03.過去をなぞる指先は

「知っているも何も、レジーヌとは幼馴染だからね」


 オリヘンのお義母様の知り合いらしいこの女性は、メアリ・ランバートと名乗った。歴史学者らしい。

 この近くにある遺跡で研究しているから、毎日オリヘンのお義母様のお墓を訪ねているのだとか。


「ラロシュ一家――レジーヌの家族とは、親戚も同然ってくらい付き合いがあったのさ」

「そうでしたか。母は、どんな人でしたか?」


 ノエルは人好きのする笑みを浮かべて女性に問いかける。その微笑みを見た途端に冷や汗が出た。


 完璧な笑顔だけれど、これは相手の出方を窺うための武装だ。

 ゲームの中のノエルがこの表情を浮かべてサラたちと交流していたから、わかってしまう。


「レジーヌは器量が良くて、よく気が付くけれど、じっとしていられない性質の人だった。とてもよく世話になったよ。私はもともと、この街の人間ではなかったから馴染めずにいたんだけど、レジーヌが妹のように可愛がってくれてね。彼女のおかげでこの街の一員になれたようなものさ」

「そうなんですね。ご出身はどちらですか?」

「王都だよ。父の仕事の都合で、オリヘンに越して来たのさ」

「……そう、ですか」


 ノエルはまだ警戒を解いていなくて、触れている指先から緊張感が伝わってくる。

 相変わらず穏やかな表情を浮かべて話を聞いているけれど、内心疑っているところなのだろう。


 無理もないわよね……。これまでに自分の母親の事を知っている人と言えば、害を成してくる人間が多かったのだから。


 私が見たところ、メアリさんは危険人物ではなさそうだけれど……。


 今は仏頂面になってしまっているけれど、先ほどノエルを見て瞠目した後に一瞬だけ、泣きそうな顔をしていたもの。

 それだけ、オリヘンのお義母様の事を大切に想ってくれている人のような気がするのよね。


「外の世界に憧れていたレジーヌは、家出してしまったんだ。それから数年後にはラロシュ一家が国外に越してしまって……交流は途絶えてしまったよ」


 別れは呆気なかったらしい。

 ラロシュ家の当主――ノエルの祖父に当たる方が真夜中に手紙を手渡しに来て、その次の日には街からいなくなっていたらしい。


「――それで、どうしてあなたは息子の話を知っているのでしょうか?」

「ラロシュのご主人がくれた手紙に書いてあったのさ。レジーヌが国王の子を身籠って殺された、と書いていたよ。私の家にあるから後で読みな。……まあ、まずはレジーヌと話してやってくれ」


 メアリさんは立ち上がると、墓石の前を私たちに譲ってくれる。


「ノエル、ご挨拶しましょう?」

「……その前に、確認しなければならない事がある」

「確認?」


 私とメアリさんが見守っている中、ノエルはミカの名前を呼ぶと、ミカと灰色の大型犬が一緒に現れた。


「ミカに墓守犬チャーチ・グリムを連れて来させたの?」

「ああ。死者と墓地の真実を知るのは墓守犬チャーチ・グリムくらいだからね」


 この灰色のもふもふこと墓守犬チャーチ・グリムは妖精の一種で、この世界では墓地に行くと必ず現れる生き物だ。


「先ほどまでの話を聞いていただろう? あの者が言っていることは本当なのか?」


 ノエルの問いかけに、墓守犬チャーチ・グリムは静かに頷く。


「……なるほど、事実なら始末する必要は無いな」

「し……しま、つ……?」


 ぽつりと小さな声で呟かれたノエルの言葉に、思わず震え上がってしまった。

 さっきこの人、始末って言ったぞ。

 始末とはつまり……消すつもり、だったのでしょうか?


 更に恐ろしいことに、ノエルは黒幕然とした微笑みを浮かべている。

 平和な日々が続いても、ノエルの黒幕モードは健在のようだ……。


「ノノノ、ノエル! そろそろお義母様に挨拶しましょ!」


 ぐいと手を引いて墓石の前に連れて行くと、ノエルは真っ白な墓石の上に百合の花束を置いて、そのまま墓石の表面をなぞる。


「……ようやく会えましたね。あなたは命がけで私を守ってくれたのに……会いに行くのがこんなにも遅くなって申し訳ありません」


 切実な声で話しかける姿が痛々しい。

 ノエルが堰き止めていた悲しみや寂しさが、溢れ出ているのが伝わってくるから。


 少しでも悲しみや寂しさが紛れてくれたらと思い、ノエルの隣にしゃがんで抱きしめる。

 そして心の中で、お義母様に話しかけた。


 初めましての挨拶と、感謝の言葉と、そして誓いを伝える為に。


「――お前さんたちは、初めてここに来たのかい?」

「そうですけど?」


 すると、メアリさんは腕を組んで小さく唸った。


「実はね、ここ数年間ずっと花を供えてくれる人がいたから、てっきりお前さんたちが来ていると思っていたんだよ」

「街の人ではないのですか?」

「ありえないね。この街でレジーヌの墓の在処を知っているのは、私と父くらいだし……父はとっくの昔に他界しているからねぇ……」


 もしかして、グーディメル先生たちが来てくれたのかしら?


 私もノエルもそう予想していたのだけれど――王都に帰ってからグーディメル先生たちに聞いたところ、二人とも首を横に振った。国王を警戒して、オリヘンには近づかなかったらしい。


「一体、誰なのかしら?」


 私たちがこの謎に包まれた人物の正体を知るのは、かなり後の事になる。


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