第25話 土地神様《フリージアさん》との別れ

ローゼン帝国の皇帝一行を見送りに港まで来た。ヴィンチザード王国側も条約を締結したので国王自ら見送りに来ていた。


「色々と誤解をして迷惑を掛けてすまなかった。今後は迷惑を掛けないようにするつもりじゃ!」


皇帝は何があったのかスッキリとした表情で俺に挨拶してきた。


「い、いえ、私も失礼なことをしました」


最初に会ったときの話し方に戻った気がする。これが皇帝の普通の話し方なのだろう。話し方は戻ったが上から目線の雰囲気は無くなっている気がした。


「気にする必要はない。間違いをしたら叱られたり、罰を受けたりするのは当然のことじゃ。儂も初めて叱られて、不思議とスッキリとした気持ちじゃ! ワハハハハ」


おいおい、へんな目覚めはしないでくれよ。


隣にいるノーマンさんも頷いている。その隣にいるぽっちゃりグリード貴族は俺の肩に乗る土地神様フリージアさんを怯えたように見ていた。


皇帝は笑いをやめると真剣な表情で俺の手を握り語りかけてきた。


「帝国内を改革するつもりじゃ。落ち着いたら改めて色々とお願いをするかもしれん。そのときは話だけでも聞いてほしい!」


ま、まあ、面倒なことじゃなければ構わないけど……。


だけど……、勇者でも見るような感じで俺を見るのはやめてくれぇ~!


「わ、わかりました。それよりマッスルがドラ美ちゃんに見送りをするように頼んでくれましたよ」


ちょうど上空にドラ美ちゃんの姿が見えたので指差して皇帝に教える。


国王夫妻の送迎もあるのでドラ美ちゃんを見せようと思ったのだ。実際にドラ美ちゃんを見せれば、今後は疑われることもなくなるだろうと思ったのだ。


「あ、あれが勇者と共に世界を救ったドラ美様! やはり荘厳なお姿をしておる!」


え~と、皇帝からはレイモンドと同じ匂いがするぅ。


皇帝もレイモンドと同じ勇者オタクだったのだろう。


ドラ美ちゃんは上空を一回りすると舞い降りてきた。ローゼン帝国の騎士や船からは悲鳴に近い声が聞こえている。


『おまたせぇ~』


う~ん、もう少し威厳を見せないと彼らが失望するよ?


俺の心配は外れた。皇帝は子供のように目を輝かせてドラ美ちゃんを見つめている。ノーマンは相変わらず頷いていて、ぽっちゃり貴族は……。


漏らしてるんじゃねぇー!


尻もちをついて股間を湿らすぽっちゃり貴族に呆れる。


皇帝はドラ美ちゃんのほうに近づくと頭を下げて話した。


「過去のローゼン帝国の皇帝がドラ美様に働いた無礼を改めて謝罪したい!」


おおっ、皇帝はハル衛門の話を信じたようだ。


『謝ったくらいで許す気はないぞ! せめてオークカツの一万枚を用意しろ!』


それはそれでどうなんだ?


「わかった。ローゼン帝国にお越しいただいたらオークカツ一万枚だけではなく、できる限りの歓待を約束しよう!」


『そ、それなら、ジュルッ、許してあげるわ!』


安い! 安すぎる!


鱗を剥がされて血を抜かれても、それで許しちゃうんだぁーーー!


「私達の送迎も高くついたからなぁ……」


んっ、どういうこと?


国王が呟きを聞いて気になった。

送迎はレイモンドからバルドーさん経由で頼まれて、俺がドラ美ちゃんに頼んだ。だから報酬としてプリン貯金を二十個ほど課金した。


「ドラ美ちゃんや、まさか報酬を二重取りしていないよね?」


『えっ、ち、違う! 送迎の報酬はテンマからもらって、王都周辺の遊覧飛行を国王に頼まれたから、そ、その報酬として国王からもらったのよ! そうよね! そうだと言って!』


「そ、そうでした。王都の住民にドラ美様の姿を見てもらおうと、送迎とは別の報酬です!」


くっ、この食いしん坊ドラゴンは何をしているのやら。


「わかった。そのことは後でじっくりと話を聞くことにしよう」


『そ、そんなぁ~!』


なんでこんな駄ドラゴンが伝説の存在なんだ!


皇帝も失望しているかと思ったが、何故か俺のことを尊敬するような眼差しで見ていた。


これ以上は問題が増えそうなので皇帝一行を船に乗るように促して、すぐに出航させた。


ローゼン帝国の船が港から離れると、今度は国王夫妻がマリアさんのルームに入り、マリアさんがドラ美ちゃんに乗って王都に向かった。


俺もエクス群島にすぐ戻るつもりだが一度拠点に戻る。色々と片付けないといいけないことがあるからだ。



   ◇   ◇   ◇   ◇



拠点の屋敷に戻ると顔色の悪いバルドーさんが待っていた。屋敷に残っていたのはバルドーさんの他はジジとアンナだけである。


リビングでジジとアンナがお茶を用意してくれてたので土地神様フリージアさんも一緒にお茶を飲む。茶菓子には各種クッキーやチョコレートなども出してくれた。


土地神様フリージアさんは嬉しそうにクッキーに齧り付いたが、すぐに元気がなくなってしまう。


「私を捨ててテンマ君もバルディも遠くに行っちゃうのね……」


いやいや、捨ててないし、遠くと言ってもエクス群島だよ!


バルドーさんも土地神様フリージアさんの話に複雑な表情を見せていた。


「うん……、でもすぐにヴィンチザード王国内に戻るつもりだよ」


俺の返事にバルドーさんは驚いていた。ヴィンチザード王国内に戻ることをバルドーさんに話していなかったから仕方ないだろう。


「嘘よ! そんなことを言って何年も帰ってこなかったじゃない!」


まあ、確かにその通りだが……。


まるで女性との別れ話をしているようで照れくさい。


「今度は違うよ。ローゼン帝国のダンジョンに行く前に、ミーシャを久しぶりに家族に会わせたいんだ。俺もロンダに顔を出したいし、ジジやピピにも生まれ故郷に里帰りさせたいんだ。エクス群島に戻るけど、すぐにヴィンチザード王国のロンダに行くつもりなんだ!」


バルドーさんがクワっと目を見開いたが気にしない。


この世界に来て最初に訪れた開拓村にも久しぶりに行きたいし、ミーシャもローゼン帝国へは一緒に行くと言っているので、その前に家族に会わせようと思ったのだ。


まあ、行こうと思えばドラ美ちゃんなら一日で行けるのだけど、ミーシャが帰ろうとしないから、そろそろ家族に顔を出させようと思ったのである。


「本当に本当?」


土地神様フリージアさんは目をうるうるさせて尋ねてきたが、クッキーを抱えたままなので微妙な感じだ。


「本当だよ!」


「絶対だからね!」


俺が答えると土地神様フリージアさんはクッキーを放り出して頬に抱きついてきた。可愛らしい行動ともいえるが……。


クッキーのカスで、ジョリジョリするぅ!


「あっ、テンマ君にお願いがあったわ!」


土地神様フリージアさんは思い出したように頬から離れるとそう言いだした。


まあ、暫く放っておいたというより忘れていたから、多少のお願いぐらい聞いてあげよう。


「うん、できることならいいよ!」


土地神様フリージアさんは頬を赤く染め、くねくねとしながら恥ずかしそうに話し始める。


「それならテンマ君の、あ、あれHPを吸わせて!」


くっ、普通の言い方をしてくれぇ~!


「調子に乗るんじゃありません!」


アンナが土地神様フリージアさんを咎めた。


「え~、あれHPを吸うと元気になるから、寂しさが紛れるのよ~!」


まあ、HPは生命力のようなものだから元気にはなるよねぇ~。


「構わないよ。HPの一割を残して吸ってもいいよ!」


HPなら自然回復するし、一割あれば余裕でエクス群島に戻ることもできるので構わない。


「いっただきまーす!」


アンナが何か言おうとしたが、その前に土地神様フリージアさんは俺の胸に抱きついてHPを吸い始めた。


くっ、相変わらずきっついなぁ~。


土地神様フリージアさんと繋がったような不思議な感覚と急激にHPが失われる虚脱感を感じる。


意識の半分がどこかに持って行かれるような不思議な感覚がして、暫くするとポヨンと柔らかい何かが顔に押し付けられていることに気が付いた。


虚脱感で目を閉じていたが、HPを吸うのが終わったのか土地神様フリージアさんとの繋がりが無くなったので目を開く。


あれ、何も見えない!


何故だと思った瞬間にポヨンが頬から離れる感覚がして、すぐに目の前には実物大の土地神様フリージアさんがいた。彼女はソファに座る俺にまたがるように座り、俺を抱きしめていたようだ。


「ふふふっ、この地では本当に燃費が悪いわねぇ~」


土地神様フリージアさんは色っぽい微笑みを見せたが、すぐに姿が薄くなってきた。それまで感じていた土地神様フリージアさんの心地良い重みが失われていく。


ああ~、太腿の感触もなくなるぅ~!


「それじゃあ続きは今度ね!」


土地神様フリージアさんはそこまで言うと完全に姿が消えてしまった。


くぅ~、気持ち良いあの感覚をもう少し!


思わず消えた土地神様フリージアさんの場所に手を伸ばした。

ジジとアンナにジト目で睨まれていることに気付いて、慌てて手を引っ込めたのであった。


ヴィンチザード王国へ行くのは危険かもしれない!


HPを貢ぎたくなる自分の情けない欲望に、悲しくなるのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る