第9話 それぞれの考え

話合いが終わり、ローゼン帝国の皇帝一行が迎賓館に向かうために会議室を出ていった。しかし残ったヴィンチザード王国側は重苦しい雰囲気に包まれていた。


その雰囲気の中、国王が溜息を付きながら話した。


「ふぅ、どうやら友好的な目的でローゼン帝国が来たわけではなかったようだな……」


ローゼン帝国からすれば過去に戦争までした、敵ともいえる国に皇帝自ら赴いてきたのである。友好的な目的で来たのだと勘違いをしていたのだ。だからこそローゼン帝国の一方的な親善使節の訪問も受け入れ、最大限の配慮をしたのである。


「まさかあれほど愚かなことを考えているとは……。せめて陛下の忠告に従ってくれれば良いのですが……」


レイモンドは先ほどのローゼン帝国側の話を思い返しながら呟いた。


「だがテンマ殿一行が式典に来なくて良かった。あんな感じでローゼン帝国が彼に噛み付いたらと考えると、震えあがりそうになるわい!」


ゴドウィン侯爵の話を聞いて国王は頷いたが、レイモンドは大きく目を見開いていた。


「し、式典は断れましたが、街中のま、祭りには遊びに来ると……、言っていました!」


レイモンドの話を聞いて国王もゴドウィン侯爵も顔色を変えた。国王は何かを言おうとして思いとどまった。

国王はなぜ止めなかったのだと言いたかったのだが、テンマ達を止めることなどできないと気付いたのだ。


三人は黙り込んでしまった。


暫くして国王が思いついたように話すのであった。


「実はヴァルケン皇帝のことを若い頃は尊敬していたのだ。彼は腐敗する貴族を滅ぼして国内を安定させ、疲弊したローゼン帝国を善政ともいえる手法で改革したのだ。それによりローゼン帝国の民衆は幸せになったのは間違いない」


レイモンドとゴドウィン侯爵は少し驚いた顔をたが黙って話を聞いていた。


「しかし、そこで蓄えた力で非常識とも言える侵略を始めた。選民意識が高すぎるのか、横暴ともいえる要求をして次々と侵略を始めたのだ……。もっと融和的に外交をしてきたなら、私はヴィンチザード王国が吸収されても良いと思ったこともあるぐらいだ」


「そうですな。彼ならデンセット公爵とかベルント侯爵も早々に駆逐して、ホレック公国も呑み込んで平和な世の中になっていた気もしますな」


ゴドウィン侯爵は国王の話に同意するように話した。


「……皇帝は外交、特に他国との外交を全く理解していませんでしたね」


レイモンドは皇帝の問題点を指摘する。


「せめて選民意識が無くなれば……、残念だが今後もローゼン帝国とは緊張状態が続くだろうな」


国王は残念そうにそう話し、レイモンド達も頷くのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ローゼン帝国側の一行は用意された迎賓館に移動した。彼らのヴィンチザード王国側の話に混乱して、あれ以上話を続ける雰囲気ではなくなったのである。


迎賓館は国王が来ることになり、レイモンドがテンマに頼み急遽用意した建物であった。それほど高位の来訪者がバッサンに来ることを想定していなかったので慌てて用意したのだ。

しかし、ローゼン帝国から皇帝も一緒に来ると知らせがあり、急遽ローゼン帝国の皇帝のために迎賓館を提供したのである。そのかわり国王はレイモンドの屋敷に滞在することにしたのだ。


迎賓館に移ったローゼン帝国側は見た目貧弱な家具や内装に、辺境ならこの程度だろうと侮蔑にも近い感想を請った。しかし、見た目はともかく快適さの高さに驚いていた。いま座っているソファも見た目はシンプルだが、座り心地は極上であった。


皇帝は帰りにこの家具を作った職人を帝国に連れて帰ろうと考えていたが、これはテンマが暇つぶしで作った家具だったので、その考えは絶対に無理である。


応接室で皇帝とノーマン、それにグリード侯爵が揃っていた。ノーマンは帝国から連れてきた使用人の用意したお茶を飲んで、驚きの表情を見せた。お茶はローゼン帝国で飲んだお茶に比べても、同等かそれ以上の味と香りがしたのだ。


ノーマンはグリード侯爵に目を向けると、ヴィンチザード王国が用意した茶菓子のクッキーを、次々と口に入れる姿を見て驚いた。使用人が味見と毒見をしているとはいえ、ローゼン帝国でも美食家と言われるグリード侯爵がこれほどの反応を見せていることが信じられなかったのだ。


ノーマンは見たことのある白っぽいクッキーと、見たこともない黒っぽいクッキーを見て、白っぽいクッキーを摘まんで少しだけ食べてみる。口の中に広がる絶妙な甘みと香りに驚き、一気に食べきってしまった。黒っぽい菓子に手を伸ばそうとすると、皇帝が使用人に命令する。


「この菓子を作った職人をローゼン帝国に連れて帰る。それと家具職人も連れて帰るぞ。どんな条件でも構わん必ず連れて帰れ!」


皇帝の命令に使用人の一人がヴィンチザード王国に確認しに応接室を出ていった。ノーマンも嬉しそうにそれを見ていたが、それ以上にグリード侯爵は何度も首を縦に振り、歓迎しているのが分かる。


ノーマンは勇者物語や王家秘蔵の文献で、勇者達が食べ物の知識についても精通していて、特に聖女は様々な料理や菓子を考え出したことを知っていた。この菓子も勇者由来のものではないかと考えて、先ほどの話し合いを思い返しながら話を始めた。


「皇帝陛下、この菓子も勇者の知識を使ったものかもしれません。やはりハル様やドラ美様は帝国にお迎えする必要があります」


「当然じゃ!」


ノーマンの話に皇帝はハッキリと決意を込めた表情で言いきった。


「しかし、ヴィンチザード王国側の話も配慮せねばなりません」


「なぜじゃ、奴らに遠慮する理由などないだろう?」


ノーマンの話に皇帝は疑問を感じて聞き返した。


「はい、ヴィンチザード王国に遠慮する必要はありません。ですが彼らの話が真実だとすると、知識や恩恵を彼らがハル様達から賜っていたとしても、本当に管理や取り込みができている雰囲気ではありませんでした。それどころか彼らはハル様達を恐れているふしがあります。あれが演技だと思えません!」


皇帝はノーマンの返答を聞いて、先ほどのヴィンチザード王国側の様子を思い浮かべていた。


「確かにハル様やドラ美様を畏れ敬う奴らの反応は真実だろう……。だが何かしら弱みを握っているとか、意のままに扱うような手法を奴らが使っていないとは言い切れまい」


皇帝はそう言いながらも、ハルやドラ美がドラゴン種であることを改めて考え始めた。

勇者関係の資産としてハルやドラ美を考えていた。しかし、それぞれが意思のある存在であると考えると、これまでの自分達の言動は怒らせる可能性がある。何と言っても相手はドラゴンである。


「それと話を聞いていて気付いたのですが、彼らはハル様やドラ美様よりも大賢者や黒耳長族に気を遣っているように感じました。それに大賢者や黒耳長族のマッスルの事を同じように考えている雰囲気がありました。タイミング的に見ても両者が密に連携しているか、もしかしたら元々同じ仲間だと考えられませんか?」


彼らは大賢者テックスとマッスルが同一人物だとは気付いていなかったが、それなりに核心に近い状況には気付いていた。


「同じ勇者関連のハル様とドラ美様なら仲間だと考えるのが自然ですなぁ……」


グリード侯爵はほとんど発言していなかったが、呟くように話した。


「そう考えるのが普通じゃのぉ」


皇帝も納得したように呟いた。


「英雄エクス殿の子孫であるマッスルの話も、あながち真実かもしれません。エクス群島でも毎月のように島々を揺るがすような魔術が使われていると商人から情報が入っています」


ローゼン帝国ではマッスルの能力については、ホレック公国から逃げ出した貴族からも聞いていた。しかし、逃げ出した彼らが大げさに話していると判断していたのだ。


マッスル弾で大津波を引き起こすほどの爆発などあり得ないと考えていた。それほどの力があるのならとっくに世界を手に入れていたはずだと思ったのだ。


しかし、レイモンドの話を聞いたことで、マッスルという人物が世界を手に入れようとする人物ではないと気付いたのである。


皇帝もそのことに思い当たったのか、考えを話した。


「ハル様やドラ美様だけではない。大賢者やマッスルという人物についても慎重に対処するべきじゃな」


ノーマンもグリード侯爵も真剣な表情で頷いて同意するのであった。

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