第12話 ホレック公国との戦い

真っ暗な闇夜の海を静かに小舟が進んでいく。小舟には10人ほどのホレックの兵士が乗り、息を殺している。


ダガード子爵は闇夜に紛れて、船団が入り込むルートを確保する作戦を実行したのだ。群島には岩礁を避けて通れるルートはひとつしかない。そこで攻撃されないように幾つかの島を先に確保することにしたのだ。


船団の船の半分は魔法耐性を施してある。しかし、初級魔法は大丈夫だが中級魔法ではそれほど持たない。相手に見せられたマッスル弾は、初めて見る技であり、威力は初級魔法よりあると感じたのである。


それに相手がどの程度の魔術を使えるのか詳細が分からない以上、危険はできるだけ避ける作戦である。


ダガード子爵はこの作戦に自信を持っていた。

これまでも海賊の根城を襲撃するときに何度も経験した作戦である。闇夜の行動が得意な自分の部下たちが先導していく。そして半分の兵士は近隣の貴族から借りた精鋭の兵士である。海上戦は得意ではないが、地に足がついていればB級冒険者程の実力者ばかりであった。


ダガード子爵は闇夜に消えていく仲間を見送りながら、自分達の欲望のために罪のない彼らを攻めることに苦い気持ちを味わっていた。


これまで戦った相手は残虐な行為をする海賊で、殺しても当然の連中であった。しかし、使者として会った彼らは、相手の戦力も見極められないような田舎者であった。


頭の中には交渉の席に着いた幼い姿の女たちが浮かんでいた。


彼はあのペニーワースの生贄にされるぐらいなら殺された方が、彼女たちは幸せだと自分に言い聞かせる。そして、罪を一生背負って生きて行こうと決意するのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ホレック公国の兵士が経路上の島のひとつに上陸した。


しかし、彼らは全く気付いていないが5人のマッチョーズに囲まれていた。マッチョーズの肌黒い姿は闇夜に紛れ、夜目や聞き耳スキルで敵の兵士を完全に捕捉していた。


『ムーチョ殿の予想通り、闇夜に紛れてC-1ポイントに敵兵12人が侵入!』


マッチョーズには今回の戦闘のために、念話も使えるように魔道具をバージョンアップしていた。


『できるだけ音を立てずに彼らを捕縛できますか?』


いつの間にか司令官に就任したバルドーさんが念話で答える。


『大丈夫です。ピピ殿から教えていただいた新技があります!』


マッチョーズのリーダーは嬉しそうに答える。


訓練でピピと対戦したマッチョーズは、ピピの技に次々と気絶させられていた。ピピは手に魔力を集めて、相手を殴る時にその魔力を相手の体に畳み込むのだ。そうすると相手は急激な魔力量の増加により意識を失うのだ。


マッチョーズ達は実戦でその新技を使えることを楽しみにしていたのだ。


『それでは、捕縛してください。のちほどマッスル様が捕虜を引き取りに行きます』


俺はあれから捕虜収容所を作るように、バルドーさんから依頼と言う名の命令を受けて、雑用任務も任されていた。


マッスル呼びには反対したのだが、テンマやテックスとして名乗るのは今後の事を考えるとまずいと言われ、渋々作戦用のコード名として受け入れたのだ。


マッチョーズのリーダーが念話で仲間に連絡すると、身体強化とピピの新技を使って、一瞬で12人を気絶させた。兵士が倒れる音は波の音で消されていた。


それは同じように経路上の島々で次々と起きるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



「ムーチョさん、取り敢えずこれで捕まえた捕虜は全部のはずです。予定外の場所にいた連中は俺が気絶させて捕縛しました」


捕虜収容所の作戦指令室に入るとバルドーさんではなくコード名ムーチョさんに報告する。


「ふむ、相手も馬鹿ではなかったようですね。予想以上に広範囲に兵を潜ませて、少人数の我々を対処できないように攻めてくる作戦だったのでしょう。多数で少数を攻める良い作戦です。これなら本体と思われる船が万一やられても、その間に我々の本陣を叩けば、勝てる作戦ですからねぇ」


相手を褒めながらも、相手の作戦はすでに破綻しているので余裕がある。


「念のため、俺は周辺をもう一度確認してきます」


「そうですね。マッスル様、お手数ですがよろしくお願いします。私は捕虜を尋問して、本体との合図とかあるはずですから、口を割らせておきます」


おうふ、その笑みは止めてください!


尋問はどのようにするのか興味が湧いたが、ムーチョさんの悪魔の笑顔を見て、聞いてはいけないと頭の中で警報が鳴っている。


りょ、両刀とは攻めと受けのことかな!


最初は男女の事かと思っていたが、明らかに偏りがあるし、サドマゾ……ゲフン、ま、まあ両刀にも色々あるということで、深く考えるのはやめよう!


隠密スキルを使い、フライで群島の島々を見て回る。さらに敵兵を見つけ、捕虜はすでに5百人近くになった。


指令室に戻ってくると、何故かスッキリした表情のバルドーさんが待っていた。


「捕虜の皆さんは協力的で、素直になんでも話してくれました。マッスル様には少し休んでいただいてから、明け方前に敵の進行ルートにマッスル隊の配置をお願いします」


くっ、マッチョーズと俺は呼んでいたのだが……。


ムーチョさんもマッチョーズもマッスル隊を気に入ってしまった。だからコード名はマッスル隊になってしまったのだ。


よく見るとすでに少し明るくなり始めていた。


え~と、もう明け方前だと思うんですけど……?


ジジが朝食を用意している間に、ムーチョさんは次々と集まってくるマッスル隊に指示を出している。


朝食を食べ終わると休憩は終わりだ。D研に兵士を移動させて、ムーチョさんの指示でマッスル隊を運んでいくのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



参謀のジカチカ子爵はイライラとしていた。明け方に戦闘を開始する予定だったが、完全に日が昇っても総司令官のペニーワースが出てこないのだ。


何度も司令官のダガード子爵の船が確認に近づいてきて、その度に待つように合図を送るだけであった。


「なんだ、もう戦闘は終わったのか? ゲップ!」


ペニーワースが朝からしっかりと朝食を食べていたのか、ゲップをしながら船上に姿を見せた。


「総司令官が戦闘開始の合図をせねば始められません!」


ジカチカ子爵は興奮して強めにそう話した。


「そうだったな。そう目くじらを立てるな。作戦を聞いて余裕で勝てそうだと思ったのだ。今さらそんな慣習は無視して戦闘を始めても構わないのに……」


これには船上にいた船長や兵士たちも呆れる。せめて事前に任せると言ってくれれば、それも可能だが、そうでなければ勝手に戦闘を始めれば極刑になることもあるのだ。


「早く作戦を始めよ! ぐずぐずとするんじゃない!」


ジカチカ子爵は仕方ないと諦めて、戦闘開始の旗を揚げるように指示する。それを見てダガード子爵の船が勢いよく群島に入るルートに船団で向かい始める。


総司令官の乗る旗艦は、公国海軍の船で今回の船団で最大の大きさと防御力を誇る。2隻の公国海軍の船が護衛についている。それ以外にも15隻近い船が周辺にいる。それらの船は魔法耐性の処理をしておらず。船を動かす最低限の人数しか残っていなかった。


そしてダガード子爵の船団は15隻で岩礁を避けるルートに入っていく。


岩礁を避けて中に入ると左右に4隻ずつ進み、真ん中にダガード子爵の率いる船団7隻が進んでいく。


ダガード子爵は順調に3方向から目的の島に向かって進み始めた。すでに経路上の島から、こちら側に見える位置で布を振る兵士がいた。


しかし、これから島の間を抜けて進もうとした時に、聞きたくない声が聞こえてきた。


「「「マッスルゥーーーーーー!」」」


その幻聴のように響き渡る声を聞き、ダガード子爵は昨晩からの作戦が失敗したことを悟ったのであった。

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