第27話 ゴダール終わり

公都に戻る馬車の中で公子のゴダールは着替えをしながら文句を言っていた。


「あいつは何なんだ、この私を脅してきて絶対に許さないぞ!」


宰相のフォースタス侯爵はそれを軽く聞き流しながら、今後の事を考えていた。

ドラゴンの事も問題だが、ムーチョという男は得体の知れない雰囲気があり、非常に頭の切れる印象だ。そしてマッスルという男は、よく分からないが、明らかに強者の雰囲気を纏っていた。エアルといった子供のような女性も、見た目ほど幼くないと感じていた。


「おい、聞いているのか! そ、それと、先程の事は絶対に戻っても話すなよ!」


ゴダールは偉そうに話しているが、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。


「その事を話すつもりはありません。ですが、碌に彼らと話ができておらず、代わりの者を寄こせと言われた理由を、どう話すつもりですか?」


宰相としても困っていた。

公の場でゴダールが漏らしたから碌に話ができなかったと言うわけにはいかない。そんなことを言ってしまえばゴダールに恨みを買う恐れがある。だからといって嘘を言っても、相手に次のホレック側の代表に理由を言われてしまえば同じことである。


「陛下が悪いのだ! 陛下が逃げ出したから私がこんな目に……。そ、そうだ、陛下が逃げたことを相手が追及してきたと言えばよい! おお、そうだ、それがよい!」


ゴダールは1人で納得しているようだが、外の兵士達にも聞こえていたはずだ。


代々宰相を務めてきたフォースタス公爵家は、ホレック公国を建国したホレック大公の参謀役として、建国に協力してきた家柄である。建国してからはカリスマ性と武力をホレック大公家が担い、内政や外交はフォースタス公爵家が担ってきた。


しかし、長い年月の間に塩外交が上手くいき、財政的に裕福になると内政は問題なくなり、戦争をする必要もない状況になった。結果的にホレック大公家の武力は必要なくなり、形だけの王家になっていた。そして実質的に国を動かしてきたのはフォースタス公爵家だったのである。


今回のことも相手の出方を見ようと、宰相はわざといい加減な謝罪をしてみたのである。相手がそれほど気にしなければ強気に出れば良い。もし相手が怒るようであれば丁寧に謝罪して、相手の要求を受け入れれば良いと考えていたのだ。


ゴダールがお飾りで黙っていてくれたら良かったのに、口を出したことで、複雑な状況になってしまったのである。


(馬鹿なら馬鹿なりで、余計なことをするんじゃない!)


宰相は頭の中でそう叫んでいた。


公都の門まで到着すると、異様な雰囲気だと気が付く。住民が門の周辺に集まり、睨むように馬車を見ている。更に近づくと口々に怒鳴っているのが聞こえてきた。


「英雄の一族になんてことをしてくれたんだ!」

「ドラ美様に勝てるはずないだろ!」

「死ぬなら自分達だけにしろ!」

「漏らしてんじゃねぇ!」


その人々の声を聞いてゴダールは真っ青になっていた。


宰相はその声を聞いて、すぐに最初の警告の声を思い出す。どこからともなく聞こえてきたあの声は公都中に伝わっていたようだ。何かしらの魔法だと考えていた。

そして、先程の会話も同じように公都中で聞こえていたのだと気が付いた。


宰相は結果的には良かったと考える。ゴダールの失態はいつか漏れるだろうとも考えていた。そして、公都中に広まっているなら、彼の失態として排除しれば良いのだ。


王家としての権威は失墜するが、国の実権はフォースタス公爵家が完全に握ることになる。武力もカリスマ性も無くなった王家の方が、フォースタス公爵家としては都合が良い。


兵士が住民を押しのけて、馬車は城に向かっていくのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



宰相は城に到着すると、サロン会議室に向かう。


ゴダールはエアル達とのやり取りを、城の連中に聞かれていたと気付いていた。だから城についても公王や重臣に会うのを嫌がっていた。結局、宰相が兵士に命じて引きずられて会議室に向かうことになった。


会議室に入ると、公王の怒りの表情と重臣の冷たい視線に、ゴダールは青い顔でガタガタ震えているだけだった。


宰相は公王に話しかける。


「彼らとの話は全て聞こえていたのでしょうか?」


「ああ、その馬鹿が醜態を晒したのも全て聞こえていた!」


公王はゴダールを睨みつけながら答えた。


「彼らは普通ではありません。ドラゴンの存在だけでなく、一瞬であの場所に建物を建て、声を公都中に伝えるような魔法を使い、話し声には威圧が込められていました。下手に敵対しないほうがよろしいと思います。向こうの要求をせめて聞ければ良かったのですが……」


宰相は話の最後はゴダールを見ながら話した。その視線に合わせるように公王や重臣たちもゴダールを見た。


「しかし、失礼なことを言わなければ、普通に話ができる相手だと思いました。交渉は私に任せていただいて構いません。公国の代表となれる人物で、冷静に対処できる人物はいるでしょうか?」


後は公王ぐらいしかいないと宰相は思っていた。だから公王に忠告する意味を含めて話していた。


「第1公子のレイモンドを呼んだ。第3公子が失敗して、第2公子が恥を晒したんじゃ、第1公子なら適任だろう」


宰相はそれを聞いてほんの少し複雑な表情をした。公王は珍しくその事に気付いて宰相に尋ねた。


「なんじゃ、何か問題があるのか? 私は残念ながら無理だ。病気だと相手に話したのは宰相ではないか」


「いえ、……確かに適任だと思います」


第1王子は母親の身分が低いために、長男でありながら後継者のなれないと幼い頃から、母親や側近たちに言われて育ってきていた。だからこそ努力して剣術や勉学に励み、一番優秀であった。重臣たちもそれを知っていたが、国王の後継者にはなれないと思い第1公子を軽く見ていた。


宰相としては優秀な第1公子に後継者になって欲しくなかった。第3公子と第2公子が続けざまに失態をおかした状況で、大きな手柄を立てれば、第1公子が後継者の最右翼に躍り出ることになる。


宰相は優秀な後継者はいらないと思っていた。だから複雑な表情を見せてしまったのだ。

しかし、今は国や自分の運命を左右する状況である。そんなことを考えている時ではなかった。


「陛下、全権を第1公子に委任する文書と、第1公子が約束した内容に反対しないお約束をお願いします。もちろんできるだけ検討する時間をもらうように努力はします。しかし、少しでも彼らの機嫌を損ねないように、ある程度その場で約束をすることも考えられます。その場合の準備だけはしておきたいと思います」


本当にこれ以上彼らの機嫌を損ねるのは避けたかった。場合によっては本当にその場で約束をすることもあり得ると思ったのである。

そして向こうの出す条件は、決してホレック公国として嬉しい内容になることはあり得ない。それが予想より条件が良くても、難癖を付けてくる重臣がいる可能性もあるのだ。


「まさか、私を突き出すようなことをしないだろうな?」


「もちろんでございます。ですが、彼らはペニーワース殿下の首を要求してくるかもしれません。後になってそれはダメだと言われて責任を取らされても困ります。陛下の事や公都に被害が及ばないようにするつもりですが、それ以外もどんな難題を突き付けてくるか分かりません」


「わかった。それなら問題無いだろう」


宰相の説明を聞くと、公王は簡単に納得した。公王にとって自分の立場を守れたら良かったのである。


それから全権委任の書類を用意している間に、第1公子のレイモンドも駆けつけてきた。あまり待たせると交渉に支障が出ると困る。書類ができるとすぐにレイモンドと宰相は交渉に向かうのであった。


2人が去った会議室では、公王がゴダールに苛立った気持ちをぶつけていた。そしてゴダールは、長期の幽閉と後継者候補から外されたのである。

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