第30話 ホレック公国の決断

俺は公都に戻っていくレイモンドと宰相の一行を見送る。暫くするとムーチョさんが声を掛けてきた。


「この建物に結界を張ります」


最初の計画通り、今日はこの地で過ごすことにした。ムーチョさんには結界の魔道具を渡してあったので、それを使って結界を張る。これで誰も入ってこられないだろう。


すでにエアルは『どこでも自宅』へ戻ったのか、テラスには姿が見えない。俺はムーチョさんに、今回の交渉で疑問に思ったことを尋ねる。


「実質的には割譲と変わらない提案を何故したの?」


「ああ、あれはレイモンド殿が納得しなかったので、ホレック公国側に説得を任せることにしたのです。宰相は領地の割譲を聞いて、お荷物になりそうな領地を割譲しても良いと思ったはずです。ですが、レイモンド殿は住民のことを考えていると分かりました。彼は非常に優秀で心優しい人物だと好感は持てますが、こちらの思惑と違うので、宰相なら受け入れると思って提案したのです」


ふうむ、さすがはムーチョさんと言えるだろう。


「それなら、そんな心配はなく、住民も歓迎しているとレイモンドに伝えれば良かったのでは?」


税金さえ安くなれば、行き詰っている領地は困らないと伝えればと思って尋ねる。


「そのことを伝えると、割譲する領地の価値が上がってしまいます。今度はレイモンド殿ではなく宰相や公王が割譲を嫌がるかもしれません。レイモンド殿にだけ説明できるなら良かったのですがねぇ」


そこまで考えているんだぁ~。


「それにレイモンド殿は予想以上に優秀です。優秀過ぎると、あの宰相が彼の排除を考える可能性もあります……」


えっ、それは……、国の損失じゃん!


ムーチョさんは俺の考えていることが分かったのか、さらに説明してくれる。


「ホレック公国を実質的に動かしているのは、公王ではなくあの宰相です。宰相にとって優秀な王族は邪魔と考えるでしょう。レイモンド殿を排除させないように、我々の窓口になるようにしたのです」


も、もしかして、レイモンドを聖地メンバーに!?


「窓口にしたのは、彼を助けるため?」


「まあ、そうですが、できれば彼を引き込みたいと思ったのです。エクス群島の人族向けの港の代官でもなってもらいたいところですなぁ。エアル様にエクス自治連合の盟主は務まらないでしょうから」


た、確かにエアルは一族のまとめ役までだなぁ~。


人族の事も良く分かっていないし、小麦だけ手に入れば満足する程度だ。ドラゴン姉妹と同じように暴走しそうで怖いところもある。


でも、聖地メンバーの疑いも拭えない……。


「何となく交渉の事は分かった。そういえば、我々の力を見せると言ってたけど、どうするの?」


ドラ美ちゃんだとやり過ぎそうで怖い!


「えっ、それはマッスル様にお願いするつもりでしたが……」


おいおい、聞いてないよぉ~!


「急に言われても……」


「そ、それなら、ダガード子爵領で見せた危険な技で良いですかねぇ?」


いやいや、危険と言ってるよね!


「明日には総司令官たちが到着する予定だよね。あれを使ったら船が沈んじゃうと思うよ……」


「…………」


なんか言ってくれぇーーー!



   ◇   ◇   ◇   ◇



レイモンドは馬車の中で宰相を睨んでいた。宰相もそれに気付いていたが、受け流すだけで何も話さなかった。


公都に近づくとゴダールの時と同じように住民が門付近に集まってきていた。宰相はそれを遠目から見てホッとしていた。


宰相は交渉が始まってからレイモンドの優秀さに驚いていた。そして何より国民に対する態度に恐れを抱いていた。そして宰相はレイモンドの優秀さに驚いて、焦って幾つもの失態をした。


今回の交渉は公都の住民にも聞かれていたのである。


宰相は自分の失態に舌打ちしながら、優秀さと国民を第一に考えるような彼の態度に危惧を抱いていた。


(あれではカリスマ性を持つ公王の誕生になる所だった……)


宰相はそう心の中で呟いた。


しかし、レイモンドが割譲される領地の住民を危惧するあまり、公都を危険にさらすような判断をした。今も公都の住民がレイモンドに怒り、ゴダールの時のように罵声を浴びせに、門に集まってきたと思ったのである。


レイモンドもそれに気付いたのか、集まってきた住民の方を見て申し訳なさそうな表情を見せていた。


門に近づくと住民たちの声が聞こえてくる。明らかにレイモンドの名前を叫んでいるのが分かった。


宰相はゴダールの時より住民が大きな声で叫んでいると気付いた。最初はゴダールのこともあり住民の怒りが大きくなったのだろうと思っていた。

しかし、門に近づくと自分の勘違いに気付く、集まった住民はレイモンドの名前を歓迎の意味で叫んでいたのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



サロン会議室に2人が到着すると、公王が宰相に詰め寄った。


「お前は領土の割譲を簡単に了承して、国を売るつもりか!」


公王だけでなく重臣たちも怒りの表情で宰相を睨みつけていた。


(陛下だけでなく重臣も愚か者ばかりということか……)


宰相は内心では溜息を付きながら答える。


「それでは相手の要求を拒絶して、陛下は公都を滅ぼされたほうが良かったというのですか?」


宰相が堂々と公王にそう尋ねると、公王だけでなく重臣たちも動揺した表情を見せる。


「しかし、取り敢えず持ち帰って言えばよかろう。実質的な割譲に同意することはあるまい……」


公王は最初の勢いはなくなっていたが、それでも不満を漏らす。


「相手は公都の殲滅と引き換えに交渉してきたのです。確かに実質的な割譲かもしれません。しかし、正式な割譲まで時間があります。それまでに対策を考えることができますし、交渉する材料も探すこともできます。それとも公都の殲滅される危険を冒してまで拒絶したほうがよろしかったのですか?」


「「「……」」」


公王だけでなくサロン会議室の全員が黙り込む。彼らは領地の割譲という予想外の相手の要求に不満を持ち、受け入れられないと感情的になっていた。しかし、宰相の話を聞いて、自分達の命が危険であったことを思い出したのである。


「交渉などできる余地はなかったのです。公都の殲滅を回避するためには無条件で相手の要求を受け入れるしかなかったことは分かっていたはずです!」


公王や重臣も全員が頷いて、宰相の判断は間違っていなかったと納得したようだ。それを見た宰相はさらに踏み込んだ話を始める。


「それに相手側の要求はそれほど公国にとって悪い話ではないと思います」


「領地の割譲が悪い話ではないと言うのか!?」


公王もさすがにこれには声を荒らげた。しかし、宰相は冷静に話を続ける。


「確かに領地の割譲は公国としては屈辱的なことです。ですが、割譲する領地についてよく考えてください。隣国との塩の取引がほぼ停止して、実質的にはホレック公国としてはお荷物になりかねない領地です。だからこそ今回の計画にも兵を出した領地なのです!」


宰相はそこまで話すと公王や重臣たちを見回す。宰相の話を聞いて彼らも要求された領地の事を思い出していた。


「相手の要求は屈辱的ではありますが、公都を殲滅の危機を回避する条件としては検討に値すると判断したのです。長い目で見ればホレック公国としては損な条件ではないはずです」


「待て! それでは国が主導した計画で、一番迷惑をこうむるのはその領地の住人ではないか!」


レイモンドが反論を始めた。しかし、すでに公王や重臣たちには、自分達の命や利益を天秤にかけて、領地割譲を受け入れる意識になっていた。それどころかきれいごとを言うレイモンドに軽蔑するような視線を向け始めていた。


宰相はその様子を見て、自分の考えが正しいと確信する。レイモンドの考えは公王や重臣たちには受け入れられないと思う。そうなれば彼を後継者にするような危険は回避できると安心するのであった。


ホレック公国は領地の割譲を受け入れる方針を決断したのであった。

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