俺も?」
「――っ。何でもねぇよ!」
バージルは投げやりに言葉を吐き捨てると、大股で逃げ去る。
エリシャの事が心配だけど、ついて行きたいと言うのは気恥ずかしいようだ。
面倒くさいけど可愛らしいわね。
……とはいえ、大変な事態になってしまった。
よもや新ヒロインが旧黒幕の連れている使い魔に惚れてしまうなんて――。
混戦必至の怪しい雲行きに、思わず溜息をつきたくなる。
ひとまず、帰ったらノエルを問い質すことにした。
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