第32話 トラウマ?
朝食を食べ終わるとムーチョさんが声を掛けてきた。
「テンマ様、この後少しお話をさせていただきたいのですが?」
おっ、久しぶりのテンマ呼び!
コード名のマッスルではなく、テンマと呼ぶということは、バルドーさんがホレック公国に対する個人的な用事に関わることなのだろうか。
「いいですよ」
たぶん昨日の夕食後に出かけたことが、関わっていると感じた。出かける前にムーチョさんはホレック公国の方針を調べてくると言っていたが、それ以外にも何か調べてきたのかもしれない。
「リディアちゃん、エアルちゃん、悪いけど料理の手伝いをしてくれないかしら?」
ジジが気を遣ったのか、2人に声を掛けてくれた。
リディア「俺は料理の手伝いなどできないぞ!」
エアル「私はマッスルとイチャイチャするのじゃ!」
するかぁーーー!
「そうなの、プリンを作るから味見もお願いしたいと思ったけど……」
「「手伝うのじゃ(ぞ)」」
あの二人は完全にジジの手の平で転がされていると思う……。
◇ ◇ ◇ ◇
『どこでも自宅』のリビングに移動して、バルドーさんと向かい合って座る。
「先にホレック公国の動向について調査してきたことを報告します」
まずはムーチョさんからの報告ということだな。頷くとムーチョさんは報告を始めた。
「公王や重臣たちは完全にこちらの条件を受け入れるようです。自分達の命と財産さえ無事なら、喜んで領土を割譲すると言ってました。要求したお金は払いたくないという雰囲気でしたが、宰相が備蓄された国家財産を考えれば、大した金額ではないと説明したら、渋々納得していました。誤魔化そうという話もありましたが、納税の記録が領地側にもあることや、誤魔化しが発覚すれば命の危険だと宰相に言われて、誤魔化すのも止めたようです」
内容より、ムーチョさんの情報収集能力の方が驚きである。
「レイモンド殿は完全に蚊帳の外にいるようです。公王や重臣たちもレイモンド殿は窓口にだけさせる方針に落ち着きました。公国のことより割譲する領地の民を心配する言動が嫌われたようです」
何となくそうなる気もしていた……。
「それと宰相は予想通り、今回の窓口役が終わったら、レイモンド殿を殺すつもりのようでした」
俺はあまりにも理不尽な話に、仮面を着けていないのにもう一つの人格が暴走するときの気持ちの高ぶりを感じていた。
「ということで予定通りレイモンド殿を、エクス自治連合で引き取ると伝えるつもりです」
「それはもちろん構わないけど……、公国が納得するかなぁ?」
「その辺は今回の条件を守らせるための人質とするとか、言いようはあると思いますよ。ククク」
……ムーチョさんなら上手くやるだろうねぇ。
「それなら、何も我々の実力を見せつけなくても大丈夫じゃないかな?」
なんか無理やり任されたような気もするが、どうやって力を見せるのか困っていた。こうなると威力を抑えたマッスル弾ぐらいしかないが、船が戻ってくるタイミングもあり難しそうである。理想としては何もやらないことだ。
「いや、力を見せつけるのは必要でしょうなぁ。まだ完全に我々の力を信じていないのか、領地を割譲したら、どうやってその領地から金を吸い取るか、公王と重臣たちは相談していましたから……」
ムーチョさんも呆れたように話した。
ふぅ~、考えないとダメなのかぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇
俺がどうやって力を見せつけるか考えていると、珍しく真剣な表情でバルドーさんが話し始めた。
「テンマ様、私の個人的な事も色々とわかりました」
それはフリージアさんや、この地に来るまでに弔ってきた人たちの事だった。
デンセット公爵が主導してホレック公国、いや、フォースタス公爵と闇ギルドが手を貸してバルドーさんの一族を襲撃した事実がハッキリしたらしい。
デンセット公爵もホレック公国の関与を話していたが、どの程度ホレック公国が関与していることは分からなかったようだ。
そのことをバルドーさんも偶然に話が聞けたようである。
「それで、バルドーさんとしては、フリージアさんや家族の敵をとるつもり?」
バルドーさんは目を閉じて考えている。暫くしてバルドーさんは目を開くと話した。
「私としても復讐するつもりはありました……」
んっ、ありました?
「しかし、聞いた話では、当事者はすでに他界していて、その当時の事を詳しく知る者はもういないみたいです……」
確かに当事者ではなく、家族に責任を取らせるのは……。
「私は真実を知りたかったのと、当事者が生きていれば、ケジメは必要と思っていたのですが……」
まあ、そうなるよなぁ……。
「……遅すぎましたなぁ。それでも一番の元凶であるデンセット公爵には、ケジメをつけることができました……」
うん、そのことは大まかにしか聞いてないけど……。
「いまさら何かしようとは思いません。テンマ様と一緒に旅をしたことで、すべての憂いはなくなりました。今はテンマ様への感謝しかありません!」
ん~、それも違うと思うけどぉ。
俺はヴィンチザード王国の王都から逃げ出したかったのと、海鮮料理が食べたかったからホレック公国に旅してきただけである。
まあ、でもバルドーさんの心のつかえが無くなったなら、良かったとは思う。
「これからはフリージアさんを大切にすればいいんじゃないかな?」
「はい……」
「早めに帰ってあげれば喜ぶと思うよ」
「はい……、えっ、それは絶対にダメです!」
「なんで?」
「私は母上から逃げて来たのですよ!」
うん、知ってる……。
「ふむ、やはり、彼らを許すべきではないかも……」
どういうことぉ~!?
「私にこんな苦労を押し付けてきた一族は、殲滅する方が世のため人のためかもしれません!」
いやいや、それは八つ当たりだからぁ!
「バルドーさん落ち着いて! 暫くはヴィンチザード王国には戻らないから!」
「そ、そうですね……。母上のことを思い出したら、あの時の地獄を思い出して、取り乱してしまったようです……」
その気持ちは何となく分かる気がする……。
俺もドロテアさんとか、ドロテアさんとか思い出すと取り乱しそうになる。それに最近ではドロテア臭のするエアルが、少しずつドロテア化を進行させている気がする。
お互いにトラウマになっている気がするぅ~。
「とりあえずペニーワースがどこまで戻っているか確認してくるよ。昼ぐらいまでに彼らが戻ってきたら、マッスル弾を使えるかもしれないので……」
「……お願いします」
バルドーさんも珍しく動揺しているようだ。
俺は1人で『どこでも自宅』を出ると海に向かってフライを使って飛んで行くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
確認のためだからマッスル仮面に変身せずに、船が戻ってくるだろう方向へ海上を飛んで行く。念のために隠密スキルは使うことにした。
飛び始めてすぐに船は見つかった。
おおっ、これなら昼ぐらいまでには公都の港まで……、あれっ、なんか船が止まっていないか?
3隻の船が揃って船足が止め、一番大きな船の甲板にたくさん人が集まっているのが見えた。
隠密スキルを使っているから、遠慮なく船に近づく。
あぁ、愚か者たちが何かやっているようだ。
あのおデブちゃんがペニーワースだろう。周りの兵士たちは暗い表情をしているが、彼と彼の周りにいる数人だけが楽しそうにしている。
俺は理不尽な光景に怒りが込み上げてくるのであった。
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