第28話 交渉の始まり

宰相と第1公子のレイモンドが馬車に乗ると、宰相はすぐにレイモンドに尋ねた。


「公都のいるすべての人が今回の交渉を聞いているのです。これ以上醜態を晒すわけにはいきません。殿下は恐ろしくありませんか?」


「私も先程のやり取りは聞いていた。相手は冷静で失礼なことを言わなければ、恐れるような相手ではないと感じた。だからそれほど怯えてはいないと自分では思っている」


宰相は返事を聞き、改めてレイモンドが優秀だと感じていた。


「基本的に交渉は私がするようにします。殿下はどっしりと構えているだけで構いません」


「わかった」


宰相はレイモンドが何を考えているのか疑問に感じていた。きちんと受け答えはしてくれるのが、馬車に乗ってからはずっと外を眺めているのだ。


それでも怯えている様子は無いので、ゴダールよりはましだと思うことにした。



   ◇   ◇   ◇   ◇



俺はD研に入って休憩していた。マッスル衣装や仮面を外して、いつもの室内着でジジに膝枕してもらっていた。


ふぅ~、気持ちが安らぐぅ~!


仮面を着けていると、油断すると別人格が出そうで気が休まらない。休憩でジジの膝枕をしてもらうのは必要な事だと自分に言い聞かせる。


「ひ、久しぶりのプリンだぁーーー!」


目の前ではリディアがプリンの前で叫んでいた。


「はふぅ~、今回はドラ美ちゃんに頑張ってもらっているからご褒美だよぉ~」


俺はジジに膝枕してもらいながら頭を撫でられ、変な声を出しながらリディアに答えた。


「ご主人様、なんでも俺に言ってくれ! プリンの為なら何でもやる!」


「はへぇ~、よろしく~!」


軽く手を上げて答える。今は至福の時間を堪能させて欲しい。


リディアの横で、エアルが口の周りにキャラメルソースを付けてプリンを食べている。スプーンを握りこんで食べる姿は、どう見ても幼児である。


あれで本当に幼児なら可愛くて妹に欲しいところである。


『マッスル様、ホレック公国の代表がこちらに向かって来ています。そろそろコチラにお戻りください』


ちくしょぉー、膝枕は終了だぁ~。


「エアル、ホレック公国の代表が来るよぉ」


エアルに声を掛けると、エアルは一瞬だけ俺を見たが、すぐに残りのプリンを一所懸命に食べ始める。最後にはプリンの入った容器を持って舐め回して食べ終わると、顔中にキャラメルソースを付けて満面の笑みを俺に向けた。


うん、可愛いのだが……、ただの幼女にしか見えない。


「おい、もったいないぞ!」


リディアがエアルの顔を見てそう言うと、エアルの顔を舐め始める。


「ド、ドラ美様、止めて欲しいのじゃ! あっれぇ~!」


え~と、誰得の絵面!?


リディアがエアルの顔を舐め回す姿を見て溜息が出る。


俺は2人に近づいてクリアの魔法で綺麗にする。


「あ~、もったいない!」


リディアの叫びを聞いてまた溜息が出る。


「エアル、行こうか?」


俺はそう言って右手を差し出す。


「う、うむ」


エアルはまた耳まで真っ赤にしているが気にしない。年の離れた妹か、姪の手を引くつもりで歩きだす。


間違いなく他人からもそんな風に見えていると思う。


今度幼稚園の制服でも作って着せるかなぁ~。



   ◇   ◇   ◇   ◇



テラスに出るとムーチョさんはテラスの端で公都の方を眺めていた。


「到着した?」


ムーチョさんに声を掛けると、返事をしようと振り返ったムーチョさんは、困った顔をして言った。


「すぐにも到着します。それよりも衣装と仮面を忘れていますよ?」


言われて思い出す。マッスル衣装に着替えるのを忘れていたのだ。


「トラジション!」


慌てて唱えるとマッスル仮面に変身する。


「その姿もいいのじゃぁ~」


エアルはちょっと下品な表情でそう話した。


幼児がそんな顔で言わないで欲しい……。


「挨拶は後で構いません。上がってきてください!」


ホレック公国の代表が来たようだ。


テラスに上がってきたのは先程の宰相と、嫌味のない笑顔を見せる青年だった。青年は先程のゴダールの面影がある気がする。しかし、これほど雰囲気が違うとなると、遠い親戚かな?


「先程は失礼した。こちらは第1公子のレイモンド様だ」


「レイモンドです。先程は弟のゴダールが失礼をしたようで申し訳ない」


おおっ、ゴダールのお兄ちゃん!


ちょっと予想外だったが、王族なら母親が違うのかもしれない。


「ふむ、今度はまともそうな人物のようじゃな」


エアルもレイモンドの雰囲気に安心したように呟いた。


ムーチョさんが席に座るように案内する。


席に座ると目をキラキラさせながらレイモンドがムーチョさんに尋ねる。


「ドラ美様の姿が消えたようですが、勇者物語にあるように人の姿になったのですか?」


「殿下、今はそのようことを聞く場ではありません!」


「でも、公爵も英雄エクス様の事を聞いていたではないですか?」


「そ、それは……、確認のために尋ねただけです」


「だから私も確認のために聞いたのです!」


まあ、気になるのは分かる。コイツ……もしかして、ただの勇者オタク?


「ドラ美様は奥で食事しておるのじゃ」


エアルは普通に答える。勇者物語にある人化けを隠すつもりはない。


「あ、会わせてもらえませんか!?」


うん、確定!


あのキラキラと光る目は、間違いなく勇者オタクの目だ。


「それはできなせんなぁ。ドラ美様の人化けした姿をさらせば、今後の活動に支障が出ますから」


ムーチョさんの返答を聞いて、レイモンドは露骨にがっかりしている。


それを見て宰相がレイモンドを嗜める。


「殿下、交渉を始めさせてください!」


「ああ、すまない……。改めて、ホレック公国が黒耳長族にしたことを謝罪させて欲しい」


レイモンドは宰相に謝ると、立ち上がって丁寧な謝罪をしてきた。これには俺達も少し驚いたが、宰相が一番驚いた表情をしている。


レイモンドは話を続ける。


「まずは公都を滅ぼさない条件をお聞かせください」


「ほほう、それではホレック公国としての非を認め、こちらの条件を全て受け入れるのですな?」


ムーチョさんが目を細めて探るように尋ねた。


「ホレック公国に非があったことは認めよう。しかし、どんな条件でも飲むということではない。ほんの少し相手を傷つけたとして、非があるからと命を要求するのは罪と罰の差が大きすぎる。私はそんなことは受け入れられないと思うし、あなた達でもそうではないのか?」


おおっ、ただの勇者オタクじゃない!


非を認めながらも、こちらが過剰な要求をしないように牽制している。どこまで計算しているのか分からないが、これを聞いている公都の住民にも、わかりやすい説明にもなっている。


「確かにそのような場合は、私も受け入れられないでしょう。ですが、一族を皆殺しにしようとしたホレック公国は、国の人々を皆殺しにされても仕方ないのではありませんか?」


ムーチョさんの考えにも一理ある。


「それは違うと思う。国や民族同士の争いは、それぞれの立場での正義や理由がある。全く事情も知らない国民まで被害を及ぼすべきではない。たぶんエアル様も同じ考えだから、条件を出して公都を滅ぼさないように提案したのではないのか?」


やはりこの勇者オタク侮れないなぁ。


「ふむ、確かにその通りですなぁ。だが、私達はそちらが戦いを始めたら公都を殲滅すると伝えていました。中途半端な妥協をすれば、またホレック公国が同じようなことするか、もっと陰湿な手段に出るとも考えられます。だからこそ条件を簡単に変えるつもりも、引き下がる気もありませんなぁ」


うん、交渉はムーチョさんに任せよう。エアルはすでにつまらなそうな顔をしている。


「まずは条件をお聞かせください!」


レイモンドは真剣な表情でムーチョさん目を、……サングラスと認識阻害で見えないけど、顔を見て話した。


宰相さん、アンタが一番驚いていて大丈夫なの?

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