第7話 ローゼン帝国の外交
ローゼン帝国の皇帝が案内されたのは十二人ほどが席に座れる大きな机のある部屋だった。すでにヴィンチザード王国の国王とゴドウィン侯爵は窓際に立ち、机のある反対側に皇帝と二人の貴族をレイモンドは案内した。
レイモンドは国王のいる側に回り込むと、まずはヴィンチザード王国側の紹介を始める。
「こちらがヴィンチザード王国のイスカル国王陛下です。その隣にいるのがゴドウィン侯爵で私がマムーチョ辺境侯爵です」
レイモンドの挨拶に合わせて国王とゴドウィン侯爵は軽く目を伏せて挨拶した。皇帝は頷きもせずにそれぞれを物色するように見ていた。
ヴィンチザード王国の紹介が終わると、皇帝の横の貴族がローゼン帝国側の紹介を始めた。
「こちらにおられるのが、勇者と共に人々を守った偉大なるローゼン帝国のヴァルケン皇帝陛下です。隣におられるのは第四皇子であるノーマン殿下、私は外交を担当する大臣でグリード侯爵です」
グリード侯爵は得意気な表情で紹介した。
レイモンドはまるで勇者物語の当事者でもあるかのように話すグリード侯爵に呆れていたが、顔には出さなかった。国王やゴドウィン侯爵は紹介されたときと同じ目だけで応えた。
グリード侯爵はヴィンチザード王国側の反応に不満そうな表情をしていた。彼にすれば、ヴィンチザード王国もいずれはローゼン帝国に従属するか滅ぼされる国との認識なのだ。それでも玄関でのことがあったので、文句を言うことはなかった。
お互いに席に着くとレイモンドがローゼン帝国側に書類を渡して話し始める。
「その書類に式典の日程とローゼン帝国側に用意した物資や施設、それと滞在中の守ってもらいたいことを書いてあります。内容を確認して頂いてから代表者の署名をお願いします」
現状ではヴィンチザード王国とローゼン帝国の間には正式な国交はない。だから親善使節の訪問だとしてもお互いに決めごとなどなかった。
ヴィンチザード王国としては特に対価を要求することもなく、物資や施設を提供しているのである。だから当然最低限の規則は守ってもらわないと困るので、一時的な条約というか契約を提案したのだ。
皇帝は内容を見ることなく、グリード侯爵が内容を確認する。書類の前半は問題なく読んでいたが、後半になると途中で読むのを止めて答えてきた。
「こちらに書かれている物資や施設については不満もあるが、ヴィンチザード王国ではこの程度しか用意できないのだと納得はしよう。だが、ローゼン帝国の皇帝もおられるのに、行動を制限するような内容は受け入れられない!」
グリード侯爵がハッキリと拒絶の意思を表明すると、皇帝は満足そうに笑顔を見せた。
ゴドウィン侯爵はその様子を見て国王に確認する。
「皇帝自ら親善使節として訪問してきたので、友好的な話でもあるのかと思いましたが勘違いだったようですな。わが国に戦争を仕かけてときと何も変わっておりません。今回はすぐにお引き取り願うということで構いませんか?」
ゴドウィン侯爵の話を聞いて国王は頷いて答える。その様子を見ていたグリード侯爵は信じられないという表情を見せていた。
「国同士であれば、事前にこのような条件の突合せをして、双方が了承してから親善使節が訪問するのが常識だ。それでも式典までの期間がなかったこともあり、そちらが一方的に皇帝と親善使節が訪問してくると伝えてきたが、我々は黙って受け入れた。
最低限必要な決めごとも了承できないなら、即座に自国に引き上げてもらおう!」
ゴドウィン侯爵がローゼン帝国側に向かって宣言した。
グリード侯爵はそれを聞いて叫んだ。
「ぶ、無礼者!」
「どちらが無礼だ!」
レイモンドが即座に怒鳴り返した。その剣幕にグリード侯爵は怯んでしまった。レイモンドは話を続けた。
「ホレック公国と同じような過ちをする国家は、行きつく先も同じ運命を辿るだろう」
レイモンドは皇帝を睨みながら静かに言い放った。
その様子を聞いていたローゼン帝国の護衛が剣に手をかけようとした。レイモンドは視線を皇帝から外して護衛を睨むと、護衛は先程のことを思い出して寸前で思いとどまった。
「ヴィンチザード王国への宣戦布告をしにきたのだな?」
ゴドウィン侯爵が腹の底から出すような低い声で皇帝に尋ねた。
皇帝は内心では戸惑っていた。まるで対等な立場で相手が話しているのが信じられなかったのである。
これまで攻め落としてきた小国の王族や貴族は、泣き叫んで許しを請うか、恨み言を叫ぶだけだった。若かりし頃は国内の平定に自ら赴いて貴族と戦ったことはある。だがその時も同じよう泣き叫んで許しを請うか、恨み言を叫ぶだけだったのだ。
皇帝が答えないのを見て、第四皇子のノーマンが皇帝に声を掛ける。
「皇帝陛下、国家間の常識としては彼らの主張が正しいと思います。それとも本当に宣戦布告して帝国に戻りますか?」
ノーマンは第四皇子であったので皇位継承権は低かった。だから数々の国を外交として訪れていた。
小国以外の国が相手だと、過去の勇者との偉業も夢物語扱いにされた。もし武力を背景に高飛車に出ても、他国が協調すれば帝国が追い詰められることを理解していた。
だから国家間のやり取りも学び、情報を集め、ローゼン帝国が間違った対応をしないように努めてきた。
ノーマンはヴァルケン皇帝の子ではなくひ孫だ。若返りポーションを使う現皇帝のためにローゼン帝国では四年毎に優秀な血族の男子から、皇帝が継承順位を決めているのである。
ノーマンはローゼン帝国側の対応が間違っていると皇帝に教え、現状では戦争を回避していたことを皇帝に思い出させ、本来の目的に戻そうとしたのである。
皇帝は帝国を出たことも、まともな外交をしたこともなかったが、政治的な理解力もあるので、今の対応が正しくないのだと、ノーマンに指摘されて初めて気が付いた。
そして相手が一度は敗北した相手で、戦争に簡単に勝てる相手ではないからこそ、ここに来たのだと思い出した。
「手違いがあったようじゃ。お前が内容を確認しろ」
皇帝は謝罪することなくノーマンに命令した。ノーマンはグリード侯爵から書類を受け取ると、内容の確認を始めた。
ゴドウィン侯爵は納得できないのか文句を言おうとしたが、国王がゴドウィン侯爵の腕を押さえて止めさせた。国王は気の毒そうに皇帝を見つめ、レイモンドとゴドウィン侯爵は呆れたように皇帝を見つめるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ノーマンは書類の確認を終えると皇帝に話した。
「突然訪問してきた親善使節に対しての対応としては破格ともいえる良い待遇です。よくこの短い間に準備ができたと思います。それも今回はヴィンチザード王国ではなくマムーチョ辺境侯爵殿が取り仕切っていると考えると、感謝の言葉を述べるべきです。ローゼン帝国に守るように要求してきた内容も、帝国でも同じかもっと厳しいことを相手に要求する程度のものです。これに文句を付けるグリード侯爵の言動が信じられません!」
話を聞いてゴドウィン侯爵は自慢気な表情になり、レイモンドはようやくまともに判断できる相手がいたとホッとした。
グリード侯爵はまた信じられないという表情をしたが、第四皇子が相手だから反論はしなかった。
彼はこれまで、力の差が歴然とある小国を相手に外交をしていた。だから相手は王族でも彼に媚びを売るような態度で接していたので、それが普通だと思い込んでいたのだった。
「おい、無礼なことをしたのはお前ではないか。謝罪しろ!」
皇帝に言われてグリード侯爵は謝罪した。その光景をレイモンドは見たことがあると呆れたように見つめるのであった。
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