第3話 理不尽の塊?

部屋に戻るとすぐにルームを開いて中に入る。

中に入ってハルを探すと、寝室でいびきを掻いて寝ていた。時折尻尾の付け根辺りをボリボリとしている。


焦ったのが馬鹿らしくなる光景である。ジジはホッとした表情を浮かべていた。


「んんっ、ごはんの時間?」


俺達の気配を感じてハルは目を覚ましたようだ。


しかし、ハルはいつからフェアリードラゴンからミニオークにクラスチェンジしたのだろうか……?


昼食を抜いて夕食も遅めの時間のはずなのに、ハルのお腹は膨れ上がっている。ルーム内でハルが食料を手に入れることはできないはずだが……。


「ごめんなさい! 移動しながら昼食を食べたから、ハルさんに声を掛けるのを忘れていました!」


ジジがすまなそうに謝罪する。


「ど、どういう事よ! 約束と違うじゃない!」


ハルは少し寝惚けていたが、ジジの謝罪を理解すると文句を言い始めた。


「ごめんなさい!」


ジジが本当に申し訳なさそうに、もう一度謝罪する。


「ハル兵衛、リビングで話さないか?」


「な、なによぉ~」


ハル兵衛は俺の作り笑いの笑顔を見て、警戒したように呟いた。


リビングにジジと先に移動すると、そこには食い荒らしたデザートの皿が幾つもある。ジジもそれに気が付くと、驚いた表情をしてから片付け始めた。


ハル兵衛が重い体を引きずってリビングに歩いてくる。


飛べないのか!?


ハルはジジがテーブルを片付けているのに気付くと、あからさまに動揺を始める。


「さあハル兵衛、この状況の説明と、先程のジジへの暴言を説明してもらおうか?」


「そ、それは、……昼食に呼びに来なかったから、仕方なく保存食を……」


ハルは額から汗を流しながら話した。


「ほほう、何時頃から食べ始めたのかな? 昼過ぎと考えるには、デザートの器が渇きすぎている。それになぜ食料、それも保存食とは呼べないようなデザートをこんなにも?」


器の渇きなどで、経過時間など俺にはわからない。しかし、そのハッタリは十分に効果があったようだ。


「ご、ごめんなさい! ジジちゃんへの文句は謝罪するわ。食べたのは出発してすぐよ。でも、保存食デザートは正当な対価としてマリアやエクレアから貰ったのよ!」


下手な嘘はまずいと思ったのだろう。過去にジジに嘘をついて、ハル兵衛は俺のお仕置きを受けている。その点は評価しても良い。

しかし、マリアさんやエクレアから正当な対価として貰った?


「そ、そう言えばエクレアさんが情報の対価として、ハルさんにデザートを渡していました。マリアさんは、そ、そのう、バルガスさんの分を必ずハルさんに……」


はい、新事実が発覚!


確かにバルガスと話していた時に、デザートを食べたいと言われたことがある。夕食には必ず出ていたはずなのに、それほど甘い物が食べたいのかとその時は思ったが……。

マリアさんは自分の分を提供するのがイヤで、バルガスの分を……。


うん、今度バルガスに会ったら少し優しくしよう!


「そうよ! だから保存食デザートのことで文句を言われる筋合いはないはずよ!」


おっとぉ、ハル兵衛が強気に出てきたぁ!


「うん、その通りだな!」


ハル兵衛はあからさまにホッとしている。


「情報の対価。労働の対価。ハル兵衛は立派な考え方だと思うよ」


俺の話し方にハル兵衛は不穏な雰囲気を感じたようだ。


「そ、そうね、でも、」


「でもぉ、それなら俺やジジが、ハル兵衛に食事や住まいを提供する必要はないよね!」


「ま、待って、私も明日からは魔物を討伐するわ!」


「いやいや、この辺は魔物がほとんどいないよ。それにシルで十分だしね。それにハル兵衛、その体で動けるのかい? 飛んでみてよ!」


「し、失礼ね! ちゃんと飛べるわよ!」


ハル兵衛は気合を入れるが、中々体が地面から浮かない。全身を真っ赤にして頑張ると、床から5センチぐらい浮かんだが、すぐに地面に落ちた。


「姿を隠せる?」


ハル兵衛は何か気合を入れているが、姿が消えなかった。ハル兵衛は自分でも驚いた表情で目に涙を浮かべて話した。


「ち、違うのよ! 王都に来る前に痩せたでしょ! そのリバウンドでこうなっちゃたのよ! 今度の旅で元に戻るはずよぉーーー!」


言い訳にもならない話をして、旅で元に戻るという。それを旅に出てルームで惰眠を貪っていたハル兵衛が言うとは……。


「ジジ、ハル兵衛には仕事をしたら食事を提供する。それも働きに応じてだ。そしてハル兵衛しか持っていない情報や、ハル兵衛にしかできない仕事をした場合のみデザートを出すことにする」


「わ、わかりました!」


ハル兵衛は呆然として話した。


「私の今日の食事は?」


「働かざる者食うべからず!」


俺の宣言にハル兵衛は両手を地面につこうとしたが、腹が邪魔で手をつくことができなかった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



翌朝目が覚めると朝食を食べながらみんなに話す。


「予定ではこの町を少し見て回ろうと思ったけど、昨晩変な連中に絡まれたから、予定を変更して町を出発します」


『「「はい」」』


ジジとアンナ、シルは元気よく返事してくれたが、ピピとハル兵衛は元気がない。


ピピはハル兵衛との話し合いのあと、勉強ということで文字を使ったブロックや、お金を計算する買い物ごっこをしたのだ。最初は楽しみにしていたが、すぐに行き詰まり投げ出そうとした。文字ブロックはすぐに唸って止まってしまうし、買い物は金額を考える所になるとジジの顔を見て助けを求めていた。


ピピの勉強は前途多難で、本人にも分かったのか落ち込んでいる。


ハル兵衛はさすがに何も食べさせないのは可哀そうなので、パンひとつと具の入っていないスープだけ出している。仕事や情報の対価が無ければこれだけだと話すと、絶望したようにショックを受けていた。


朝食が終わると旅に出るために1階の受付に向かう。宿の受付前にはバルドーさんが昨日の関係者を連れて待っていた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーさんは驚くほど肌艶が良くなっている。


昨日も王都を出て機嫌は良かった。しかし、フリージアさんの影響が残っていたのか、目の下に隈も残っていたし肌も荒れた感じがしていた。それが以前のバルドーさんに一晩で戻ったのである。


たぶん王都を出たことでバッチコーイが解禁、……ゲフン、色々昨晩は発散したのだろう。その証拠に、少しお疲れ気味だが満面の笑みを見せる隊長さんもいる。


「テンマ様、おはようございます」


「バルドーさん、おはよう!」


「昨晩の愚か者の処分について説明してよろしいでしょうか?」


バルドーさんに言われて思い出した。ハル兵衛のことがあったので、すでに忘れていたのだ。


「は、はい、お願いします」


「ベニスカ商会は2度目の大失態をして、この男はテンマ様に手をかけました」


肩に手をかけただけで、自爆しただけどね。


「本来であれば極刑となり、ベニスカ商会には消えてもらっても当然であります」


いやいや、極刑はないでしょ。商会ごと消すのもあり得ない!


「しかし、寛大なお心をお持ちのテンマ様が、できるだけ穏便に大げさにならないようにとおっしゃったので、今回はベニスカ商会内で対処をお願いすることにしました」


う、うん、それで十分だよ。実害はなかったしね。


「私からベニスカ商会の商会長に、今回と前回の経緯を含めて手紙を書いて、本人に届けるように渡しています」


う~ん、別に良いけど、番頭のイリクさんは商会長に手紙を渡すかなぁ?


「もちろんこのことはドロテア様とマリアにはすでに報告済みです」


隠蔽が発覚すれば本当に極刑になりそうな気がするぅ……。


「それと代官と兵士の件ですが、兵士は上の命令に従っただけなのでお咎めなしとしました」


うんうん、それは当然のことだと思う。


「私としては代官も極刑にしたいと思いますが、このことは国、王宮に任せようと思います」


う~ん、妥当じゃないかなぁ。俺達が代官を罰するのも変だしねぇ。


「もちろん今回の経緯を含めてマリアにも伝えてあります。それに私からの手紙を国王と宰相宛で書いて、すでに彼に渡してあります」


「先程部下に命じて王都に届けるように出発させました」


う~ん、国王と宰相……。それほどの罪ではないと思うけど、そこまで話が行くと代官の未来は……。


微妙に大げさになっている気がするが、もう止めるのは間に合わないだろう。


「わ、わかりました。それで構いません。それと予定を変更して、もう出発しようと思います。今晩の分まで支払い済みですが、まあ、これ以上この町で何かあると嫌なので出発します」


「待ってください! それだけは、勘弁してください!」


何故か代官さんが必死に懇願してくる。


「おい!」


隊長さんが兵士に声を掛けると、兵士が代官を羽交い絞めにして引きずっていく。


「頼むぅ~、私のせいで町が嫌われたとなると、私だけではなく一族がぁ~!」


代官は引きずられながら叫んでいた。


大げさだなぁ~。そんなことあるはずないよぉ。


そう思ってバルドーさん達を見ると、バルドーさんは不敵な笑顔を見せ、隊長さんは悲しそうに俯いていた。


そんなことになるのぉーーー!


もう俺にはどうすることもできず、ホテルの従業員に馬車の準備をお願いする。すると今度は宿の主が宿泊代を返金してきた。俺はせめて1泊分と食事代は払うと言ったのだが、土下座までして懇願され返金を受け取ることにした。


うん、俺自身が理不尽の塊のような気がしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る