09.わだかまり

 ノエルとサラが調べてくれたところ、黒い影の気配はすっかりなくなったらしい。

 脅威が去ったとわかり、ひとまず胸を撫で下ろす。


「バージル殿下、具合はどう?」

 

 アロイスとフレデリクに体を支えてもらっていたバージルは、ディディエの治癒魔法のおかげで一人で起き上がれるようになった。


「……別にどこも悪くねぇよ」


 バージルはプイと反対側に顔を向けてしまい、目を合わせようとしてくれないけど、一応返事をしてくれる。

 すると、彼を診ているディディエが慌てて「安静にしないといけないですよ」と注意する。


 ディディエは王国騎士団に所属する治癒師らしく白い装束を着ている。それがよく似合っており、ディディエの美人度がさらに増したような気がする。

 優美な微笑みを湛えて治療している姿はもはや聖女のようだ。


 ……オルソンから聞いた話によると、騎士団ではディディエに惚れて人生を狂わされてしまった騎士が複数名いるらしい。


 彼らが惚れてしまう理由はわかる。

 ディディエは思いやりがあるし、彼と話していると癒されるのだ。


 黒い影の登場で思いがけず教え子たちの成長した姿を見られた。

 卒業してからまだ少ししか経っていないはずなのに、みんな立派に仕事をこなしているように見えて頼もしい。


 集まった教え子たちを眺めて感慨にふけっていると、


「バージル、植物園を抜け出して何をしようとしていた? ファビウス先生が助けてくれたから大事には至らなかったが、もし一人で居る時に襲われたらどうするつもりだったんだ?」


 アロイスがバージルを諫めた。

 新旧の攻略対象が対話している貴重なシーンだ。ゲームでは見られなかった光景のため、思わず凝視してしまう。


「アロイス兄様には関係ない事です。俺がどうなろうと口を出さないでください」


 バージルの返事はどこか他人行儀で、まるでアロイスを突き放そうとしているかのようだ。


「いいや、私は仮にもお前の保護者なんだから守る義務がある。だからこれからも口出しさせてもらうぞ」


 先代の国王を葬り去って以来、アロイスは他の兄弟たちの面倒を見ている。

 ゲームでも続編のアロイスが兄弟たちを気にかけているという描写があった。


 それはバージルとエリシャの会話シーンでサラッと紹介された話だった。

 卒業後の推しを知ることができたため、私にとっては続編で一番心に残ったシーンだ。


 ただ、ゲームの世界とこの世界では、そうなった背景が異なるのが気がかりだ。

 ゲームの世界では先代の国王が第三者によって殺されたが、この世界ではアロイスが断罪して先代の国王を亡き者にした。

 

 そんな彼の事を兄弟たちや元王妃たちが警戒しているという噂を聞く度に、不安になってしまう。

 

「俺のことなんて放っておいてくださいよ。中途半端に情をかけず、クロヴィス兄様や父上と一緒に処刑してくれたらよかったんです」


 バージルは吐き捨てるように言うと、治療してくれているディディエの手を払い、王宮植物園に戻ってしまった。


「ファビウス先生、ご迷惑をおかけしてすみません。私の所為でバージルは傷ついてしまい、ああなったんです」 

「迷惑だなんて思っていないわ。だからアロイス殿下は気に病まないようにね」


 しかしアロイスは私に向かって深く頭を下げて謝った。

 そして――。


「図々しい頼み事だとわかっていますが、どうかあの子の味方でいてあげてください」


 絞り出すような声で、そう言った。


     ◇


 王宮植物園に戻ると、そこではまた一つ問題が起こる。

 私とバージルの帰りを待ってくれていた理事長と目が合うなり、彼の頬がひくりと痙攣したのだ。


 例えるのなら、「ドン引き」したような表情になっており、 


「……ファビウス先生、背中にくっついているのはまさか、ファビウス侯爵でしょうか?」


 私の背後に視線を向けつつ問いかけてきた。


(やはり、気になりますよね……)


 言いたいことはわかっているし、私だってこんな事はしたくなかった。

 だけど、世の中どうにもならない事がある。


「え、ええ。夫が離れなかったので仕方がなく連れてきました……」


 ノエルは私が黒い影に襲われたのがよほどショックだったようで、どれだけ説得しても離れてくれなかったのだ。


 アロイスたちに助けを求めても、みんなノエルの肩を持つものだから取り付く島もなく……そのまま戻る羽目になる。


 この後、生徒たちからヒューヒューと囃し立てられてしまい、羞恥に耐えながら学園に帰ることになる。


 校外学習は波乱の中で幕を閉じた。

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