04.歴史学者の弟子
「そうだ、うちの弟子が遺跡に居るだろうから迎えに行かなきゃいけないね」
墓地を出た私たちはメアリさんの家に行く前に、仕事場である遺跡に連れて行ってもらうことになった。
オリヘンはノックス王国が建国される前からある街だから、古の遺跡があるのは知っているけれど……実物を見るのは初めてだ。
「ここの遺跡は、女神様の為に建てられた神殿ですよね?」
「一般的にはそう言われているね。だけど厳密に言うと、女神だけを祀っていた場所ではないのさ」
「他にはどんな神様が祀られていたのですか?」
「……今は邪神となってしまった神様だよ。だから、ここの遺跡は邪神を祀っていると厭う者がいるし、遺跡に残された神話を語ることさえ許さない者だっている」
この世界にも信仰について過激な人たちはいるようだ。
メアリさんは淡々と話してくれるけれど、その声には疲労がじわりと混じっている。
彼らとの間に、何かしら諍いがあったのかしら?
「その神話を聞かせていただけませんか?」
「……いいのかい? お前さんも不快な思いをするかもしれないよ?」
「構いません。知らない事を知らないままにしておきたくないですから」
するとメアリさんは目元を綻ばせて話し始めた。
この神殿に残されている神話では、女神は男神と共にこの世界を守っていたそうだ。
女神は太陽を、男神は月を司り、交代して世界を守っていたのだが――男神は人間の心の澱に触れすぎたせいで邪神に堕ちてしまった。
だから女神は男神から月の力と良心を取り出して、残りをこの地に封印したのだと言う。
「月の力、ですか……」
私とノエルは、思わず顔を見合わす。
メアリさんがいる手前、声に出しては言えないことだけれど――この神話は、ノエルに関係する話なのかもしれない。
「そうだ。男神が月の力を悪用しないように、女神が取り上げたのさ」
「男神の良心はどうなったのですか?」
「女神が人の体を作って、その中に入れたそうだ。そうして生れた人物こそが初代国王グウェナエルだとされている」
「……なんてこった……」
グウェナエルの中身が男神の一部と言うことはつまり、その生まれ変わりであるグーディメル先生も男神の一部ってことよね?
と言うことは、グーディメル先生ってとんでもないチートキャラなのでは?
学園で顔を合わせたら思わず拝んでしまいそうだわ。
「まあ、そう言う訳だから、国王が邪神の一部であるとも解釈できると言う理由でこの神話を厭う者たちもいるのだよ」
「……そう言えば、第一王子の周辺に居たマルロー公爵家がとある宗教についての学術書を片っ端から燃やして根絶させたという話を聞いたことがあるな」
ノエルは片手を顎に添えると、何やら記憶を手繰り寄せようとしているらしく、黙ってしまった。
◇
「――ここが遺跡だよ。整備されてないから足元に気をつけな」
墓地を出てほどなくして、遺跡に辿り着いた。
鄙びた神殿のような佇まいだけれど保存状態は良く、当時の形を保っている。
メアリさんに案内してもらい遺跡の奥地に辿り着くと、先客がいた。
ふわふわとした濃い金色の髪を持つ青年が、榛色の瞳を動かして熱心に資料を読んでいる。
その横顔には人懐っこさがあり、どこか可愛らしい雰囲気の人だ。年は……私たちより少し若そうね。
「あそこで本に噛り付いているのが弟子のユーゴだよ」
「おお、ワンコ系イケメン」
「……レティ?」
「ノ、ノエル?! 急に抱き上げないで!」
弟子のユーゴくんは私たちが来たのに気づいて顔を上げた。そして――。
「――月だ」
こちらを見た途端、そう呟いて涙を零した。
安堵に似た表情を見せたかと思うと、まるで自分の反応に戸惑っているかのような表情にもなり、ひどく狼狽えているのがわかる。
そして、手に持っていた資料をバサリと落として、私たちの元に歩み寄った。
それはまるで、何者かに憑りつかれたかのような足取りに見える。
跪いて、ノエルを見上げた彼の目には複雑な感情が入り混じっていた。
「月の力を、持っているんですよね?」
ポロポロと零れる涙を拭いもせずに、ノエルに尋ねる。
「そう言う君は、星の力を持っているようだね」
星の力を持つ者は、月の力を持つ者に対して絶対的な忠誠心を持ってしまう。
その決定的な瞬間が、この涙のようね。
表情筋を自在に操るダルシアクさんでさえ、初めてノエルを見た時に涙を零していたのだと、ノエルから聞いたことがあるもの。
「ええ。星の力を狙う人買いから逃げていた時に、お師匠様に拾ってもらいました」
ユーゴくんは震える声で言葉を続ける。
「僕は出来損ないの星なので、あなたにお仕えできません。これからもお師匠様の側で恩返しをしたいんです……!」
「……」
ノエルは黙って、ユーゴくんを見つめている。
遺跡の中に、沈黙が降りた。
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