第8話 ジジの休日③

ジジとピピは冒険者ギルドを出ると、今日泊まる猫の微睡まどろみ亭へ向かって歩き出だした。


ジジはルカの質問攻めが始まりそうになったが、宿の確保があると逃げ出したのである。

ルカもギルマスとしての仕事もあるので、なんとか逃げ出すことはできた。しかし、夕食は猫の微睡まどろみ亭に行くと言われたのである。


ジジはこの後のおばさん軍団、ゲフン……お姉さん軍団の追及を考えると気が重くなるのであった。


「お姉ちゃん、あそこだよ!」


冒険者ギルドから近い猫の微睡まどろみ亭にすぐに到着した。ピピは久しぶりに見る猫の微睡まどろみ亭の看板を指差して嬉しそうに声を上げた。


二人は猫の微睡まどろみ亭の扉を開けて中に入る。


「い、いらっしゃいましぇ~。お泊りですか?」


猫の微睡まどろみ亭の看板娘であるナミが、相変わらずの噛みまくりで二人に声をかけてきた。


「あっ、ピピちゃん!」


ナミはすぐにピピを見て気が付いたようだ。二人はそれほどこの宿に泊まったことはなかったが、泊まるたびにピピはナミとよく遊んでいたのだ。


「ナミちゃん、久しぶりぃ~」


ピピはナミに抱き着いて嬉しそうだ。


「二人はうちに泊まるの?」


ナミは噛むことなくジジ達に尋ねた。


「ええ、二人部屋をお願いします」


「それなら銀貨5枚よ。食事はどうする?」


ナミはまた噛むことなく普通に尋ねた。


「食事はマリッサさんに話があるの。マリッサさんいる?」


ジジはナミの話し方を気にすることなく会話を続ける。ナミは男の客の時だけ噛みまくるのをジジは知っていたのだ。


「おかあさ~ん!」


ナミが大きな声で母親を呼んだ。奥からマリッサさんが手を拭きながら出てくる。


「なんだい。まあっ、ジジちゃんとピピちゃんじゃないかい。元気にしていたかい?」


マリッサさんはジジ達に気付くと笑顔で声をかけてきた。


「はい、私もピピも病気も怪我もなく元気です!」


ジジはマリッサの温かい言葉に笑顔で答える。


「ジジちゃんは本当に綺麗になったわねぇ。ピピちゃんはあまり変わらいけど、相変わらず元気みたいねぇ~」


ピピとナミは手を繋いで、跳ね回るように再開を喜んでいた。それを見てマリッサさんは笑顔で話した。


「食事のことでお母さんに相談があるんだってぇ」


ナミは跳びはねながら話した。


「相談?」


「え~と、夕食はルカさん達と一緒に食べるつもりなんです。テーブルを二つほど予約させてください」


ジジはルカに頼まれていたことを伝える。マリッサは大きく溜息をついて呟いた。


「今晩は荒れそうだねぇ……。ジジちゃん悪いけど、そのことは他の客に知られないようにしておくれ」


ジジはマリッサの反応に戸惑った。客の予約なら喜んでくれると思っていたのだ。


戸惑った表情のジジを見て、マリッサは苦笑を浮かべて事情を話す。


「冒険者ギルドのギルマスがうちに来れば、冒険者達は気を遣うのもあるんだよ。それは、まあ別に問題無いんだけどね……。前回ギルマスが食事に来たときにねぇ、酔っぱらったギルマスに冒険者達が次々と捕まって、正座させられて説教を始めてねぇ……」


マリッサの話を聞いてジジはその光景が頭に浮かんだ。


「しばらくお客さんはギルマスが来ないかビクビクしてたよぉ」


ナミがそのことを思い出しながら声をかけてきた。


「そ、そうなんですね。でも今晩は大丈夫だと思います。旅の報告会のようなもので、他のお客さんには迷惑を掛けないと思います」


ジジは自信なく話した。


「そうかい。今晩はジジちゃんが生贄になるのねぇ……」


マリッサは気の毒そうにジジを見て呟いた。それを聞いたジジは背中に冷たいものが流れるような気がしていた。


(今晩は覚悟しないと……)


ジジは悪寒のようなものを感じながら、何とか頑張ろうと決意した。


「それから食事なんですが、旅先で覚えた料理を私が出そうと思っていて、それをお願いできないかと?」


「別に構わないよ。その代わり少し主人にも食べさせてくれると嬉しいねぇ」


「もちろんです。おかみさんやナミちゃんの分も用意します。それと旅先で見つけた調味料や食材をお土産で差し上げようと─」


「調味料に食材だと!」


突然奥から旦那さんが現れて声をかけてきた。


「あっ、はい、これが醤油という調味料で、これが味噌です。昆布は出汁をとると料理に味の深みも出ます。他にも色々とあります。それと近場で採れる食材や調味料で作れる私の考えたレシピも─」


「レシピだと!」


旦那さんはひったくるようにレシピを受け取ると、すぐに読み始める。


「こんな組み合わせを、あっ、こいつはうまそうだ。あぁ~、なんで俺はこれを思いつかなかったんだ!」


旦那さんは一人でブツブツと独り言を始めた。


「ジジちゃんゴメンねぇ。旦那は料理のことになるとこうなるんだよ」


「いえ、大丈夫です。それより料金は幾らぐらい払えばいいですか?」


「なに言ってるんだい。本当ならこのお土産だけでこっちがお金を払わないといけないくらいよ。何日泊っても金なんか必要ないからね!」


「で、でも、今晩は食堂をお借りするし、その分も払わないと!」


ジジとしては宿代だけでも申し訳ないと思っているのに、食堂を使うが料理は注文しない。だからお金を払うのは当然だと考えていた。


「このレシピを宿で使わせてもらっていいか! 幾らでも金は払うぞ!」


旦那さんがまるで怒っているような剣幕でジジに尋ねてきた。


「わ、私が考えたレシピですからお金はいりません。遠慮なく使って下さい」


「いいのか? もう後でダメだと言ってもダメだぞ!」


「あんた。ジジちゃんが恐がっているじゃないか!」


「えっ、あっ、すまん。あまりにも素晴らしいレシピだったから、ついな」


「ジジちゃんごめんね。旦那がこれだよ。ふぅ~、ジジちゃん達からお金など取れるはずはないよ」


ジジは少し迷ったが、マリッサに甘えることにした。


「では遠慮なく泊まらせてもらいます。かわりにテンマ様の作ったジャーキーもお土産として差し上げます!」


ジジはそう話すと大量のジャーキーを出した。マリッサさんは苦笑いして受け取るとジジに言う。


「遠慮なく受け取るよ。でもジャーキーを今晩は出さないよ。ギルマスが悪酔いして暴れたら大変だからね」


マリッサはそう話すとジジにウインクした。それを見たジジ達は一緒に笑うのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ジジとピピはナミに宿泊する部屋に案内され、ジジは夕食まで部屋で待つことにした。ピピは部屋まで一緒に来たが、ナミとどこかへ行ってしまった。


ジジは部屋で一人になると、テンマがロンダに久しぶりに帰ろうと言い出したことに感謝していた。

ジジはそれほどロンダに帰りたいと思っていたわけではなかった。帰ってみると懐かしい人たちに会えて、これほど楽しくなるとは考えてもいなかった。

そして改めてロンダは自分の生まれ故郷だと、しみじみと感じていたのだった。


しばらくするとピピがみんな集まったと呼びにきた。


食堂に下りていくと、食堂はルカだけでなくドロテアも来ていた。


「ジジの手料理が食べられると聞いて、屋敷のみんなも連れてきたのじゃ!」


そこにはドロテアの屋敷でメイドをしている孤児院の先輩もいた。ジジは彼女にメイドとして色々なことを教えてもらったので会えて嬉しくなる。


「ジジちゃん、料理は足りるかねぇ。足りないなら旦那になんか作らせるよ」


マリッサは戸惑った様子でジジに尋ねてきた。予想以上に人数が増えたことにマリッサさんも驚いたみたいだ。


「料理は作り置きがたくさんありますから大丈夫です。でも宿の他のお客さんは大丈夫ですか?」


「はははは、他の客はみんなそとに食べに行ったよ。ここで食べる勇気のある客はいないさ!」


ジジは他の客に申し訳ないと思いながらも、料理を次々と収納から出していく。


「酒や飲み物は自分でやってくれ。今日は宿の奢りだ!」


旦那さんはテーブルに座って大きな声でみんなに話した。そこまで言うと料理を睨みつけて考え始めている。今日は料理をする気がないようだ。


何故か女性達に酒を頼まれて給仕しているのは、先ほどジジに絡んできた冒険者達だ。彼らは可愛らしいエプロンをつけて、慌ただしく動き回っていた。


その晩はジジの料理にみんな圧倒され、質問されたのは料理のことだけであった。



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