第33話 魂の叫び!
俺は真上からペニーワースたち愚か者たちの行動を観察する。
ペニーワースとその取り巻きたちは、残虐で嫌らしい笑顔を目の前で縛られて膝立ちするジカチカ子爵に向けていた。周りの船長や兵士たちは気の毒そうに彼を見つめていた。
「なぜ私がこのような目に合わないといけないんですか!?」
ジカチカ子爵は納得いかないのか、ペニーワースに訴えていた。
「それがお前の役目だからだ!」
取り巻きの1人が笑顔でそうに叫んだ。
「今回の作戦の失敗を誰かが責任を取らないといけません」
ペニーワースが付け加えるように話すと、ジカチカ子爵は諦めたような表情をした。
彼もこうなることを予想していた感じがする。そしてここで反論しても状況は変わらいと分かっている感じだ。
「なぜ、公都で裁かないのですか。あと少しで公都まで着くような場所で、首を刎ねる必要は無いでしょう?」
彼は涙を流しながらペニーワースに質問をした。彼の後ろには剣を抜いている兵士が立っていた。
処刑しようとしているのは見てすぐに分かっていた。しかし、まさかそんな理由で処刑をしようとしているとは思わなかった。
俺はダガード子爵から、参謀であるジカチカ子爵も戦闘を回避しようとしていたことは聞いていた。明らかな冤罪なのは間違いない。
そして、彼と同じように何故ここで処刑しようとしているのか不思議に思う。
処刑ならもっと早くできたよね?
「責任を取らされて処刑されるとなれば、殿下に都合の悪いことを話さないとも限らないからだ」
取り巻きの1人が当然だという感じで答えた。
「まあ、あなたが私に都合の悪いことを話したとしても、幾らでも握りつぶせますがね。ゴダールの馬鹿がそれを聞いて騒がれても困りますからねぇ。まあ死んでもらえば、そんなリスクは気にする必要はありませんからね」
話を聞いていて胸糞悪くなる。自分の都合で、それもたいした理由は無いのに、人を殺そうとしている理不尽さが許せない。
「だったら、早く殺せばよかったではないか?」
「敵に殺された者に罪を着せていると疑われては困るのですよ。あなたの首は絶対に必要ですが、生首と一緒に航海など私はしたくなかったんです」
ペニーワースは両手を左右に広げ、おどけた感じで話した。
「だから公都に近づいて脱走を企てたとして、この場で処刑するしかなかったことにするのさ!」
もう一人の取り巻きの男がそうつけたした。
俺は反吐が出そうなくらいムカついていた。仮面を被っていたら間違いなくこの場に居る全員を皆殺しにしていたと思う。
ジジ膝枕、シルモフ……。
ジカチカ子爵は怒りと諦めと、この理不尽な状況に涙を流している。そして泣きながら、理不尽な事を自分にしてきたペニーワースに頼み込んだ。
「た、頼む、家族だけは何とか……」
彼は屈辱的なこの状況で、自分の事は諦めたようだが、家族の事だけはと頭を下げて頼み込む。兵士たちは更に悲しそうな表情を見せ、一斉にペニーワースの返事を待つように視線を向けた。
ペニーワースは不思議そうな表情をして、それから嫌らしい笑みを浮かべて話した。
「まあ、死に間際の願いなら叶えましょう」
ジカチカ子爵はペニーワースの答えを聞いて、少しだけ目に希望の光を取り戻していた。
「家族だけじゃなく、あなたの一族すべては私が責任を持って面倒を見ましょう!」
「あ、ありがとうございます!」
ジカチカ子爵は自分をこのような状況に追いやった張本人にお礼の言葉を述べる。
私はこの理不尽な状況をどうしようか考える。
ペニーワースは自分が公都で裁かれるとは知らない。この場で俺が手を出すのは、交渉中なのでまずいとも思った。
それでも彼を見殺しにすることはできない!
テンマ姿をジカチカ子爵はマッスルと知られている。普通に姿を見せれば彼にマッスルと呼ばれる可能性もある。
悪魔王の衣装なら、関係ないと誤魔化せるのではと考える。しかし、さらに混乱を招くだけの気もする。
迷っているとペニーワースが更に話をした。
「あなたの一族は、公国の犯罪者一族として私が隷属して面倒を見ましょう。私の気に入るような少女が居れば大切に面倒を見ますよ。ふひゃひゃひゃ~」
ギルティーーーーー!
ジカチカ子爵は呆然とした表情をして、すぐに罵倒を始める。
「この変態ウジ虫がぁーーー! 王族という以外、何のとりえもない外道が、家族に手を出すんじゃねぇーーーーー!」
これにはペニーワースだけではなく俺も驚いた。
ジカチカ子爵は文官タイプで、冷静に丁寧に話している印象だった。しかし、まるで血の涙を流しているような錯覚を見た気がする。
人がこれほど憎しみを込めた表情ができるのか……。
ペニーワースは拘束されているジカチカ子爵に怯えたような表情を見せる。そして兵士に命令した。
「早くこの者の首を刎ねろぉーーー!」
しかし、あまりに酷いペニーワースの話に、処刑を命じられた兵士は躊躇していた。
ペニーワースと同じように怯えた表情を見せていた取り巻きの男が、自分の剣を抜いてジカチカ子爵に近づきながら叫んだ。
「何をしている。お前ができないなら私が首を刎ねてやる!」
それを聞いた瞬間、まるで世界の時間の流れが遅くなったような感覚になった。
俺は男が剣を握り締め、ジカチカ子爵に歩いて行くのを見ている。しかし、まるでスローモーションのようにゆっくりと歩いて見えた。
俺は必死に考える。
怒りはもちろんある。愚かな行為も止めたい。でもここで介入するのに躊躇もある。
ジジ膝枕、シルモフ、ジジ膝枕、シルモフ……。
冷静になる呪文を何度も唱える。しかし、いくら時間の流れが遅くなっても、完全に止まっている訳ではない。
すでに男は剣を振り上げ、ジカチカ子爵の首に振り下ろし始めた。
仕方ないよなぁ……。
俺は決断すると呪文を唱えた。
「トラジション」
唱え終わり自分の姿がマッスル仮面になった瞬間、もう一つの人格に意識を奪われた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
許せるかぁーーーーー!
マッスル仮面になると同時に隠密スキルも解除した。そして剣を振り下ろそうとしている男に一瞬で近付き腕を掴んだ。
「ギャァーーー!」
俺は振り下ろす腕を軽くつかんだつもりだったが、男の腕は握り潰してしまったのか変な方向に曲がっていた。
甲板では突然姿を現した俺を、全員が驚きの表情で見つめている。
男の腕を振り払うように手放すと、男は盛大に飛んで行きマストの柱に体をぶつけて止まった。
ああ、ゴミはやはり存在自体が軽いようだなぁ。
認識阻害の効果で甲板の上の誰も俺の顔を見えていない。しかし、もし見えていたら不敵な笑みをしている俺の顔を見ただろう。
「無礼者ぉーーー!」
兵士たちは、突然姿を現して、異常とも思われる力を見せていた俺を、警戒して剣を構えたが、慎重に様子を窺っていた。
しかし、取り巻きのもう一人の男が、叫びながら剣を抜いて斬りかかってきた。
俺はそのゴミを思いっきり殴り飛ばす。だが無意識なのか元の人格がそうしたのかはわからないが手加減スキルを使っていた。手加減スキルは殺すほどの攻撃でもHPを1だけ残して殺さないようにするスキルだ。
しかし、殴られた男は盛大に吹き飛び、隣に停泊している船をかすめて飛んで行った。そして海面に叩きつけられたが何度も跳ね、最後に水しぶきを上げ海に沈んだ。
甲板の誰もがそれを目で追い、海に沈んだ男が浮かび上がってくるのを、何となく待つように静寂に包まれる。
俺はどう考えても男は間違いなく死んだと思った。
HPが1しかない状態で、あんな風に海面に叩きつけられたら、HPは間違いなく0になって死んだはずである。
この世界に来て、俺は人を初めて殺した……。
そう自覚すると暴走する人格とか関係なく、自分の中の奥底から何かが溢れ出てくる。それは怒りや困惑、悲しみなど様々な感情の集まりのように感じた。
ウオォォォォーーーーー!
俺は魂の叫び声を上げるのであった。
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