第26話 全く進んでいないじゃん!
公都の近くの草原にドラ美ちゃんが舞い降りる。長期戦になることも考えてアイテムボックスから建物を出して設置する。
建物はD研に入るとすぐにある、現在は訓練の休憩所となる建物を真似て造ったものだ。2階にテラス席があり外階段で上がってこられるようになっている。室内の休憩所やトイレ、そしてD研の入口を設置する部屋が用意されている。
ドラ美ちゃんには、今しばらくそのままの姿でいてもらう。交渉を有利に進めるために念話で頼む。我々はテラスでホレック公国の代表を待つことにした。
「おや、予想より早く、ホレック公国側が来たようですね」
すぐに公都から馬車とそれを守るように騎馬が30騎ほど、こちらに向かってくるのをムーチョさんが気付いて話した。
建物の近くに馬車が止まると、中から老齢の目つきの鋭い男と、怯えた表情をした小太りの男が出てきた。そして目つきの鋭い男が声を掛けてくる。
「私は宰相を務めるフォースタス公爵だ。こちらは公王陛下から全権を委任された公子のゴダール殿下である」
小太りの男がどうやら公国の代表になるみたいだ。あんなに怯えて話などできるのか不安だ。しかし、予想よりも早く、それなりの身分の者が来たようだ。
「このような状況でも公王はこの場には来られないのですなぁ」
ムーチョさんがわざと嫌味を言っているのだろう。実はこの場の会話は全て俺の魔法で公都でも聞こえるようにしてあるのだ。
「陛下は体調が良くないので、王族でもある公子のゴダール殿下が代理で来たのだ」
宰相は近くにいるドラ美ちゃんに怯えた表情を見せずに話していた。恐れていてもこの場で表情に出さないとしたら、手強そうな相手だと思う。
実質的な交渉相手は宰相で、公子はお飾りだなのだろう。
「良いでしょう。横の階段からこちらに上がってきてください。武器を持った兵士は上がってこないように」
別にあの程度の兵士など危険とは思わないが、念のためムーチョさんが判断したのだろう。
「そ、それでは誰が私を守るのだ!」
ゴダールが焦ったように声を上げる。
俺は全く気付いていなかったが、彼は認識阻害の仮面で顔が判別できない俺とムーチョさんを警戒して恐れていたのだ。
「なぜ平和的な話し合いに武器を持った兵士が必要なんですかな? そもそも我々がその気になれば簡単に公都を消滅させることができるのですよ」
ムーチョさんが微笑みながらそう話す。
脅すようなことを笑顔で上手く話すなぁ。
実際に脅しは成功したのか、ゴダールが怯えて騒ぎ始めた。死にたくないとか、自分は城に戻るとか言い始め、宰相が何度も諌めている。
いつまでも騒ぐゴダールにムーチョさんが追い打ちをかける。
「我々の条件を聞く気が無いということですな。それなら公都に戻って住民と共に消滅しても構いませんよ?」
ムーチョさんの発言に、兵士たちも焦りの表情を浮かべる。彼らは気付いていないが、ゴダールの怯えた声が公都に届いて、それを聞いた公王は半狂乱になって騒いでいた。
「いい加減にしてください! 殿下のせいで国が亡びることになるのですよ。彼らは平和的な話し合いと言っているのです。覚悟を決めてください!」
宰相に叱られて、ゴダールはまだブツブツと何か言っているようだ。
宰相は無理やりゴダールの首根っこを掴むと手で兵士にその場に残るように指示して、階段を上り始めた。宰相とゴダールは引きずられるようにテラスまで上がってきた。
ゴダールはテラスに居たエアルの姿を見て驚きの声を上げる。
「こ、子供ではないか!?」
「誰が子供なのじゃ。私が英雄エクスの娘のエアルじゃ!」
エアルがそう話すと、宰相もゴダールもペニーワースの報告を思い出していた。村にいた亜人の女は全て子供のような容姿だったと。それを読んだ誰もがペニーワースがその亜人に執着している理由を理解したのである。
ゴダールも女好きだが、ペニーワースのような趣味は持っていなかった。だが、見た目が子供に見える女性がいたので落ち着いたようだ。
「どうぞお座りください」
ムーチョさんは彼らに座るように勧める。
ゴダールはムーチョさんの全身の姿を見て、カッコいいと思っていた。この世界ではバッチコーイの衣装は斬新で洗練されていると思われるようだ。
ようやく話し合いができる状態になり、ムーチョさんが収納からお茶とお菓子を出す。ゴダールはすぐにお茶とお菓子に手を付けると、その美味しさに感動している。
いやいや、なんで警戒していた相手が出したものを平気で食べるかなぁ。
俺はゴダールを馬鹿じゃないかと呆れて見ていた。同じように宰相も呆れたようにゴダールを睨んでいる。
ムーチョさんも呆れていたが、話をする前に我々の紹介をする。
「こちらは黒耳長族の代表で、英雄エクス様の娘であるエアル様です。そしてこちらはマッスル様、私はムーチョです」
俺は黙って頷くだけにした。
宰相は俺の事を警戒したように見つめていたが、すぐに尋ねてきた。
「英雄エクス殿の話は聞いたことがある。しかし、それは随分昔の話で、子孫というなら分かるが、娘と言われても信じられないとしか言いようがないですな」
「黒耳長族は元々長命で魔力量が多い者は更に長命になるのです。英雄エクス様も娘であるエアル様も長命なのです。まあ、あなた達が信じようが信じまいが、それは自由です」
ムーチョさんはどうでも良いという感じで説明した。
「今回はそんなことは関係無いでしょう? つい最近まで島の事も黒耳長族の事も知らなかったホレック公国が、なぜ自分達の領土だといって戦争を仕掛けてきたのでしょうか?」
「それは手違いがあったようです。今回の件を謝罪しましょう」
ムーチョさんの質問に宰相が答えた。
おいおい、全然謝罪している感じがしないぞ!
(ああん、手違いで戦争して謝罪しましょうだとぉ!)
宰相の答えを聞いて、また別人格の声が聞こえる。
膝枕、モフモフ、膝枕、モフモフ……。
ふぅ~、何とか落ち着いたようだ。
しかし、エアルが不機嫌そうに尋ねる
「手違いで何度も女を攫いにきたのか? 手違いで何千人も兵士を送り込んできたのか?それがホレック公国の答えで良いのじゃな?」
これには宰相も困った顔をしていた。
「それはペニーワースが勝手にしたことだ。国とは関係ない!」
かわりにゴダールが吐き捨てるように言った。
関係ないだとぉ!
「関係ないとはどういうことじゃ! 公王がダガードに命じたことは聞いておるのじゃぞ!」
エアルは椅子の上に立ち上がり、ゴダールに文句を言った。
だが、それが逆に迫力が無さすぎて、吹き出しそうになる。結果的に暴走がしそうになった気持ちが落ち着く。
「わ、悪いのはペニーワースだ!」
まるで他人事のように責任を押し付けようとするゴダールに、一瞬で暴走する人格が表に出てきた。
「黙れ!」
「ひぃ!」
ゴダールは威圧の影響なのか、怯えて椅子から滑り落ちている。
「その声は、痺れるのじゃ~!」
エアルは威圧の籠った声が気に入ったのか、顔を赤くして変な事を言い出す。
くっ、気が抜ける。
「あっ、こやつ漏らしているのじゃ!」
宰相は威圧の影響をそれほど受けていないのに、ゴダールは漏らしてしまったのかズボンにシミができ、お尻の周辺に水たまりが広がっていた。
一瞬で暴走する人格が消え失せた。
「ほほう、ホレック公国の代表であるゴダール殿は、あの程度のことで漏らしてしまうのですなぁ。これでは話になりません。まともに話をできる人物に変えてください。クククッ、そうですねぇ、あなた達が怯えないように、ドラ美様には一時的に姿を消しもらいましょう。また、漏らされてはたまりませんからなぁ。」
それから、日没までに出直してくるように話すと、泣き出したゴダールを連れて彼らは公都に戻っていった。
おいおい、全く話が進んでいないじゃん!
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