06.真夜中に語らう
遺跡を出てからはメアリさんの家に手紙を読みに行ったり、ユーゴくんの案内で市長に会いに行ったりと、慌ただしく過ごした。
そして夜になった今、私もノエルも宿でのんびりと過ごしている。
「ノエルったら、ずっとその絵を見ているわね」
ベッドの端に腰かけ、熱心に小さなロケットを覗き込む横顔に話しかけると、ノエルは照れくさそうに微笑む。
ノエルの手の中に在るのは、オリヘンのお義母様の絵が入っているロケット。これは、ノエルのお祖父様が手紙に入れて残してくれていたものだ。
もし、ノエルがオリヘンを訪ねて来たら渡して欲しいと手紙に書いており、まだ見ぬお祖父様の孫を想う気持ちに胸がいっぱいになった。
「ああ、……ようやく母の絵を手に入れられたから、つい見てしまうんだ」
「本当に綺麗な人ね。いつまでも眺めていられそうだわ」
オリヘンのお義母様は煙るような金灰色の髪を持つ美しい女性で、瞳の色はノエルと同じ紫色。
何よりも惹かれるのはその雰囲気だ。妖艶さと凛とした意志の強さが宿っていて魅せられてしまう。
ノエルは目元を綻ばせると、ロケットをベッドサイドテーブルの上に置いた。
「レティ、改めて言うよ。オリヘンに行こうと提案してくれてありがとう」
ぎしっとベッドが軋む音が耳に届けば、腕の中に捕らわれている。
優しく包み込み、啄むようなキスをいくつも贈ってくれる。
「レティが一緒に居てくれて心強かった」
「愛してる」
「このままずっと抱きしめていたい」
……先ほどまでの、「感動☆ノエル、初めて母の姿を知る」のような空気はどこへ行ったのやら。夫はいつもの如く甘え始めてしまった。
低音の美声で柔らかに囁かれ続けると、次第に心がもぞもぞしてくる。
はっきり言って照れくさいし、慣れないのよね。
前世の乙女ゲームで何千回・何万回と愛の言葉を聞いてきたわけだが、二次元と三次元はやはり別物だわ。
……それに、リアルに目の前で囁かれるなんてことなんて無かったもの。
毎度口から砂糖を吐きそうで、未だにどう対応したらいいのかわからないわ。
洋画みたいに「私もよ、ダーリン♡」なんて台詞がすぐには出てこないし、思いついても気恥ずかしくて言えない。
「レティ、考え事?」
問いかけてくる声は、心なしか不安げな声で。
意識を現実に戻せば――いつの間にか視界が変わって、天蓋を仰いでいる。
ちょうどノエルに押し倒されているような構図になっておりいささか焦ってしまう。
だけど、ノエルの顔を見て冷静になった。
こちらを覗き込んでくるノエルの表情は恐ろしいほど穏やかで、そして無機質だ。
ノエルに婚約を持ち掛けてすぐの頃のように、私に感情を隠しているのがわかる。
「ノエルは不安そうね」
「……また、月の力に悩まされることになったからね」
邪神の事を、心配しているのだろう。
今日のノエルは始終気を張っているようにも見えたから、警戒しているようだ。
「ひとりで思い詰めちゃダメよ。私も一緒に悩ませて」
「レティはそう言って一緒に荷物を持ってくれるから――嬉しいけれど、レティを巻き込んで失ってしまうのではないかと不安になるんだ」
私を危険に晒したくないけれど、離れたくも手放したくもないから、途方に暮れているのだ、と。
そう付け加えて、力なく笑う。
以前、ロアエク先生を失いかけた時の事がトラウマになっているのかもしれない。
両腕を伸ばして、すっかりしょげてしまっているノエルを抱きしめた。
「大丈夫、私はそう簡単にやられたりしないわ。これまでにも色々あったけれど、乗り越えて来たでしょう? それに、ノエルを幸せにするってオリヘンのお義母様に誓ったから、何があってもしぶとく生き残るわよ」
「レティ……」
強張っていた笑みが、ゆるゆると解ける。
少しの間、言葉も無くじっと見つめるノエルの眼差しを、私も静かに受け取った。
愛おしいと伝えてくれるこの眼差しが好き。
「それにね、もうすぐで続編のメインキャラたちが入学して来るはずだから、邪神にばかり構っていられないわ。ちゃちゃっと解決しましょ!」
「……え? 続編?」
ノエルの目が点になる。おまけに口は微かに開いたまま固まってしまった。
「ええ、ウィザラバは最初の作品が人気だったからシリーズものになったのよ。まだ物語が始まる頃合いじゃないけれど、メインキャラたちが入学してくるはずだわ」
続編のタイトルは【ウィザード・ラヴァーズ~魔法使いの歌姫と永遠の誓い~】!
舞台はサラたちが卒業して二年後のオリア魔法学園で、ヒロインのエリシャが転入してきた場面から始まる。
エリシャはもともと侯爵令嬢だったのだけれど、父親が陰謀に巻き込まれたのをきっかけに没落し、使用人夫婦に引き取られて平民になるのよね。
そんなエリシャの元にもオリア魔法学園から入学の案内が届くのだけれど……自分を育ててくれている義理の家族を支える為に、一度は入学を辞退する。
彼女が転入することになったきっかけは、ズバリ歌。
エリシャはもともと歌が好きで、平民の学校に通う傍ら働いている食堂で常連客達に歌を聞かせていたのだけれど――その歌を聞いたとある人物が、彼女の歌には特別な魔法が込められているとして、半ば強引に転入させたのよね。
その人物こそが実は続編の黒幕で、エリシャを翻弄させるという皮肉な運命が描かれたストーリー。
クレメント・ぺルグラン――つまり、新しい理事長がエリシャを転入させる、続編の黒幕だ。
だからこの間、学園に挨拶をしに来たときは心臓が止まるかと思ったわ。
……ただ一つ気になるのは、ゲームの中の理事長には息子が居なかったのにこの世界では居ると言う事ね。それも、新入生として入学して来るなんて……。
もしかして、物語が変わったからなのかしら?
「レティ?」
「あ、ごめんなさい。考え事をしていたわ」
「なぜ、その事を教えてくれなったんだ?」
「ひぇっ」
じんわりと、ノエルの笑顔に圧が加わる。
「どどど、どうしたの? 怒ってる?」
「どうして怒っていると思う?」
「ほ、報連相が足りなかったから……でしょうか?」
「正解だ。今夜はじっくりと聞かせてもらおう」
そのままノエルに唇を塞がれてしまい、これでは話せないじゃないかと抗議するもののどうする事も出来ず――おまけに、翌日の明け方まで眠らせてもらえなかった。
ちなみにこの翌日、ユーゴくんがこの宿に突入してきてひと騒ぎあり――私たちの新婚旅行は、始終賑やかで慌ただしかった。
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