第35話 交渉の終わり

レイモンドが宰相に中級ポーションを飲ませているのを見ながら話しかける。


「なあ、俺が事情を話そうとしても碌に聞こうとしない。それは話し合う気も交渉する気もないということか?」


「い、いえ、宰相は被害を見て取り乱しただけで……」


レイモンドは青い顔をして苦しい説明をした。


「ふむ、あの力の一端を見ても、宰相の主張がホレック公国としての考えということだな……」


取り乱したとしても、宰相は明確にこちらの条件を完全に拒絶したのだ。


「ち、違います! 彼は本当に取り乱しただけなのです!」


レイモンドが必死に弁解するが納得はできない。


「だが、いくら取り乱したとしても、ホレック公国の代表としてこの場にきて話した内容は重いはずだ。今回の力の行使も理由はあるが、あれはできるだけ被害を出ないようにしたつもりだ。あの力を公都に向けられることを考えないのか?」


まだ海上の先に見える、マッスル弾の爆発による煙を指差しながらレイモンドに尋ねる。


「も、申し訳ございません!」


謝罪をして欲しいのではない。力を見せてもあまり効果が無かったのかと、不思議に思っただけである。


どうするのが一番効率よく、こんな面倒な話し合いを終わらせられるのかと考える。


「うっ、ううん……」


宰相が意識を回復したようだ。まだ目が虚ろな感じだが命に別状はなさそうだ。


宰相は抱きかかえるレイモンドを見て不思議そうな表情をした。そして俺の姿を見てもまだ目は虚ろだった。しかし、目に少しずつ意識の光が戻ってくると、すぐに恐怖の色に染まり、宰相はレイモンドの腕を振り払って立ち上がった。


そしてまた騒ぎ始めた。


「わ、私にこんなことをして只で済むと思うな! すべての力を使ってお前を滅ばしてやる!」


うん、こいつ只の馬鹿だ……。


「お前だけじゃないい! お前の仲間も、グボヘッ!!」


おうふ、レイモンドが宰相を殴ったぁーーー!


俺を滅ぼすとかゴミに言われてもそれほど気にしない。だが、宰相は仲間の事も言いそうだった。


それは相当に危険な事だよ……。


レイモンドはそれを気付いていたのかはわからないが、いきなり宰相を殴ったのである。


「にゃんで?」


宰相はレイモンドに殴られた驚きで痛みより先に尋ねていた。


「愚か者がぁ! お前のせいであの力を公都に向けられたらどうするのだぁ!」


「ギャヒィ、ホゲェ、ブギャア!」


レイモンドは何度も宰相を殴りつけながら宰相の疑問に答えた。


いやいや、レイモンド君、殴り過ぎだと思うよ……。


う~ん、レイモンド君の話を聞こえたかなぁ……?


何度も殴られた宰相は、すでに意識がないのか抵抗する雰囲気もない。


「ちょいちょい、それはやり過ぎじゃないかなぁ……?」


「あっ!」


俺がレイモンドに声を掛けると、驚いたように殴るのを止めた。レイモンドも自分がやったことに驚いた顔をしていた。


「ゆ、許して……、くだちゃい……」


宰相は顔が腫れ上がって口から血を流しているようだが、まだ意識は残っているようだ。目が濡れているのは涙のような気がする。


俺はアイテムボックスから、今度は初級ポーションを出して無言でレイモンドに差し出す。


「あ、ありがとうございます……」


レイモンドは頭を下げて受け取るとすぐに宰相に飲ませるのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



あの後、宰相がポーションで回復すると、レイモンドはやり過ぎたと謝罪した。しかし、続けて国の代表としてあんなことを言えばどうなるのか説明して、いつの間にか説教になっていた。


宰相も自分がどれほど危険な発言をしていたのか、漸く分かったようだ。


改めてテーブルを挟んで向かい合わせに座って、やっと話ができそうな状況になった。


「取り乱ちゅて、申しゅ訳ありまちぇん」


宰相は冷静になって丁寧に謝罪をしたのだが、俺とレイモンドに殴られて何本も歯が折れてしまい、まともに話せないようだ。


宰相もそれがもどかしいのか、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。


吹き出しそうになるのを我慢して、俺は事情の説明を始めた。


「我々に戦いを挑みながら逃げ出した連中が、昨日話したように予定通り戻ってくるのか確認をしに行ったのだが……」


私は詳しく何があったのか彼らに詳しく説明した。話を聞いてレイモンドは「情けない」と何度も呟き、宰相は「あのバキャどみゅばかども」と呟いていた。


「まあ、そういうことでハッキリと力を見せないと、面倒事が続くと思って見せたのですがねぇ。まあ、被害ができるだけでないようにしたつもりだった。それは申し訳ないと思っていたが、宰相のあの態度では、もっと被害を出したほうが良かったのかと思いたくなる」


「申しゅ訳ありまちぇん!」


俺が話し終わると宰相が青い顔でまた謝罪をした。そして同じように青い顔をしたレイモンドが宰相を庇うように話した。


「宰相は本当に取り乱していたのです。被害の事だけに意識が行き過ぎて、被害者の事を考えて何とかしようと焦っていたのです」


「それは被害を出した俺が悪いと言っているのか?」


「い、いえ、違います! ただ宰相が愚かなだけで、冷静に事情を聞けばこんなことには……」


宰相は俺とレイモンドのやり取りを聞いて渋い顔をしている。


俺はこの状況が滑稽に思えて仕方なかった。


この交渉が終わり次第、レイモンドを殺そうとしている宰相をレイモンドが庇っている。しかし、庇いながらも国を優先するレイモンドは宰相を愚か者呼ばわりしているのだ。


「まあ、こんな話し合いは無駄だ。すでに割譲する領地は、ホレック公国が受け入れようが拒否しようが、すでに動き始めている。公王や重臣たちがその領地に何やらしようと昨晩話しているのも知っているし、フォースタス公爵が裏で何かをしようとしていたのも知っている」


俺の話を聞いてレイモンドは戸惑った表情を見せた。彼はほとんど事情を知らないのだろう。そして宰相はフォースタス公爵と呼ばれ動揺した表情を見せた。


「俺の従魔のドラ美ちゃんの存在だけでは、我々の事を侮ってペニーワースと同じ過ちをホレック公国がしそうだから、実力の一端を見せただけだ」


俺は改めて宰相とレイモンドの目を見直して話を続けた。


「それでもホレック公国が、いや、ホレック公国の公王と重臣たちが、同じ道に進むなら……、関係ない住民は早めにこの国から逃げだすことを勧める」


俺は話を聞いているはずの公都の住民に話しかけるように話した。


レイモンドは戸惑った表情をしていた。

たぶん、自分の知らない所で、公王や重臣たちが何かしようとしていたことは理解できたのだろう。この場で何か話そうにも、それが分からなければ墓穴を掘ることになりかねないのだ。


全部を知っている宰相は、すべてを知られていると言われたのだ。そして、それらを簡単に吹き飛ばす力を我々が持っていることも分かったのである。


「俺はもうこれ以上馬鹿らしい話し合いをしたくない。悪いが後はムーチョさんが話してくれ。明日にはエクス群島に帰る」


「はい、お任せください」


ムーチョさんの返事を聞いて『どこでも自宅』にもどる。


D研に入ってすぐに、マックス仮面の変身を解いても気持ちや考え方に変化はなかった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ムーチョはマッスルが中に入っていくのを、頭を下げて見送った。そしてマッスルが中に入ってから少しして頭を上げる。するとレイモンドが同じように頭を下げて見送っていることに気付き微笑む。


ムーチョは再び席に戻ると話を始めた。


「マッスル様が確認してくれたので、愚か者たちは昼には戻ってくるでしょう。それ以外はすでにこちらの条件は話してあるはずです。裏で何かされているようですが、そろそろ現実を見た方がよろしいと思いますよ」


宰相とレイモンドは沈黙して、返事することもできないようだ。


「マッスル様の決定はすべてに優先します。ホレック公国がどのような判断をされるか分かりませんが、愚か者になるつもりなら国民に逃げるように勧告してからにしてください」


「愚か者になるつもりはありません!」


レイモンドが強く否定したが、ムーチョは大きく息を吐いてから話した。


「ふぅ~、レイモンド殿、あなたが何も知らない面倒を押し付けられた立場と我々は分かっているのですよ。公王の体調が悪いという話が嘘だということも知っているのです。あなたが何を約束しても、判断するのはそこの宰相殿と公都で怯えて隠れている公王や重臣たちです」


レイモンドは悔しそうに俯いてしまった。ムーチョは宰相を見て話した。


「最初の予定通りホレック公国の判断はエクス群島で聞きます。窓口はレイモンド殿にそのまま続けてもらいます。ただしレイモンド殿はエクス群島でホレック公国の判断を伝えた時点で、人質としてエクス群島の支配下に入ってもらいます。

宰相殿もその方がよろしいのではありませんか?」


「しょ、しょんなことはにゃい!」


宰相は驚くほど動揺し、レイモンドはそんな宰相を見つめていた。


宰相は慌てたようにその場を立ち去ると、レイモンドも一緒に公都に戻るのであった。

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