05.心優しい星の願い

「――謝らなくていい。どのような選択をしようと君の自由だ」


 ノエルが事も無げに紡いだ言葉に、ユーゴくんは榛色の瞳を揺らす。


「で、でも……」


 そのまま視線は上へと移動して、遺跡の壁に描かれた絵に留まった。


 女神と二人の男と三日月、その周りには無数の星が散りばめられている壁画だ。

 神話の一場面が描かれているのかしら?


「星は月を助ける為に力を与えられたと、この遺跡に残る資料には書かれていました。実際に、あなたを見た瞬間から星の力が『仕えろ』と呼びかけてくるんです。だから本当は、ここを離れてあなたに仕えるべきだとわかっているのですが……やはり僕はお師匠様の側に居たいのです」

「どのような理由があるにせよ、その力を持っているのは君なのだから自由に使えばいい。それに、君の人生は君自身のものだろう?」


 ふと、ノエルが抱きしめる力を強めてきた。

 まるで私が腕の中にちゃんと居るのか確かめているような抱擁で、切ない気持ちにさせられる。

 だから「ここに居るよ」と伝えたくて、ノエルの手の上に掌を重ねた。


「私は月の力を所有しているだけであって、ただそれだけの事で君の主人になろうとは思わないし、この力を使って世界を変えようとも思っていない。実のところ、今は手の中にある幸せを失わないように見守るので手一杯なものでね。だから君も、神話に書かれているからと言って使命感に囚われる必要は無い」


 ”ただ、月の力を所有しているだけ。”


 先代の国王と対峙してから、ノエルは自分の力にそう折り合いをつけた。ノエルは平穏な日常を求めているから、今のままでいたいらしい。


 だから、アロイスがノエルを王族に迎えようとした事もあったけれど、ノエルはそれを断った。


「――ありがとうございます。お師匠様と離ればなれにならずに済んで安心しました。お師匠様は僕が居ないとちゃんと眠れないんです」

 

 ユーゴくんはすっかり安心したようで、ふにゃりと笑った。その仕草があまりにも愛らしくて、思わず頬が緩んでしまう。

 ……ただ、話している内容についてはどう答えたらいいのかわからなくて、困惑しているのだけれど。


「ユーゴ! 誤解を生むような事を言うんじゃないよ!」

「本当の事なんですってば~!」

 

 先ほどまで黙って成り行きを見守っていたメアリさんが、光の速さでツッコミを入れた。

 

 例えメアリさんが眦を釣り上げて𠮟りつけていても、ユーゴくんはニヨニヨとして幸せそう。

 その様子はさながら、飼い主にじゃれついているゴールデンレトリーバーのようで、見ているとほっこりとした気持ちになる。


 すると、メアリさんは疲労を滲ませて溜息をついた。


「それにしても、急に色んな情報が入ってきたのもだから頭がついていかないよ。ユーゴは星の力を、レジーヌの息子は月の力を持っているとはね」

 

 やるせなさそうに呟いて、彼女もまた壁画を見つめる。


「なるほどね。王族の――グウェナエルの末裔の血を引いたから、お前さんは月の力を手に入れたと言う訳か。よりによって、巻き込まれて欲しくない子たちが揃って特異な魔力を持っているとは皮肉なもんだねぇ」

「巻き込まれるって……何に、ですか?」

「……ついておいで。説明するより見た方が早いだろう」


 メアリさんに手招きされるまま、私たちは遺跡の奥に進んだ。


     ◇


 神殿の離れのような場所に案内されて中に入ると、そこは見るも無残なほど荒れ果てている。

 まるで誰かが暴れて壊したような状態で、足元は瓦礫だらけだ。


「以前はこんなに荒れていなかったよ。それなのに、一年前に大きな音がしたから駆け付けてみたらこの有様さ。悪戯なのか、この神殿が気に食わなくて破壊したのか、それとも不届き者たちが暴れていたのか……。犯人もわからず終いだし、酷いもんだよ」

「ここは何の為の場所だったんですか?」

「件の邪神が眠っていた場所さ」

「えっ?!」


 邪神が眠っていた場所……過去形になっているのが不吉で不穏で仕方がないわね。

 つまり、封印が解けちゃった&起きちゃったと言うことでしょうか?

 

 そもそも、この世界に邪神が封印されているとか聞いていない。

 ゲームにも出てこなかった設定のくせに、どうして今更話題に上がって来るんだ……もしかして、ノエルが闇堕ちしなくて物語が変わったから? 


「封印が解かれてしまったから気をつけた方がいい。きっと月の力を取り返しに来るだろう」

「気を付けようにも、私たちだけでは対処しきれない問題なので王都の主要機関に話した方が良さそうですね」

「奴らは動いてくれないよ。そもそも、ここの神話を信じちゃいないんだから」


 メアリさんの声が、すっと低くなる。

 気づけば、彼女は傷ついた表情を浮かべていて、荒れた祭壇を恨めし気に見つめている。


「私の父もまたこの神話を研究していたけれど、それが原因でマルロー公の不興を買って王都から追放されたんだよ。誰も助けてくれず、逃げるようにしてこの街に来たんだ。封印が解かれた時だって、神殿や宮廷魔術師団に手紙を送ったけど音沙汰無しだよ」


 メアリさんが経験してきた苦労は計り知れない。

 彼女はお父様の無念を晴らすために研究を続けているらしく、この封印が解かれた件をきっかけにお父様の研究を認めてもらおうとしていたようだ。


「――では、私に情報提供をしていただけませんか? もちろん対価は払いますので、邪神に関する資料を中心にまとめてください」


 ノエルがそうお願いをすると、メアリさんは涙ぐむ。


「ああ、もちろんだ。これまでに書き溜めてきた資料をまとめて届けよう。――私たちの研究を頼ってくれて、ありがとう」 


 震える声で感謝の言葉を口にするメアリさんの隣で、ユーゴくんは気難しそうな顔をして、メアリさんをじっと見つめていた。



***あとがき***

更新お待たせしました!

どうしても言い回しが気になり、修正に時間がかかってしまいました……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る