第7話 ジジの休日②

ジジは若い冒険者の発言に悲しそうな表情を見せた。だが、すぐに気持ちを切り替えたのか、声を掛けてきたきた冒険者の目を見て答えた。


「ギルマスには伝言を頼みますから大丈夫です!」


ジジはそう答えると最後にニコッと笑顔を見せて振り返った。声を掛けてきた冒険者達はジジの笑顔に見とれてしまった。


最初に声を掛けた冒険者は、ジジの笑顔を見て、最初に見た時より魅力的な女性だと気付いた。さらにギルド内の冒険者達から注目を浴びていることにも気付いて、引き下がれなくなっていた。


「仲間の知り合いみたいじゃねえか。知り合いが手を貸すと言ってるんだ。断るのは失礼じゃないか。乳デカ女さん!」


冒険者はからかうように話したが、ピピを見てギョッとする。いつの間にかピピの手には短剣が握られていたのである。


「お姉ちゃんをいじめるのは許さない!」


ジジ達は孤児院でいつも酷いことを言われていた。そんなときピピはジジに守られてきた。でも今は姉であるジジを守るのが自分の役目だとピピは心の中で決めていた。


「お、お嬢ちゃん、冒険者ギルドで武器を手にしたら、ダ、ダメだぞ!」


ピピの予想外の行動に冒険者は焦った。焦ったのは武器ではなく、可愛らしい少女がハッキリとわかるほどの殺気を纏ったからだ。


「ピピ、武器はダメよ。テンマ様にご迷惑がかかるわ」


ジジはまた振り返りピピを諌める。


「わかった。武器無しでこいつらを倒す!」


ピピは短剣を収納して不敵な笑みを見せる。


「あ、あなた達いい加減にしなさい。お客様に失礼ですよ!」


受付嬢はすぐに冒険者達のことを止めようとした。しかし、一人が知り合いだと気付いて、戸惑っている間にこんな展開になっていたのである。

小さな少女が武器を出したことも気付かず、武器まで出したと聞いてようやく止めに入ったのである。


「武器を出したのは、グヘッ」


受付嬢に言い訳をしようとした冒険者の腹にピピの蹴りが入った。冒険者の男は一撃で気を失って倒れてしまった。


ギルド内は予想外の事態に静かになった。冒険者の誰もが蹴りが入るまでピピの動きは見えていなかったのである。


「次は誰?」


ピピは倒した冒険者の横に立ち、警戒するように周りを見ながら言った。


「ピピ、止めなさい!」


ジジがピピを止める。


「だってぇ~、こいつらがお姉ちゃんをいじめたんだよぉ~」


「お姉ちゃんは大丈夫だからやめなさい。今日のおやつは罰として無しよ!」


「ええ~、ピピは悪くないよぉ~、悪いのはこいつらだよぉ~」


「ピピ!」


「うっ、ごめんなさい……」


先ほどまで殺気が嘘のように消え、見た目通りの子供のように姉に叱られるピピを見て、ギルド内の冒険者達は余計に混乱して、夢でも見ているかと思い始めていた。


「何事ですか?」


そこに鹿獣人のギルド職員が奥から出てきた。彼女は普段とは違うギルド内の雰囲気に気付いて声を掛けたのだ。


「あっ、ディーナさんお久しぶりです!」


ようやく見知ったギルド職員を見て、ジジはホッとして挨拶をした。


「ジジちゃん? ジジちゃんじゃないの、綺麗になったわねぇ。元気にしてた?」


「は、はい、元気です。それよりピピがギルド内で騒ぎを起こして……」


ジジが申し訳なさそうに話した。


ディーナはジジに言われて、ピピとその横で気絶している冒険者に気付いた。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で言った。


「ピピちゃんも元気そうね。まあ、気にすることはないわ!」


ディーナは何となく状況を理解していた。どうしてこうなったか分からないが、ピピが冒険者を倒したことは理解できていた。

ディーナはピピがロンダを旅立つ時には、D級冒険者くらいではピピに勝てないほど強くなっていたのを知っていたからだ。


ピピはトボトボとディーナに近づいてくると謝罪する。


「ディーナお姉ちゃん、ごめんなさい」


ウサミミが折れ曲がり、悲しそうに謝った。


「大丈夫よ。ピピちゃんがここの冒険者を皆殺しにしても、ギルマスになったルカさんがうまく処理してくれるわ。それよりテンマ君は一緒じゃないの?」


ディーナの発言に冒険者達だけでなく他のギルド職員も驚いた表情を見せていた。どちが悪いかも確認せず、どんな状況でも彼女たちの行動が許されるような発言をしたからだ。


「テンマ様はミーシャちゃんと開拓村に行ってます。私達はドロテア様と一緒に町に帰ってきました」


ジジは普通に答えたが、ドロテアの名前が出たことで冒険者達もギルド職員も息を飲む。そして、ディーナがなぜ彼女達の行動が許されるのか納得したのだった。


「そうなのね……。あなたすぐにギルマスにジジちゃんが来たと伝えてきなさい。あなたは何があったのか説明をお願いね」


ディーナはテキパキと指示を出すのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



冒険者ギルドの会議室で、ジジのお土産のクッキーをギルマスになったルカと受付の責任者になったディーナが笑顔で食べていた。


「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


「ごめんなさい……」


ジジは改めてルカ達に謝罪して、ピピも謝った。


「謝る必要はないわ。こんな女の敵は殺しても大丈夫よ!」


ルカは会議室の端で正座させられている冒険者達を睨んで言った。


あの後、伝言を聞いたルカが受付に出てくると、ジジとピピを順番に抱きしめて歓迎したのである。それを見てその場の全員が、ジジ達はギルマスの知り合いで、間違いなくドロテアの関係者だと確信したのである。


受付嬢も自分の対応に間違いがなかったのか思い返しながら動揺していた。


この国の英雄であるドロテアは、ロンダの誇りでもある。ジジ達がそのドロテアの関係者だというだけで、貴族並みの扱いがされるのである。


「ギ、ギルマス、俺達は声をかけただけです!」


ジジに声をかけた冒険者はこの状況を何とかしようと話した。彼は冒険者として伸び悩み、ダンジョン探索を諦めて、ロンダを拠点にして商人の護衛依頼を受けていたD級冒険者であった。

ロンダ領内では兵士の質も高く、不良冒険者のような連中はいなかった。彼も魅力的なジジと知り合おうと思って声をかけただけであった。


ルカは冒険者をキッと睨むと、畳みかけるように言った。


「声をかけただけ!? 女性に乳デカ女と言うなんて許されるはずないわよ! ピピ、なんでこいつを殺さなかったの。せめて腕か足の一本でも切り落とせば良かったのに!」


「い、いや、乳デカ女と最初に言ったのはコイツだ!」


ルカに責められた冒険者は、若い冒険者を指差した。若い冒険者は涙目で謝罪する。


「彼女に久しぶりに会って、思わず孤児院にいたときの呼び方を……」


「最低よ! ジジが孤児院にいたときから、酷いこと言っていたのね。幼いジジの心がどれほど傷ついたことか。絶対に許せないわ。死んでしまえ!」


ルカは興奮して叫ぶよう言った。若い冒険者はついに泣き出してしまう。


「ご、ごめんなさい。あの時は子供で……、グスッ、ジジが驚くほど綺麗になっていたから思わず、グスッ、本当にぎょめんなしゃ~い!」


若い冒険者が泣きじゃくって謝罪した。


「子供は平気で相手を傷つけることを言うのよねぇ。言った本人は忘れているけど、言われた相手は一生忘れないのよ。私もあいつのことを……」


ディーナさんがしみじみ思い出すように話していたが、途中から嫌なことを思い出したのか、声に怒りが込められていた。ルカも怒りを滲ませている。


その雰囲気に冒険者の男達は怯える。この後、自分達の運命が悲惨なことになりそうだと感じたのである。


「ピピもやり過ぎたから、今回のことは無かったことに……、お願いします!」


ジジがルカ達に頭を下げてお願いした。冒険者達はジジのことを尊敬の眼差しで見始める。


「ダメよ! 簡単に許したら、他の女性がまた被害に遭うわ!」


ルカが冷たく言い放つ。


「彼らも反省しているみたいだから、二度と女性を傷つけるようなことは言わないと思いますよ」


ジジの発言に冒険者達は激しく首を縦に振り同意していた。


「それに私は大丈夫です。今はテンマ様のお陰で幸せですから!」


ジジは笑顔で話した。しかし、これにルカが喰いつく。


「あら、どんなふうに幸せなのかしら?」


一瞬でルカの頭の中から冒険者のことは消えていた。おばちゃん的な好奇心が前面に出たのである。


「あ、あの、テンマ様に優しくていただいて……」


「どんなふうに優しくしてくれるのかしら。もう結婚したの?」


「いえ、あのぉ、それは……」


「お姉ちゃんはテンマお兄ちゃんの正妻なんだよ!」


ピピが普段からドロテアが言っていたことを思い出して話した。


「まあまあまあ! その辺のところをじっくりと話を聞かないとねぇ~」


「それは最優先事項ですね。しっかり報告してもらわないと。ふふふっ」


ルカとディーナはジジに好奇心満載の笑顔を向けて話した。


ジジは恐ろしいほどのおばさんパワーを感じて、額から冷や汗が出るのであった。



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