第8話 ローゼン帝国の勘違い?
レイモンドはグリード侯爵の謝罪だけではなく、聞き覚えのある処分をめぐるやり取りを見て呆れるのであった。
皇帝が書類に署名して、第四皇子のノーマンがレイモンドに書類を渡しながら話した。
「帝国が勇者物語にもあるように、勇者を召喚して一緒に魔王を倒したのが真実だと知っていますか?」
レイモンドが熱烈な勇者ファンであることをノーマンは調査で知っていて尋ねた。レイモンドはホレック公国の王子だった頃、勇者物語の本をたくさん買い集めていた。その本は帝国の商人がホレック公国に持ち込んだいたので、簡単に情報は集まっていたのだ。
「そうですね。勇者物語も色々と脚色されたり、他の物語を取り込んだりして、真実とは違う勇者物語もあるようですが、その部分は間違いないでしょう」
レイモンドは勇者物語の話なので楽しそうに答えた。本当はもっと詳しく話したかったぐらいで、ハルやドラ美から聞いた話をまとめ、真実の勇者物語やその後日談を書いていると自慢したかったぐらいだ。
ノーマンはレイモンドの答えに満足したように笑顔で話しを続けた。
「それなら勇者と共に戦ったドラ美様は、ローゼン帝国にとっても盟友といえますね」
ノーマンの話にレイモンドは複雑な表情をする。ドラ美のことを話すのはテンマに禁じられていた。すべてを禁じられたのではないが、少しでも話すと間違って禁じられた部分に触れる可能性があるので自重していたのだ。それに盟友と言えるかどうかは、ドラ美が判断することだと思ったのだ。
ノーマンはレイモンドの表情を見て、やはりドラ美のことを隠そうとしていると勘違いしていた。
「盟友であるのですからローゼン帝国はドラ美様に会いたいと思います。紹介してください!」
「できません!」
ノーマンの申し出にレイモンドは即座に答えた。
それを聞いて皇帝が何か言おうとしたが、先にノーマンが国王に尋ねた。
「イスカル国王、そちらにはハル様がおられるはずです。ハル様もローゼン帝国の盟友であります。紹介してもらえますね?」
今度は質問という形でノーマンは国王に尋ねた。
「それは私にはできない相談だな……」
国王は両腕を胸の前に組んで、目を閉じて静かに答えた。
「勇者に関することは帝国の財産じゃ。お前達が好き勝手にして良いことではないわ!」
皇帝は立ち上がって王国側を怒鳴りつけた。その気迫は皇帝としてふさわしいものであったが、王国側の護衛の目つきは鋭くなり一歩前に足を出した。
皇帝の暴言ともいえる発言に王国側の三人の目つきが鋭くなる。
それを見たノーマンは冷静に話した。
「勇者に関わるハル様とドラ美様の知識は、勇者に協力したローゼン帝国に権利があるはずです。違いますか?」
「財産?」「知識?」「権利?」
ノーマンの落ち着いた話し方と、不可解な発言に王国側の三人はそれぞれ気になった言葉を呟いた。
皇帝もノーマンの落ち着いた雰囲気に立ち上がったまま三人を見つめるだけであった。
最初にレイモンドが思いついたように話し始める。
「ふむ、そちらは大きな誤解をしているようですね」
「何がです?」
ノーマンは普通に聞き返した。
「私はドラ美様の行動は管理も拘束もできません。それどころか勝手にドラ美様達のことを話すこともできないのです。だから紹介などできないのです!」
「それは私も同じだ。私はハル様とまともに話したこともない!」
レイモンドに続いて国王も答えた。ハルは王都にいる頃に王宮にはよく出入りしていた。だがマリアが連れてきて王妃とおやつを食べている姿しか国王は見ていなかったのだ。
ノーマンは二人の答え聞いても隠しているだけだと思っていた。
「マムーチョ辺境侯爵殿は黒耳長族の族長であるエアル様やマッスル様に雇われていたのではありませんか。その程度のことは我々も調べがついているのですよ?」
レイモンドはノーマンの話を聞いて本当に誤解しているのだと確信した。
「確かに私はホレック公国から人質としてエクス群島に送られました。そしてエクス自治連合の執政官を命じられました。ですが立場は向こうが上で、その仲間であるドラ美様を私がどうこうできるはずはありません!」
レイモンドの話を聞いて、ローゼン帝国側の全員が複雑な表情になった。レイモンドの話を信用はできないが筋は通っているのだ。
「イスカル国王は違いますよね。そちらはドロテアとかバルドーを大賢者の下に派遣しているはずです!」
ノーマンはレイモンドへの追及を保留にして国王を追求した。
「それも誤解だ。ドロテアが先に大賢者殿と知り合ったのだ。バルドーはドロテアの依頼で大賢者をサポートをするために呼び寄せられ、王宮の仕事を辞めて大賢者の元に行ったのだ。その事を含め、大賢者のことは後になって知っただけだ!」
国王もローゼン帝国側の考えが分かり、見当違いの追及に腹を立てて答えた。
それを聞いてノーマンは少しだけ変だと感じ始めていた。国王もレイモンドも嘘を言っている雰囲気がまるでないのだ。国王の話はまだ信じられないが、レイモンドの話だけはやはり筋が通っていると思った。
「それにしてはたくさんの恩恵を受けているではないか。それこそ言いくるめてハル様を言いなりにさせているのではないのか!」
皇帝は未だに納得できないのか、さっきより興奮した話し方ではないが、信じようとせずに追及した。
「勘違いも大概にしろ。ハル様はただの食いしん坊だ! 大賢者は恐ろしい存在だぞ。彼を言いなりしようとしたら国が亡びるわ!」
ゴドウィン侯爵はテンマを何度も怒らせて、妻たちに説教や罰を与えられたことを思い出しながら言った。
「ホレック公国は実際に滅びましたよ。それもあっと言う間にね」
レイモンドはゴドウィン侯爵の話に付け加えた。
「だがお前はホレック公国と変わらない領土を手に入れたではないか!?」
皇帝はさらに追及した。しかし、レイモンドは何も分かっていないんだと感じで顔を左右に振ってから話した。
「私が執政官になったのは、彼らが自分達で管理するのが面倒だからだったんですよ。私は何度も国にしてマッスル殿に国王になったらと進言したのです。そんな面倒なことは断るとハッキリと言われてしまいました。だから仕方なく代わりに辺境侯爵になったのに、今回の式典にも出たくないと断られる始末です」
ここまでレイモンドが明け透けに話したので、皇帝も何が真実なのか分からなくなってきていた。
しかし、ノーマンはあることに気付いて嬉しそうに尋ねた。
「それならローゼン帝国が大賢者やハル様、黒耳長族やドラ美様と話そうが帝国に連れていこうが文句は言わないのだな?」
「ええ、構いませんよ。……でも領内ではやめて欲しいかなぁ」
レイモンドは投げやり気味に答えたが、思い出したように付け加えて話した。
「私も構わない……。だがヴィンチザード王国内では私もやめてほしい!」
国王も同意した。しかし、ノーマンは納得できない表情で話した。
「それでは相手がヴィンチザード王国にいる間は話をするなと言っていることになります。要するに許可しないということではありませんか!?」
「小狡いことを言いおって!」
皇帝もノーマンの話に納得して、ヴィンチザード王国側をなじるように言った。国王は皇帝の話に怒るでもなく、考えながら話した。
「ふむ、そんなつもりではないのだがなぁ……。それなら話しても構わぬが、頼むから今のような話し方はやめてほしい。ハル様やドラ美様をまるで物のように扱えば怒らせるだけだ。怒らせたら、……考えるだけで恐ろしい!」
「黒耳長族と話をするときも気を付けてください。彼らは数人でこの街ぐらいなら簡単に破壊できるでしょうから。エアル様なら一人でも破壊できそうですしね……」
レイモンドは国王の話を聞いて心配そうに付け加える。
「それならドロテア先生も危険だな……。今ならこの街ぐらいなら跡形もなく消し去りそうだ……」
国王は暴走するドロテアを頭に思い浮かべながら無意識でドロテアのことを先生と付けて話した。ゴドウィン侯爵も焦ったように話をする。
「我々はそちらとは関係無いと必ず伝えてくれ! もし、我々が紹介したと思われたら、今度はどんな目に合うか……、考えたくもない!」
ヴィンチザード王国側の反応にローゼン帝国側も自分達が何か勘違いしていると気付き始めたのだった。
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