第4話 ベルタ伯爵領の町

俺達はハル兵衛のダイエットの為に、遠回りをしながら旅を続けていた。


不思議なことに食事が貧相になり、少し体を動かしただけでハル兵衛は驚くほど痩せていた。ミニオークから、ミニオークの亜種かフェアリードラゴンの亜種か分からなくなるほどだ。


ハル兵衛の話でドラゴン種は基本的に面倒くさがりで、獲物を大量に食べると暫く寝て過ごすという。だから仕方ないとハル兵衛は主張した。そんな気もしなくもないが、ハル兵衛の話を鵜呑みにはできない。


それでもまだ動きは遅いが空を飛べるようになったし、姿も消せるようになったようだ。


「テンマ様、この辺はベルタ伯爵の領地になります。それも領都から離れた辺境に近い場所になります。この先の町の先を進んだ森に寄りたい場所があるのですが、本当によろしいのでしょうか?」


馬車の上からバルドーさんが尋ねてきた。


「え~と、その森にフリージアさんとの約束したことがあるんだよね?」


「はい、ですが魔物が多数生息する危険な森になります」


「う~ん、シルはもう少し魔物を討伐したいみたいだし、ハル兵衛のダイエットにもちょうど良いよね。危なかったらその時に考えれば良いよ」


今もシルとピピが驚くようなスピードで馬車の前を横切っていった。ピピは夜の勉強のストレスを昼間にシルとの追いかけっこで発散しているようだ。


しかし、ピピが驚くほど素早くなっている。なんでシルバーウルフのシルと張り合えるのか不思議で仕方ない。


「わかりました。次の町を出ると暫くは野宿になりますが、私達には問題ありませんね。それでも数日は町でゆっくりしてください」


うん、次の町でもバッチコーイの犠牲者が……。


町を一番楽しんでいるのはバルドーさんの気がするぅ。


「おにいちゃーーーん!」


横の林からピピが凄い速さで走りながら俺を呼んでいる。ピピはその勢いのまま御者をする俺に抱きついてきた。


「どうした?」


俺はしっかりとピピを抱き止めて尋ねた。


「ハル兵衛が大変なのぉ~」


全然大変そうには聞こえないが、何かあったのだろう。するとシルが血だらけのハル兵衛を咥えて林から出てきた。シルは重そうにしながらも走ってくる。俺はすぐに馬車を止めるとシルに近づいた。


『何よ! 自分で獲った獲物を食べてダメなの!』


ハル兵衛はシルに咥えられながらも、口の周りを血だらけにして話した。


何となく事情が分かった。

ハル兵衛は自分で倒した魔物をその場で食べていたのだろう。血だらけなのはその獲物の血だと思われる。明らかに口や顔が凄い事になっている。


何とか自分で獲物が捕獲できるようにまでなったようだ……。


ジジは驚きで固まっている。俺はそこまで追い詰められたハル兵衛が少し気の毒になる。いや、これが本来の姿なのかもしれない……。


「いや、それは構わないよ。でも……、獲物を渡してくれたらジジに料理してもらったのに……」


『そういうことは先に言ってよぉーーー!』


念話だから声のように周りには響かないのだが、何故か念話が響き渡ったような気がしたのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



目的の町に到着する。門番の兵士はジジとアンナを見て気の毒そうな表情をした。


どういうこと?


不思議に思ったが聞ける雰囲気ではなかったので、そのまま町の中に入ると宿に向かう。


辺境の割に綺麗な宿があった。宿は高級な食堂レストランを併設したような造りになっている。


なぜか宿の受付の人もジジとアンナを見て気の毒そうに見ていた。


気にしても仕方ないので一番良い部屋をお願いして部屋に向かう。


もちろんバルドーさんとは受付で分かれた。あの軽そうな足取りを見て、宿のバルドーさんの好みの従業員を見つけると、俺も気の毒そうにその従業員を見てしまうのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



部屋に入るとすぐに『どこでも自宅』に移動する。女性陣はいつも通り風呂に向かった。シルはピピとの追いかけっこで満足したのかリビングに一緒にいる。


シルモフ成分はそれほど減っていないので、軽めのシルモフをする。目の前にいるピョン吉が渋い顔をしているが、何故かホッとしているのを感じるのは気のせいだろうか?


暫くすると女性陣が正装に着替えて下りてくる。ジジとアンナは寄せ上げ系の衣装に身を包んでいる。アンナの影響でジジが少しずつ大胆になっているのが気掛かりだ。


ジジがハル兵衛に今晩の夕食を先に出していた。今晩はホーンラビットのオーブン焼きが付いている。あの後に3匹ほどホーンラビットを獲ってきたので、おかずが追加されたのだ。


ハル兵衛は涙を流しながら食べていたが、すぐに念話で叫んでいた。


『量が足りないのよぉ~!』


せっかく痩せてきたのに量はさすが出せない。


「部屋に誰か来るみたいだ。宿の部屋に移動するよ」


地図スキルで自分達のフロアに数名の上がってきたのが分かった。この階層に泊まる客が元々少ないのか、この階層に他の客は居ない。だから我々の部屋に来るのだろうと考えたのだ。


俺達は『どこでも自宅』から宿の部屋に移動する。


すぐにノックの音がしたのでアンナが出ようとしたが、アンナはメイド服ではないので、手で止めて俺がドアに向かうのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



私はベルタ伯爵の希望で、ご子息の次男キース様の専属執事になった。キース様は非常に優秀な人物で、成人して間もないが剣術も執務能力もそれなりに高い。


「アルフレッド、今から宿に向かうぞ!」


キース様は執事の私のことを名前で呼んでくれるのだ。


「キース様、宿に何か用事でも?」


「う、うむ、門番からメイドを連れた冒険者一行が到着したと報告があった。一番高級な宿の一番高い部屋に宿泊するらしい。それほどの宿に泊まるようなメイドを連れた冒険者なら、代官として繋がりを持った方が良いと思ってな……」


確かにキース様の言う通りで、最近は森から魔物が出てくることも多くなった。しかし、何故か不安を感じる。まるで悪いことでもしそうな顔をしているからだ。


(しかし、今の時点で止めても言うことを聞いてはくれまい……)


それに私がベルタ伯爵から監視役として来たことは、キース様も分かっているだろう。


「了解いたしました。では準備をいたします」


私が答えると、何故かキース様は焦ったように話した。


「な、なにもアルフレッドまで一緒に行かなくても……」


(これはやはり怪しいですね!)


キース様は優秀なだけではなく、住民のこともよく考える人物だ。ただ一つ問題を除けばという条件が付くのだが……。



   ◇   ◇   ◇   ◇



馬車を用意して、すぐにキース様と一緒に代官屋敷を出発する。それほど広い町ではないが、代官が普通に歩いては住民が緊張してしまう。


馬車の中ではキース様の挙動が怪しい。何故かニヤニヤと笑い、私が見ていることに気付くと焦ったように取り繕う。


私が執事として来てから日も浅いが、噂通り良からぬことを考えていそうだ。相手の冒険者が冷静な人であることを祈りながら移動する。


宿に到着するとキース様は、私に初めて見せる笑顔で宿に入っていく。


私が来てから、キース様は父の伯爵に報告されないように、我慢しているのは感じていた。しかし、後ろ暗いことなら我慢することも学んでほしいと思っていた。


(私が一緒に来ていることを理解してほしいですね)


宿に入ると、宿の従業員が諦めたような表情でキース様を迎えていた。そして、すぐに宿の主人が出てきた。


「キース様、お客様にご迷惑をお掛けすることは……」


「し、失礼なことを言うんじゃない! ただ優秀そうな冒険者が来たと報告を受けて、町の為に挨拶しようと思っただけだ。最近は森から魔物も多く出てきている。その為にも代官として重要な役目なんだ!」


凄く真っ当なことを言っているが、宿の主人は何か諦めたような表情をしている。主人が自ら部屋に案内してくれるようだ。


宿の主人の様子を見て、伯爵から聞いた話は本当だと確信する。そして私は自分の身が危険になろうと諌める決心をする。


宿の主に案内されて最上階の奥の部屋まで来た。宿の主がノックする。


「誰だ?」


中から声が聞こえてきた。声の主は大人と言うよりは子供に近い気がする。


「宿の主でございます。代官様が挨拶に来られました」


宿の主人がそう答えると扉が開いて少年のような人物が出てきた。


「なんで代官が挨拶に来るんだ?」


少年は少し不満そうな表情で尋ねる。そしてキース様と私、護衛の兵士2名を順番に見ていた。


宿の主人が答えるより先にキース様が話し始める。


「優秀そうな冒険者が町にきたと聞いて、辺境の町の代官として挨拶に……」


何故かキース様は話しを途中で止めてしまった。不思議に思いキース様を見ると、キース様は少年ではなく、その奥を見て固まっていた。


私も奥を見ると、そこには王都でも滅多に見ることのできない綺麗な女性たちがいた。


(まずい!)


キース様の唯一の欠点である暴走が始まると、私は焦るのであった。

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