第36話 レイモンドの思い
レイモンドと宰相は馬車ではお互いに沈黙したまま王宮まで戻っていく。
レイモンドはずっと考え込んでいて、その様子を窺うように宰相は見つめることしかできなかったのだ。
公都に戻っても住民から罵声を浴びせられ、王宮には抗議に住民が押し寄せていた。その姿を見て宰相は忌々しそうにしたが、どこか安心している雰囲気もある。
住民たちは罵声を浴びせても過激な行動をする者はいないようで、兵士が人払いをすれば道を開けてくれた。
公都の住民の大半は裕福な者が多く、労働者階級でもそれなりに安定した生活をしている。
ホレック公国は塩外交で公都は非常に景気が良かったのだ。それが問題になり始めたとはいえ、公都への影響はまだ始まったばかりだ。住民は不安を感じ始めていたが、それほど大きな影響をまだ受けていなかった。
公都の住民も公王や重臣たちと同じような考えでしかなかった。自分達の命と生活が大切で、割譲される領地などどうでも良かったのである。ただ自分達を危険にさらすような失敗をする王宮が許せない。ただ、それだけであった。
レイモンドはそんな住民たちのことを複雑な表情で見つめていた。
王宮に到着すると宰相はすぐに指示を出だした。戻ってくるペニーワース達の捕縛に兵を向かわせようとしたのである。
命令を受けた兵士は宰相に冷たい視線を向け、戸惑ったように動きが重かった。しかし、この対応を失敗すると、公都が滅ぼされると言うと機敏に動き出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
会議室にレイモンドと宰相が到着すると、公王が真っ赤な顔で宰相を怒鳴りつける。
「お、愚か者がぁ! 相手の実力を考えて交渉しろ!」
「申しゅ訳ありまちぇん!」
宰相は即座に謝罪する。しかし、公王は罵声を浴びせるのを止めなかった。怒鳴り疲れてた頃を見計らってレイモンドが尋ねた。
「陛下、相手の要求を全て受け入れるということで、よろしいでしょうか?」
「仕方あるまい! お前がもっときちんと交渉しないから、こんなことになったんだ!」
今度はレイモンドに不満をぶつけ始めた。しかし、レイモンドは堂々と問い返した。
「私には何も言うな、何もするなと命じたのは陛下でございます。宰相の暴走を無視して公都が殲滅されたほうが良かったと言われるのですか。それとも相手の要求を拒絶すれば良かったのですか。どのようにすれば良かったのですか!?」
レイモンドの発言で会議室は静かになった。
公王が宰相に怒鳴っている間、重臣たちは同意するようなことを呟いていた。しかし、今は声を一切出さずに息を飲んで様子を見守っていた。
レイモンドはこれまで反論することもなく、ただ命令に従うだけだった。それが公王を咎めるような強い言葉で話したことに、全員が驚いていたのである。
「お、お、愚か者ぉ! 儂にそんなことを」
「私を罰しますか!? 私はそれでもかまいません!」
レイモンドは公王の発言を無視するように話した。レイモンドの行為は完全に不敬罪ともいえる行為だった。重臣たちは驚き、次に公王が何を言うか注目する。
公王は更に顔を真っ赤にして言い放った。
「こ、こやつは極刑にする。すぐに捕らえて牢に入れよ!」
「お待ちくだしゃい!」
公王が兵士に命令したが、宰相が慌てて止めた。
「宰相殿、止めることはありません! 私はどうせ相手に差し出されるのです」
レイモンドは自嘲するように笑顔を浮かべ話した。
会議室の重臣たちはレイモンドがどうなるのか思い出していた。しかし、誰もが他人事で同情はしていなかった。
「ふんっ、仕方ない、引き渡すまで牢に入れておけ!」
「へいきゃ、お待ちくだしゃい! きゃつらは今みょこのようしゅを、みているのかもしれまちぇん!」
公王は宰相が何を言っているのか分からなかった。しかし、重臣の1人が宰相の言っている意味を理解して公王に話す。
「陛下、宰相閣下はこの様子を相手が見ていると言っているのです。昨晩の我々の話も全て相手は知っていたのです。彼らの窓口である殿下を拘束して大丈夫なんでしょうか?」
重臣の発言を聞いて、公王は焦ったようにキョロキョロと周りを見回した。そして動揺しながらも話した。
「こ、これはホレック公国としての判断だ。あいつらに文句を言われる事ではない……」
公王は強気な事を言ったが、内心では怯えていたので最後は声が小さくなっていた。
レイモンドは相手の人質となると知ってから、まるで束縛から解放される気持ちになっていた。
これまで目立たないように過ごし、意見など言わないようにしてきた。今回の事も王族として公国や国民のためと思って務めてきた。
そんなレイモンドの思いなど関係なく、彼の知らない所で画策していた公王や重臣達に、レイモンドは腹を立てていた。
「で、ですが、相手が納得しなかったら……」
公王の話に重臣が呟くように話した。すぐに他の重臣たちも騒ぎ始めた。
「交渉の窓口はどうする?」
「殿下にまかせれば……」
「牢に入れて従うのか!?」
「相手の指名した殿下を牢に入れて大丈夫なのか?」
「牢に入れた人質?」
「さすがに……?」
レイモンドはそんな重臣たちを見て情けなく思った。誰一人レイモンドの身を案じるものが居ないのも悲しい。だが、彼らが国の事を心配しているのではなく、自分の事を心配していると思ったからだ。
「し、仕方ない……、レイモンドは部屋で謹慎とする。国のために窓口として最後の務めを果たせ!」
公王も重臣たちの話を聞いて、まずいと感じたのか方針を変えた。それを聞いて重臣たちもホッとする。
レイモンドはそんな自分の都合だけを押し付ける公王に失望した。今さら親子の情とかは期待していなかった。それでも、もう少し……。
「お断りします! 先ほど陛下に窓口として不適格だと叱責されたのです。彼らとの窓口は陛下がしてください。私は縄で括って彼らに差し出してもらってかまいません!」
レイモンドなりの最後の反抗であった。
これまで微妙な立場で過ごしてきたという思いと、最後ぐらいは国のために公王である陛下が窓口を務めるべきだと思いからであった。
しかし、レイモンドのこの発言に公王は動揺していた。
公王の頭の中ではドラゴンの姿と、海上に見えた大爆発の様子が浮かんでいた。そして窓口になるということは、敵地に船に乗っていくことになると気付いたのである。
それを回避するためには、公王は自分の発言の間違いを認め、謝罪し撤回する必要がある。これまで謝罪などしたことのない公王は、それを自分では言い出せなかった。
動揺してオロオロする公王の横では、宰相が先程発言した重臣に何か耳打ちをしていた。2人は話し終えると重臣が話し始めた。
「陛下、宰相殿は殿下の対応に間違いはなかった。すべては取り乱した自分のせいで、陛下に誤解を掛けて申し訳ないと仰っています」
「そ、そうだな、そう言われるとレイモンドの対応に問題はなかったとも言える。悪いのは宰相だ。レイモンド、宰相の失態によく対応した。宰相のせいでそなたに厳しいことを言ったがそれは取り消そう。もちろん先程の命令もなしだ。改めて今回の窓口を最後まで務めてくれ」
公王は宰相の助け舟に飛び乗った。そして間違いを認めたが謝罪はしなかった。そして、怯えたような目でレイモンドの様子を窺い返事を待つ。
レイモンドはそんな公王を同情するように見つめていた。そして、公王に答える。
「承りました。最後まで務めを果たしてまいります」
「う、うむ」
公王は露骨に安堵した表情を見せる。
レイモンドはこれが王族として、公王の息子として、そしてホレック公国の1人として最後の務めとして引き受けたのであった。
それを見ていた重臣たちも、これで自分の命と財産は確保できる安心したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、公都のすべての人々は、公都を襲った厄災ともいえる連中の建物が無くなっていることに気付いた。そして、誰もがこれで元のホレック公国に戻るのだと安心して喜んでいた。
しかし、これがホレック公国の驚くほどの衰退の始まりだと、誰も気付いていなかったのである。
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