第11章 エクス自治連合

第1話 新たな一歩

砂浜で汗を飛び散らせて剣を振る。


この世界に来てから人に教えることはしていたが、自分を鍛えるようなことをした覚えがない。


まあ、研修施設でずっと1人で訓練していた反動もあったと思う。


ホレック公国との交渉で、何か自分の中で色々と吹っ切れた気がする。

前世のトラウマや、精神が病みそうだったあの研修施設の呪縛から解放された気がしたのだ。


この世界がゲームではなく、しっかりと向き合うべきだと気付いたし、今後は自分の力を必要以上に隠すつもりはない。

間違いなく自分がチート野郎だと自覚しているが、俺以上のチート野郎がいるかもしれない。だから訓練は必要だと思って始めたのだ。


「テンマ様、水分は補給しないとダメですよ」


「あっ、うん、いただこうかな……」


訓練で火照った体が熱くなった気がした。ジジが心配して声を掛けてきただけだが……。


剣を振るのを止めて、ジジが用意した飲み物を受け取る。


「あっ!」


「ダメです、汗をかいたままだと病気になりますよ!」


不意にジジが汗を拭こうとして、驚いて身を引いたら注意されてしまった。


「う、うん……」


更に体温が上がった気がしたが、諦めてジジに体の汗を拭いてもらう。


俺に異性とコミュニケーションできるチートをくれぇーーー!


あの事件でいくら吹っ切れたと言っても、全く経験も訓練もしていない恋愛のことはヘタレのままであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



あの日、ホレック公国の宰相とレイモンドの事をムーチョさんに任せて『どこでも自宅』戻った。


そして色々吹っ切れたはずなのに、ジジの顔を見た瞬間に感情が爆発してしまったのだ。


吹っ切れたといっても、自らの手で初めて人を殺めてしまったことは心の奥底で燻っていた。

あれは間違った行為ではなかったと思っているが、やはり簡単に割り切れることではなかったようだ。


ジジの顔を見たら、その燻っていた感情が溢れ出し、腰に縋りついて泣きじゃくってしまったのだ。


そして気が付くと、ジジに膝枕され頭を撫でられていた。


リディアやエアルが何か言っていたようだが、ジジが何か話すと大人しくなったようだった。俺はジジに守られているように感じてそのまま寝てしまった。


目を覚ましたのは深夜だった。俺は膝枕された状態で寝ていたようで、ジジは俺の頭を撫でた状態で寝ていた。


俺は起き上がり寝ているジジの顔を見つめる。

まだ幼さの残る可愛らしい顔に思わず見とれてしまう。いつも優しく俺を包み込んでくれるジジが愛おしくて仕方なくなった。


ジジとずっと一緒にいたい!


その思いが胸を締め付けるように溢れ出してきた。そして、これが初恋だと思った。


前世でも好きな子はいたが、こんな気持ちになったことはなかった。


ちゃんとしよう!


今までのような関係ではなく、少しだけ進んだ関係になろうと決心する。


決心すると我慢できなくなった。そして、俺は暴走してしまった……。


眠り続けるジジにゆっくりと近付く。頭の上では天使と悪魔が戦っていたが、悪魔が圧勝していた。


そして……、頬にキスをした。


その瞬間にジジが僅かに寝息とも、寝言ともとれる声を出した。


%‘&$“!!


俺は声にならない声を出し、すべてのチート能力を使って素早く移動して、静かに膝枕姿勢になる。


それからが地獄の始まりであった。頭の中ではジジに気付かれたのではと思いながら、大丈夫だと自分に心の中で繰り返した。寝ることもできず、朝になりムーチョさんがリビングに来るまで、ずっと心の葛藤を続けたのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



俺はあれ以来、姑息な手段で前世でも経験のなかった異性との頬チュウができたことに、新たな一歩を踏み出せたと実感し、更なる一歩を進めるべきだと考えていた。


しかし、ジジが近寄るだけで緊張して赤面してしまう。そんな自分の不甲斐なさを感じていた。


それにあれ以来、ジジはなんか余裕があるような、落ち着いた態度を見せていた。なぜそうなったのか考えても理由が分からず、不安になるだけだった。


「テンマ様、上着をどうぞ」


ジジが汗を拭き終わると同時に、アンナが背後から上着を持って現れる。


心臓が飛び出るぐらい驚いていたが、それを見せずに差し出された上着に手を通す。アンナは俺を見て満面の笑みを浮かべている。明らかに先程まで気配を消して、俺とジジのやり取りを見て楽しんでいたと思う。


アンナァァァ、お前は何がしたいんだぁ!



   ◇   ◇   ◇   ◇



少し冷静になろうと周りを見回す。


今いるのはプライベートビーチというかプライベート島である。砂浜の先には隣のダークエルフ島と繋がる橋が見える。橋の横には石造りの舟屋が作ってあり、船が5艘ほど係留できるようになっている。


エクス群島に戻ると、黒耳長族の村のある島をダークエルフ島と呼ぶようにした。そして隣の島をマッスル島と呼び、俺達の拠点とし10日ほどで完成させたのである。


ダークエルフ島と行き来できるように橋を作り、島々を移動できるように小型魔導船を造り、船を係留するために舟屋も作った。自分達の拠点になる家も造り、D研からワイルドコッコの一部を島に放したのである。


やはり自分達の拠点があるだけで落ち着く気がする。


エアルの家も趣のある感じで好きだったが、エアル三姉妹が隙を見せると、夜這いを仕掛けてくるので落ち着かないのだ。


マッスル島にエアル3姉妹を出入り禁止にはしていないし、実際に毎日のように来るか泊っていく。しかし、結界で3姉妹は俺の寝室に入れないので、ゆっくり寝れるのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



今日はこの後どうしようかと考えていると、小型魔導船が島に向かって高速で向かってくる。そして舟屋に入るとすぐに舟屋からムーチョさんが出てきてこちらに向かって走ってくる。


「くっ、遅かった!」


何故かムーチョさんは砂浜に四つん這いになり、うな垂れている。


「あれっ、なんか約束がありましたか?」


俺はムーチョさんに尋ねる。


「い、いえ……、マッスル様のマッスルが堪能できる唯一の訓練を見逃しただけです」


うん、やはりムーチョさんはバルドーさんだ!


ムーチョさんはすぐに立ち上がると砂を払って話し始めた。


「まあ、今日は諦めましょう。それよりホレック公国の船がエクス門に到着しました」


おおっ、随分早く到着したようだ。


期限の1ヶ月までまだ8日程ある。早めに到着するように出発したとしても早すぎると思った。公都から20日以上かかるから、あれから数日で公都を出発したとしか考えられない。


「まあ、これでホレック公国がこちらの条件を拒否しなければ、すべて終わりだね」


「ククク、あれを見せられて拒否するとは思えませんなぁ。彼らとの話し合いにマッスル様も立ち会いますか?」


また変身するのぉ?


もう仮面を着けても大丈夫だが、やはり好きではない。それにホレック公国の連中と話しても楽しくない。


「いや、問題があったら行くよ。後はムーチョさんにお任せで!」


「まあ、そう言われると思っていました。エアル様にも任せると言われてしまいました」


いやいや、俺はともかくエアルはダメでしょ!


元々の被害者は黒耳長族で、その代表が不参加はまずくない。


「だ、大丈夫なの?」


「今回は大丈夫でしょう。しかし、今後の事を考えるといつまでも私が代行するのも問題でしょう。はやく私の代わりにレイモンド殿に任せたいですなぁ」


確かに……。


ムーチョさんは割譲予定の領主たちとの調整や話し合いをしている。魔道具も使っているが、ムーチョさんはダガード領へ何度も往復して、一度はヴィンチザード王国へも行ったようだ。


面倒なことはムーチョさんに任せていて、申し訳ないと思っている。


少しでも効率的に移動できるように、プリン貯金口座を新設して移動はドラ美ちゃんに引き受けてもらっている。


どちらにしても、ムーチョさんだけ頼むのは申し訳ない。エアルを含めて黒耳長族では絶対にすぐに破綻するから、レイモンドの引き抜きは大正解かもしれない。


「それでは早めに終わらせてきます。後ほど報告に参ります」


「うん、ヨロシクね」


舟屋に戻っていくムーチョさんの背中を見ながら考える。


そんな話なら念話で大丈夫なはずだ。

ムーチョさんは本気で俺の訓練を見にきたのだろう。

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