第2話 またベニスカ商会?
食堂に下りて行くと、すぐにベテランと思われる従業員が、我々の方に近づいてきて声を掛けてきた。
「テンマ様、テーブルの用意ができております。こちらへどうぞ」
そつのない動きで我々をテーブルに案内してくれる。それなりに良い宿だから従業員は客の名前を憶えているのだろう。
案内されたのは奥の上客用のテーブルだった。4人共正装に近い格好をしていたので、貴族とでも間違われたのだろう。
注文は地元のおすすめメニューをお願いする。酒の注文も聞かれたが断った。アンナは残念そうな顔をしたが、まだ俺やジジには早いと思ったのだ。
料理を待っている間に、他の客も次々と入ってきた。料理がきた時に席は半分以上が埋まっていた。入ってきた客は最初にアンナの衣装に注目し、一緒に居るのが若い俺ということで驚き、目が合うと視線を逸らしていた。
料理が届くとすぐに食べ始める。シチューのような物やステーキなど、特に目新しいものはなかったがそこそこ美味しかった。
ジジは一生懸命に何が入っているのか、どう作るのか考えているようだ。
食事が終わりお茶を飲んでいると、従業人がテーブルに来た。
「テンマ様、あちらのベニスカ商会の方からお話があると言ってます。テーブルにお呼びしてよろしいでしょうか?」
んっ、ベニスカ商会? 聞いたことがあるような……。
俺が疑問そうにしていると、ジジが話しかけてきた。
「ベニスカ商会の人とはロンダを出た時に会っていますよ!」
ジジに言われて思い出した。たしかチロルとか言う大番頭だったはずだ。しかし、従業員が指した方向には見覚えのある人は居ない。
まあ、どちらにしても面倒だから会いたくない。
「断ってください」
俺が従業員にそう話すと従業員が驚いた顔をして、さらに確認する。
「よろしいのですか? ベニスカ商会は王都でも一番の商会です。テンマ様のご家族に関係あるのではございませんか?」
んっ、家族? あぁ、この人は俺が貴族と勘違いしているのか。
「冒険者の俺の家族はここに居るだけだ」
ジジやピピ、アンナは嬉しそうに笑顔を見せている。
「ぼ、冒険者!?」
なぜか従業員が驚いた顔で聞き返してきた。
「あ、ああ、町に入る時も冒険者ギルドのギルドカードで入ったし、たしかに最近は冒険者活動していないが、それ以外の肩書は……、ないよなぁ?」
3人に確認するように尋ねると、3人も首を傾げながら頷いてくれた。
「そ、それならなおさらベニスカ商会とお近づきになられたほうがよろしいかと?」
「必要ないよ」
俺は即座に答える。今さらだし、必要なら大番頭のチロルも知っている。従業員は驚きながらも戻っていった。
それより何か引っかかることがある。今何か思い出しそうになったが、思い出せなかった。気になったので3人に尋ねる。
「なんか忘れていることがある気がするんだ。何か心当たりはないかな?」
3人は不思議そうな顔をするだけで、誰も思いつかない。
いや、俺の勘違いなのかもしれない。気にするのは止めよう。
そう思ったところに先程の従業員と、少し小太りの男が一緒にテーブルにきた。
「テンマ様、どうしてもベニスカ商会のイリク様がお話しをしたいと……」
従業員が申し訳なさそうに話す。それに被せるように小太りの男が話し始めた。
「私はベニスカ商会の番頭をしているイリクだ。冒険者の君に非常に良い話をしにきた。君の持っている馬車と馬、そして従魔のあの白い狼を、君の見たことのない金額で買い取ろう」
「ぷっ!」
イリクと名乗った男が上から目線で話してきた。ジジが話を聞いて少し吹き出している。俺も笑いそうになるが、何か思い出しそうになる。
「君、失礼じゃないか。ベニスカ商会の私を侮辱するのか!」
「申し訳ございません! 前にも同じことがあったので……」
ジジが慌てたように謝罪する。
しかし、前にも同じことがあった? あと少しで思い出せそうだ!
「ほほう、思ったより良い女を連れているじゃないか。謝罪は、」
「ああーーー! 思い出したぁ!」
「な、なんだ、貴様無礼だぞ!」
男が何か言っているが、関係ない。
「ジジ、ハルのことを忘れていた!」
「あっ、ああー! ハルさん、絶対に怒っているわぁ!」
ジジも思い出したように声を上げる。
ハルは旅の間は『どこでも自宅』に引き篭もると言った。だが何かあった時にルームのほうが早いと考えてルームに待機させていた。
しかし、王都でマリアさんに甘やかされたハルはオークのようにまた太っていたので、食料は渡さず。ルーム内の倉庫も入れないようにしてある。
昼には一緒に食事しようと話していたが、移動しながら食べたので、みんなハルのことを忘れていたのだ。
「おい、お前達、ベニスカ商会の私にそんなことをすれば、ただでは済まさんぞ!」
んっ、まだこいついるのか?
「いやぁ、ありがとう。イリクさんだったか。前にチロルさんと従者の時のことを思い出して、忘れていたことを思い出したよ。今度チロルさんにもテンマがお礼を言っていたと伝えてくれ」
ハルのことは、それでもギリギリだったと思う。昼だけでなく夜も食事を抜いたら、絶対にハルは発狂しそうである。
なぜか目を白黒するイリクを無視して、急いで部屋に戻ろうとする。
「おい、貴様のような冒険者がベニスカ商会の大番頭であるチロル様の名前を使って許されると思っているのか!」
さらにイリクが言ってきた。
「うん!」
当然でしょう。彼のことは知っているし、王都に来たら商会に来てくれとまで言われたのだ。
「なっ、無礼者ぉ!」
んっ、馬鹿は無視して部屋に戻ろう! ハルが待っているはずだ。
「早く部屋に戻ろう! ハルが待っている!」
急いで部屋に戻ろうとすると、イリクが肩を掴んできた。しかし、その程度では俺を引き止められるはずがない。そのまま俺が動いたのでイリクは盛大に腕を取られて転がった。
なんだ、この馬鹿は!?
俺が驚いていると、今度はイリクと似たような体形の小太りの男が前に立ちはだかった。
「ベニスカ商会のイリク殿に暴力を振るうとは私が許さん!」
もう一人馬鹿が参戦!?
「あんた何を見ていたんだ。こいつは断ったにもかかわらず、勝手に俺達のテーブルに押しかけ、勝手に騒いで人の肩を掴んで、勝手に転んだのだろう?」
「貴様がイリク殿に無礼を働いたんであろう。私はこの町の代官だ! おい、こいつを捕らえろ!」
こいつは何を言ってるんだ、代官なら正しく判断しろ!
食堂の入口から兵士が2名向かってくる。
これは俺が悪くないよね!
俺はショートソードを取り出して構える。そしてドロテアさんを真似て50個ほどの初級魔法を周辺に展開する。
「ほほう、我が主を捕らえるとはいい覚悟ですなぁ」
何故かバルドーさんが代官の首筋に短刀を突き付けていた。兵士たちは展開された魔法を見て怯えている。
「ま、待ってくれ。私はこの町の代官だぞ」
「だからどうしたのですか? 私の主を捕らえるのですよねぇ」
バルドーさんは引き下がる気はないようだ。
「おい、すぐに武器をしまえ!」
「隊長!」
隊長と呼ばれた男が青い顔で兵士たちに命令する。
「代官! あなたは何をしているのですか!?」
「た、隊長、助けてくれ!」
隊長が代官に尋ねると、代官は隊長に助けを求める。
「助けるどころか、あなたを捕縛します。明らかに悪いのはベニスカ商会のイリクでした。それにあなたは王宮からの通達を無視したのですから!」
「つ、通達!?」
隊長は代官の返事を気にせず話す。
「バルドー殿、テンマ様に攻撃を止めるように言ってください!」
「おやおや、私の主に敵対しておいて、私に主人を止めろというのですか? それどころか、ここは王領です。国王に責任を取ってもらわないとダメですかねぇ」
「バ、バルドー殿に、テ、テンマ様……!?」
代官の顔色が一気に変わる。そして何故か俺の顔を驚きの表情で見つめる。
「国王陛下に責任を……」
隊長も顔色が更に悪くなっていた。
「それとベニスカ商会がテンマ様に無礼を働いたのは2回目ですねぇ。前回はテンマ様の寛大な判断で助けられ、チロル君もあれほど感謝していたのに、また同じような過ちをするとは。今度こそベニスカ商会は終わりですかねぇ」
先程から王宮や国王のことまで話が出ている。代官やこの町の隊長まで顔色を変えているのである。そして、バルドーの名前を聞いてイリクは顔色が青くなる。
(((これは絶対にまずい状況だ!)))
「バルドーさん、食堂に来ていたのですか?」
俺はバルドーさんに尋ねる。
「はい、この隊長は昔からの知り合いだったので、久しぶりに食事を一緒にしていました」
あぁ、いつものバッチコーイ知人ですね……。
俺は魔法を散らすとバルドーさんにお願いする。
「ちょっと急いでいるので、その隊長さんはまともそうだから、任せて大丈夫ですよね?」
「そうですね。後は彼に任せるように私の方で対処します。それよりそんなに急いで何かありましたか?」
「いやぁ、ハルのことを忘れていたんですよぉ」
俺が話すとバルドーさんも驚いた顔をする。
「それは私も忘れておりました。早く行ってあげて下さい」
「うん、じゃあ後は頼むね! あまり大げさにしないでよぉ」
「はははは、お任せください!」
後はバルドーさんに任せて、俺達は急いで部屋に戻るのであった。
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