第29話 交渉
予想以上に手強そうな第1公子のレイモンドだが、何故かムーチョさんは楽しそうに話している。
逆にホレック公国の宰相が、レイモンドの交渉能力に驚いているようだ。
「それでは最初の条件です。我々との戦いを部下に命じた総司令官の処罰です。捕虜の者から司令官と参謀が戦いを止めるように進言したのに、戦いを選択したのは総司令官です。なのに敗色が濃厚になると味方を見捨てた総司令官を、我々が納得する処罰をしてもらいます」
「それは寛大ですが難しい条件ですね」
ムーチョさんの要求にレイモンドは面白い反応をした。しかし、宰相がレイモンドの発言に喰いついた。
「何故ですか!? 想定の範囲内の要求ではありませんか。何も難しいことではありません」
「んっ、そうかい? 本来なら総司令官の
「その通りです」
「だが、
レイモンドの質問に宰相は黙ってしまう。
そこまでムーチョさんが深く考えているのか、俺にもわからない。それでも彼や彼に命じた者にはよく考えて欲しいと俺は思った。
「どうします。最初の条件で断りますか?」
相変わらずムーチョさんは楽しんでいるようだ。笑顔で相手に質問した。
「受け入れるしかないだろう。だが、検討する時間と、処罰にそちらが納得できない時は、何度か見直すチャンスがほしい」
レイモンドの答えに宰相も頷いている。
宰相はこの場に要らないんじゃ……。
「そうですなぁ。それではまずは1ヶ月以内にエクス群島まで報告に来てください。ただし処罰が決まるまでは総司令官を拘束してください。もちろん逃がしてもダメですし、ましてや原因不明で亡くなることも許しません」
「それなら問題ありません!」
宰相がすぐに返事したが、レイモンドが止めた。
「まあ待て。エクス群島というのは、そなたたちが居る場所なんだな?」
「そうです。今回ホレック公国が襲撃してきた群島になります」
「しかし、まだ総司令官のペニーワースが戻っていない。戻らないとは思えないが、現状では約束できない」
宰相は渋い顔をしている。よく考えずに答えたと自覚しているのだろう。
「彼らは近くまで戻っていますよ。明日にでも公都に戻ってくるはずです」
「本当ですか……? では、明日か遅くとも明後日までに戻ってくるなら、その条件を受け入れたいと思います」
まあ、公王の首を寄こせと言っている訳ではない。これくらいは納得できる条件だろう。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃公都では住民が騒ぎ始めていた。
第1公子のレイモンドのことを住民は長男というだけの無能者という評価であった。それは表には出ないレイモンドのことを知らないというだけなのだが、第2公子のゴダールや第3公子のペニーワースに気を遣った貴族が広めた評価であった。
しかし、先程から聞こえてくる会話を住民が聞いて、それが間違った評価だと気付き始めたのである。
そして、王宮内でも同じように驚かれていた。レイモンドはこれまでは目立たないように王宮内で過ごしていた。公王でもこれほど優秀だとは思っていなかったのである。
誰もがこの公国の外交と政治を動かしてきたのは宰相だと知っている。だから、宰相より適切な判断をするレイモンドに驚いていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
問題はここからだ!
「では次の条件です。今回、黒耳長族の戦闘に兵士を送り出した領の領地を割譲してもらいます」
どストレートォーーー!
ムーチョさんは遠回しの言い方をせず、条件だけを話した。
「そ、それは、ダガード子爵領を割譲しろということか!?」
宰相が焦ったように尋ねてきた。
「違いますよ。兵を出したのはダガード子爵だけではありませんよね。クククッ」
悪魔の微笑みが出たぁ~!
ムーチョさんは地図を出して割譲してもらう領地を示す。それを見て宰相は何か考え込んだ。しかし、レイモンドが焦ったように話した。
「ホレック公国の3分の1もあるじゃないか。幾らなんでも要求が過大だ!」
「そうでしょうか? 兵士を送り込んだ領地ですよ。戦争に負ければ、その責任を取るべきではありませんか?」
「し、しかし……」
うん、その気持ちはわかるぅ~。
ホレック公国は海沿いに細長い国土で、国としては小国である。その3分の1ということはさらに国が小さくなるということだ。見た目のインパクトも大きく俺も最初は驚いたくらいだ。
「兵士を送り込んだ領地には、それ相応の対価を出す必要があるでしょう。もちろんその命令をしたホレック公国には、その割譲する領地の過去に支払った税の十年分を払っていただきます」
んっ、そんな条件あったかなぁ?
「黒耳長族がその金を独占するのか?」
「いえ、割譲するならそのための経費も必要になるでしょう。領地は現状のままで自治領として、エクス群島がその自治領の盟主になります。今後は各自治領がエクス群島に税を納めることになりますがねぇ」
税といっても小麦だけになるかもぉ~。
「十年分……、いやっ、やはりそれではダメだ!」
おお、拒絶したぁ!
十年分の税が惜しいのかな?
「殿下、お待ちください!」
宰相がレイモンドを止める。確かに過大に見える要求だが、実際はそうではないはずである。先細りしそうな領地なら、ホレック公国としても損ではないはずだとムーチョさんは話していた。やはり十年分の税が問題なのだろうか?
「黙れ! 国が命令したことで、領主やそこの住民に責任を押し付けることはできない!」
レイモンドの主張は真っ当な国の在り方だろう……。
「殿下、国の存亡と公都のすべての命が掛かっているのですよ。軽々にそのような判断をするのはお止めください!」
「だが……」
おおっ、ようやく宰相らしい発言だ。
レイモンドも国の存亡と公都のすべての命と言われて口籠ってしまった。
そんなレイモンドの様子を確認した宰相がムーチョさんに尋ねる。
「さすがにこれほどの条件になると即座に判断できません。前向きに検討するという前提で少しお時間をいただけますか?」
宰相も仕事をする気になったようだ。
「ふむ、……では、先程指定した領地への国の関与を停止することを条件に、最初の条件であったエクス領に来た時に、ホレック公国の返事をするというのはどうでしょう?」
んんっ? どういうこと?
「関与の停止とはどういうことでしょう?」
「要するに、ホレック公国の住民や商品の流れは許可します。ですが、公国として税や財産を移動することは禁止します。まして公国が領主や住民に命令したりすること止めてもらいましょう」
え~と、それって割譲したのと一緒じゃないかな?
なんでわざわざそんな譲歩をするのか不思議に思う。相手も気付きそうなものだが……。
「それで構いません」
おうふ、宰相さん受けちゃったよ!
「待て、それでは割譲するのと同じではないか!?」
うん、その通り!
レイモンドは気付いたようだ。
「殿下は公都を犠牲にすることを選ぶのですか?」
「そ、そうではない! そうではないのだが……」
レイモンドは困っているようだ。そこにムーチョさんが追い打ちをかける。
「どうしますか? 公都が滅びるのをこの場所から一緒に見ますか?」
ひ、ひどい! そんなこと言われたら絶対に断れないじゃないか!
まあ、ムーチョさんの駆け引きだと思うけど、相手が可哀そうになる。
「殿下!」
宰相さんが催促するようにレイモンドに声を掛けた。
「……受け入れよう。だが頼む、その地の者に酷いことはしないでくれ!」
「もちろんです。これからその地の者は我々の仲間になるのです」
「わかった……」
ムーチョさんの返事を聞いて、レイモンドは諦めたように納得した。
「ああ、それと明日の昼に、我々の力の一端をお見せしましょう。それを見れば愚かなことをしようとは思わなくなるでしょう。それと今後の我々との窓口はレイモンド殿にして頂きます。同行者を変えても良いですが、必ずレイモンド殿は一緒に来てくださいね」
最後のムーチョさんの提案は、俺にも意味は分からなかった。それでも2人は納得したような表情で公都に戻っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます