第31話 フォースタス公爵家

宰相のフォースタス公爵は自分の屋敷に戻ってきて執務室で一息入れる。すでに夜中に近いが、先ほどまで公王や重臣たちに説明や説得をしていたのだ。


説明といっても、ホレック公国としては問題なく、王族も貴族も安泰だと説明していただけである。彼らは自分の命と財産さえ守れれば、公国の領土が小さくなる事には拘りなどなかった。


まるで子供をあやす親のような状況に、フォースタス公爵はうんざりしていた。


メイドがお茶を持ってきて下がると、執事に命じた。


「タランティを呼んできてくれ」


「はい」


執事は返事をすると静かに部屋を出ていく。すぐに執事に案内されてタランティが執務室に入ってきた。公爵は目で執事に合図すると、執事はすぐに部屋を出ていく。

執事は部屋を出ると扉横の魔道具に魔力を流した。魔道具は執務室の音を漏れなくする結界の魔道具であった。執事はその魔道具の横に立ち、周辺を警戒するように監視を始めた。


タランティは結界が張られたことに気付くと話し始める。


「相変わらず慎重ですねぇ?」


「慎重すぎて困ることはないからな」


公爵はお茶を飲みながら、王宮では見せない裏の顔になり、落ち着いて話した。見た目が変わったわけではないが、タランティは公爵の姿に寒気を感じていた。


結界が張られる前は大貴族や宰相というよりも、優秀な役人か執事のような雰囲気を纏っていた。しかし、結界を張られた瞬間に、闇ギルドのボスと対面している時のような雰囲気を感じたのである。


実際にホレック公国の闇ギルドは、フォースタス公爵家の私兵のような存在であった。すべての拠点も公爵が用意しているし、隷属魔法を使って優秀な兵士に闇ギルドの仕事もさせている。

この公国の闇ギルドのトップは先程の執事がしている。実質的なトップは公爵になる。これは最近に始まったことではなく、タランティも知らないほど昔からのことであった。


「それで、第1公子の暗殺でも命じるのかい?」


タランティも昼間の騒動は知っている。すぐにも逃げ出したかったが、相手にドラゴンがついていては逃げられないと諦めていた。


逃げられないならと、じっくりと交渉の話を聞いていて、レイモンドが宰相には邪魔な存在になったのではと感じていたのである。


「……殺したいが現状では無理だな」


公爵は少し考えてからそう呟いた。タランティも相手側がレイモンドを窓口にすると聞いていたので、即座に殺せないことは分かっていて尋ねたのである。


「それじゃあ、俺を呼んだ理由は?」


タランティは呼ばれた理由が分からずに尋ねた。公爵は相変わらず何か考えているようで、返事するまでに時間があった。


「……レイモンドは今回の仕事が終われば死んでもらう。その準備だけはしておいてくれ」


「ああ、わかった」


タランティは即座に答える。

本来なら相手が王族となれば簡単に暗殺はできない。しかし、宰相の手引きがあるならそれほど難しい仕事ではない。


ただタランティはそのことだけなら、これほど早く呼ぶ必要がないと考えていた。


「お前はどう思う?」


公爵の問いかけにタランティも困った顔をする。脈絡のない質問に答えようがないのだ。公爵もタランティの表情に気付き、苦笑して話をする。


「すまんな、質問の仕方が悪かったようだ。お前はヴィンチザード王国で色々起きたとき向こうにいたな。塩や大賢者、伝説のハル。お前がホレック公国に戻ってからも、デンセット公爵家の滅亡やデンセット公爵の行方不明。そして今度は伝説のドラ美やエクス。まるで何か繋がっている気はしないか?」


公爵の話を聞いて、タランティもなるほど思った。確かに信じられないことが立て続けに起きていると改めて気が付いたのだ。


「ですが、それらが繋がるような証拠や事実はありませんよね? 確かにヴィンチザード王国で起きたことは、大賢者テックスに繋がっています。しかし、今回の事は大賢者テックスとは関係ないのじゃありませんか?」


公爵も今回の事が大賢者テックスに繋がる事実はない。実際に情報収集をしても大賢者テックスが自分の知識を伝えるような研修施設を造っていると報告があった。


デンセット公爵がいなくなり、闇ギルドが実質的に解体された隣国の情報は正確には入らなくなった。それでも研修施設が大掛かりで、ドロテアとかA級冒険者のバルガスやマリアなど大賢者テックスに関係する人物がそれに関わっていることは分かっていた。


「確かにな……。だが、ホレック公国にとって不運なことが続きすぎる。それも伝説とか英雄、大賢者となるとな……」


公爵も明確な理由があるわけではない。何となくそう感じただけで、隣国から戻ってきたタランティに聞いてみたいと思っただけである。


「そうかもしれませんが……、ヴィンチザード王国で塩が手に入ることに全部繋がっているんじゃないですか。大賢者から塩が手に入り、それを何とかしようとしたデンセット公爵が追い詰められ滅んだ。ホレック公国も塩が売れなくなったから、強引に今回の計画を進めた。まあ、それで今の状況になるわけですが、結果的にはすべては塩に繋がっている。それは塩で儲けていたホレック公国としては、すべてが繋がっていると感じても変ではないと……」


タランティも国の裏事情を多少は理解しているが、本格的な話を聞かれることになると困っていた。だから適当に感じたことを答えた。


しかし、公爵はその答えに納得したように話した。


「確かにそう考えるほうが、辻褄が合うな。伝説とかではなく塩か……。ふはははは」


公爵は自分が考え過ぎていたと思い笑い出す。


タランティはそれほど真剣に答えたわけではないが、公爵がそれで納得してくれたのなら問題ないと思った。


そして気になったことを質問する。


「それよりデンセット公爵の事はよろしいのですか。あの人はフォースタス公爵の祖父ですよね。それにヴィンチザード王国に彼が捕まって、色々と話されては困るのではないですか?」


「ふん、祖父と言っても政略的に先代がデンセット公爵の娘を嫁にしただけだ。いつも偉そうな命令のような手紙を寄こしてきて、内心では面白くなかったぐらいだ。私はホレック公国の宰相を代々務めるフォースタス公爵家の人間だ。利害関係だけでデンセット公爵とは付き合いはあるが、祖父だと思ったことはない」


タランティも貴族や王族が血縁を政治的な道具としか考えていないことは理解していた。だから公爵の反応を不思議とは思わなかった。


「それに私の知る限り、デンセット公爵と協力をしてヴィンチザード王国を食い物にしてきたが、国家間の問題としてはデンセット公爵がヴィンチザード王国を裏切っただけで、ホレック公国が責められるようなことはないはずだ」


公爵の話を聞いてそれも納得する。確かにホレック公国はヴィンチザード王国を食い物にして儲けていたが、それはデンセット公爵と正式に外交交渉で上手くやったと言えなくもない。


公爵は少し考えてから話した。


「祖父から聞いた話だが、ずいぶん昔にデンセット公爵がヴィンチザード王国の王族だった頃に、闇ギルドとホレック公国の兵を貸したことがあると言っていたな……。あれは国家間の事としては問題になる可能性があるのか……」


公爵は思い出すように呟くように話した。


「そんな話は聞いたことはありませんね。兵まで出したなら大騒ぎになったのでは?」


タランティが心配になって尋ねた。


「いや、ずいぶんと昔の話だし、証拠は何も残っていないはずだ……。たしかデンセット公爵の兄弟を殺すのに手を貸したと言っていた覚えが……」


「そ、それは、不味いのではないですか! デンセット公爵の兄弟ということは、ヴィンチザード王国の王族を殺したということ……」


公爵の話を聞いてタランティは心配そうに話した。


「もう昔の話だ。当事者は誰も残っていないし証拠はない。私もうろ覚えの話でしかない。今の話を絶対に他で話すんじゃないぞ!」


公爵も少し話過ぎたと思ってタランティに口止めをする。今さらそんな話を聞いても証拠も追求しようとする相手が居るとは思わなかった。


公爵の雰囲気に殺気というか寒気を感じたタランティは即座に返事した。


「も、もちろんです。絶対に話しません!」


公爵はタランティの返事を完全には信じていなかったが、やはりそれほど気にすることではないと考えた。


「わかった。今日はもう遅い、明日も大変になりそうだ、もう帰っていいぞ」


公爵はそう話すと魔道具に魔力を流す。するとすぐに結界が無くなり執事が入ってきた。執事はタランティを連れて執務室を出ていく。公爵も疲れていたので就寝するために執務室を出ていった。


誰も居なくなった執務室の中で、バルドーは呟いた。


「もう当事者は残ってなさそうですね。さて、フォースタス公爵家はどうしますかね」


そこまでバルドーは呟くと、テンマ達のいる臨時拠点に戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る