第11話 ホレック公国の方針

船団に戻った司令官のダガード子爵と参謀のジカチカ子爵は、お飾りだが総司令官として同行していた第3公子のペニーワースに報告に向かった。


「どうだ、奴らは降伏したか?」


2人が部屋に入るとペニーワースは焦るように尋ねた。


「いえ、相手は戦う気のようです……」


ダガード子爵は悔しそうに話す。

彼は最初から負ける気などなかった。事前に聞いた相手の戦力を考えると、被害がそれなりに出ることは分かっていた。だから司令官としてできれば戦闘を避けたかった気持ちが強かったのだ。


ダガード子爵家はホレック公国に第二の港町を代々治める家柄だ。そして海賊や海の魔物から守る必要から海軍を抱えている。今回の遠征は公王からの要請で比較的距離の近いダガード子爵家が任務を引き受けてきたのだ。


「そうか、残念だが仕方ない。愚かな一族にホレック公国の実力を見せるしかないだろう。しかし、早めに降伏させて相手の被害を少なくしてやるのも情けだろう。特に女子供の被害は最小限にしてやれ」


ペニーワースは情け深いことを言っているが、2人は彼の趣味嗜好を知っていた。だからこそ腹が立つのだ。


「そのような余裕など微塵もありません。事前に聞いていた話より相手の戦力は明らかに上です。油断すればやられるのは我々です!」


ダガード子爵は今回の任務を引き受けたことを、少し後悔していた。彼は生粋の海の男で兄が海賊に殺されたことで急遽当主になったのは3年前だった。それまでは海軍の船を1隻預かるだけの、気性の荒い船長でしかなかった。


当主になってからも港町は栄えているので、特に何もしなくても代々の役人が町を取り仕切ってくれた。だから彼は海賊討伐に精を出し、結果的に治安の良い港町として有名になったのである。


しかし、最近になりヴィンチザード王国へ塩が売れなくなると状況は一変した。領内の塩は作っても売れなくなり、商人の出入りが激減したのである。商人は金回りが悪くなり、他国からの人や商品も減ってきた。今後の先行きが不安に思っていたところで今回の話であった。


上手くすればダンジョンはダガード子爵の管理下になる。そうでなくてもダンジョンの素材はダガードの港町を利用することになる。それは塩での利益の代わりになるものであった。


「そうか、やはり公国の海軍よりダガードの海軍ではずいぶんと質が落ちるということか……」


ペニーワースは深く考えて言ったわけではないが、ダガード子爵の顔には露骨に怒りが顔に出ていた。しかし、ペニーワースははそれも気付いていなかった。


それに気付いた参謀のジカチカ子爵が慌てて会話に入った。


「海軍の能力云々の話ではありません。相手の戦力が分からない状況で戦闘をすれば危険だと司令官は言っているのです!」


「たかが数百の亜人の一族を2千の兵士で勝てないのだろう? 実質的な相手の兵力は百名もいない。それに勝てないとなるとなぁ」


「勝てないとは言っていない!」


煽られてダガード子爵はそう答える。


「では、早急に戦闘の準備をすれば良いではないか?」


ペニーワースが当然のように戦闘を選択したが、ジカチカ子爵は状況を碌に確認しないことに苛立っていた。


「私は戦闘をするのは反対です。殿下は相手が何者か知っているのですか?」


「知らん! 私が亜人の事など知るわけが無かろう!」


2人は内心であきれるばかりである。仕方ないのでジカチカ子爵が交渉した内容を話した。


「なんだ、そのような戯言を信じたのか? 明らかに戦闘を避けるための脅しではないか!?」


2人だけでなく、同席していた船長も驚きの表情を見せる。たしかに虚の可能性はある。しかし、普通に話を聞いていれば、明らかに相手方に余裕があるのがわかるのだ。


「その可能性はあります。しかし、相手の戦力は間違いなく想定より強力なことは間違いありません。無理に戦闘すればこちらの被害も大きくなります。もしも彼らの話が真実なら、公国に多大な被害が出るのです。

私はもう一つの融和策に移行することをお勧めします!」


今回の作戦は最初から2つの方針で進められてきた。ひとつは相手が脅しで屈服するか、相手の戦力を見て勝てるなら武力で制圧する強行策。もうひとつは予想以上に被害が出そうなら、無理に戦闘はせずに、彼らにはホレック公国の民として迎え、ダンジョンを手に入れる融和策である。


「それではホレック公国を軽くみられてしまうではないか!」


ペニーワースはそう叫んだが、内心ではそれでは時間が掛かり過ぎると思っていた。早く亜人の女を手に入れたいと考えていたのである。


「もし相手が本当に勇者物語に出てくるエクスの一族となると、我々が殲滅される危険もあります。それに伝説のドラ美が本当に知り合いなら、公国は本当に滅亡してしまいます!」


ジカチカ子爵はそれほどすべてを信じている訳ではない。それでも彼ら一族は油断できない相手だと感じていた。


そして、あそこにいた人族の事が気になっていた。あれほど事情を詳しく知っているとなると、他国の回し者の可能性がある。確かに群島はホレック公国が一番近い。しかし、それは地理的なことで、実際にホレック公国の領地だと言い張っても、他国が入り込んでいれば話は複雑になる。


「くだらない虚言は無視するのだ。今回の為に船は帝国の技術で強化したではないか。高い費用をダガード子爵家が負担してくれるのか?」


今回の作戦のために、ダガード海軍の船の10隻に魔法耐性の付与を施したのである。

ペニーワースは黒耳長族が魔術に長けてると知って、すぐに帝国の技術者を高い金を払って呼び寄せていた。本来は公国の海軍を強化して、今回の作戦に参加させるつもりだったが、兄の第2公子が反対して、公国の海軍を使えなかったのである。


それでも隣国のヴィンチザード王国の情勢が後押しになり、今回の作戦が決行されたのである。


「そ、それは……」


ダガード子爵は言葉に詰まる。


「それは融和策が上手くいけば問題ないのではありませんか!?」


ジカチカ子爵は強硬策の方が利益は大きくなるが、ここで危険を冒すより、融和策で確実に利益が出るようにした方が良いと考えていた。


「それも確実ではなかろう? 相手がこちらの提案を拒絶したらどうする」


「それなら、強硬策しかなくなりましょう。しかし、現状で強硬策にでる理由はありません!」


ペニーワースはジカチカ子爵の提案を聞いて少し考える。

どう考えても相手の脅しに屈したとしか思えなかった。相手の虚言に騙されて妥協したとなると、自分の立場は悪くなるだけである。

最上の結果を残せなければ、益々兄達に馬鹿にされる。趣味嗜好ももちろん重要だが、結果を残さなければ、今後はもっと肩身が狭くなるのだ。


「意見は聞いたが、やはりホレック公国の力を見せつける必要がある! 総司令官として武力による占領を選択する。すぐに作戦と準備にかかれ!」


ペニーワースの宣言に、ダガード子爵とジカチカ子爵は従うしかなかった。意見を述べることはできるが、最終決定権は総司令官が持っているからである。


2人はすぐに意識を切り替える。いくら不満を持とうとも、決定には逆らえない。それなら、少しでも被害が少なくなるように作戦を考えるしかない。


ダガード子爵は黒耳長族の脅しはともかく、魔法耐性のある船なら、見てきた相手の手の内はある程度塞げるはずである。


島に上陸してしまえば数で押し切れると思っていた。今回の兵士はダガード子爵の兵士だけではない。塩の販売が滞って追い詰められた貴族から精鋭を借りてきているのだ。


2人は船長や主だった者が待機している部屋に移動すると、すぐに作戦を練り始めるのであった。

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