第5話 唯一の欠点
俺は扉の近くまで行くと声を掛ける。
「誰だ?」
「宿の主でございます。代官様が挨拶に来られました」
代官!? なんで代官が挨拶にくるんだ?
正直、面倒臭いと思ったが、それで無視するわけにはいかないだろう。
仕方ないので扉を開いてさらに尋ねる。
「なんで代官が挨拶に来るんだ?」
少し不満そうに尋ねたが、宿の主人と思われる人物だけではなく、他にも数名が一緒に来ていた。自分と同じぐらいの赤毛の少年と執事風の男、そして護衛の兵士2人が一緒のようだ。
何故か赤毛の少年が俺の質問に答えた。
「優秀そうな冒険者が町にきたと聞いて、辺境の町の代官として挨拶に……」
何故か赤毛の少年は話しを途中で止めてしまった。不思議に思い赤毛の少年を見ると、俺ではなく奥のジジやアンナたちを見て固まっていた。
話しの流れではこの赤毛の少年が代官みたいだ。親の威光なのか分からないが面倒でしかない。俺を無視して奥を覗かれるのは腹が立つが、ジジとアンナは確かに自慢できるほど綺麗だと思い少し嬉しくなる。
それでも面倒なので話を早く切り上げようと話をする。
「冒険者といってもD級でしかない、最近は特に冒険者活動もしていない。タダの旅人だ」
旅人!? なんかカッコイイ!
自分で適当に話した旅人というフレーズが何となく気に入ってしまった。
「そ、そうか、どこへ旅をしているのだ?」
少年代官が視線を奥に向けたまま話した。さすがにムカッとした。
「悪いがなんで部屋まで取り調べに来ているんだ? 俺は詮索されるのは好きじゃない」
声は荒らげないが明確に拒絶する。
「そうか、……中でゆっくりと話をさせてくれ」
こいつ、俺の話を聞いていないだろ!
「お前は話し相手の顔を見ないで話すのが普通なのか! そんな馬鹿とは話などない。帰ってくれ!」
今度は明確に強めに拒絶した。さすがに相手も俺を見た。
「貴様! 代官に対して失礼だろうが!」
髪の毛だけでなく顔まで真っ赤にして少年代官は怒り始めた。
どっちが失礼だ!
言い返そうとしたら執事の男が少年代官を嗜める。
「キース様、失礼なのは貴方です。相手の事情も考えず、相手の顔すら見ないで話すとは非常識です!」
うん、この執事はまともみたいだ。
宿の主人や兵士も頷いている。少年代官はムッとして執事を睨んだが、すぐになにか思いついたのか振り向いて俺に話しかける。
「確かに私が失礼をしたようだ。お詫び代わりに夕食を馳走しよう。連れの人も遠慮なく連れてきてくれ!」
「お断りします。夕食は家族だけで食べるつもりです」
そう言って扉を強引に閉める。相手は自分が悪いと認めたのだ。これ以上付き合う必要はないはずだ。
「失礼な代官でしたね。早めにこの町も出た方がよろしいのではありませんか?」
アンナは汚いものを見たという感じで話した。
「た、確かに嫌な目で見てきました……」
ジジも不愉快だったのだろう。
「そうだなぁ。嫌な予感しかしないな。2、3日は滞在しようと思っていたけど、早めに旅を続けようか?」
「「はい!」」
ジジとアンナは嬉しそうに返事するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
キースは驚きで扉の前で呆然としていた。
(代官である俺の誘いを断ったのか!)
キースは代官と言うだけではない、ベルタ伯爵家まで侮辱された気がした。信じられないと思い振り返ると、宿の主人と兵士が笑いを堪えていた。それを見てキースは恥ずかしくなり、今度は怒りではなく、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「キース様、今回のことは明らかにキース様に非があります。これ以上ベルタ伯爵家の一員として恥ずかしいことはしないで下さい!」
執事のアルフレッドは笑うことなく真剣な表情で話した。執事から笑われることはなかったが、冒険者風情に代官である自分がやり込められたことが納得できなかった。
キースは嫡男でなかったので、普段はベルタ伯爵家の立場を利用することはなかった。しかし、女性を手に入れるためには利用できることはなんでも利用してきた。伯爵家の名前を使って女性を手に入れたこともある。多少強引でも金を握らせて相手を納得させたこともあった。
町で気に入った女性を何人かメイドとして雇って、実質的には妾同然の扱いもしていた。それでも、それなりに相手は納得させているし、最終的にはお互いに納得させているつもりだったのである。
成人してすぐにこの町に来て1年が経とうとしている。代官としての仕事はそれなりに評価されているが、キースが女性にだらしないことを町で知らない者はいなかった。
「確かに失礼なことをした。しかし、あれほど拒絶するのは少し怪しくないか?」
キースはあれほどの女性たちと何とかして知り合いになりたいと必死に考えた。そして代官として多少強引でも理由を付けて、あの連中と知り合おうと思って話をする。
「そうでしょうか。確かに代官を相手にしても恐れることは御座いませんでした。しかし、冒険者活動をあまりしていないと言っておりましたので、もしかしてどこかの貴族家の者かもしれません。そうだとすると、相手の対応は不自然でもありません。キース様の失礼な態度にお怒りになられ、拒絶するようにされたのも納得できます」
キースは執事が予想以上に優秀だと初めて気付いた。父から押し付けられた執事だが、手ごわいと思いながらも反論する。
「どちらにしても明確な証拠はない。私は代官として怪しいと思ったのだ。しかし、これ以上は強引に追及するのは無理だろう」
アルフレッドはキースがそれなりに冷静に判断してくれたとホッとする。しかし、キースは諦めなかった。
「彼らも夕食に来るだろう。その時に再度謝罪をしながら相手の情報を探ろう!」
「しかし、これ以上は相手の機嫌を損ねる可能性も御座います」
キースが予想以上に執着するのでアルフレッドは止めようとする。
「そうかもしれぬが、代官が謝罪して機嫌を損ねることはあるまい。貴族家の者なら何故身分を隠す。そうでないなら、それこそ何のためにこの町に来たのだ。代官としてもう少し相手の情報を知りたいのだ」
アルフレッドもそこまで代官の職務だと言われては止めようがなかった。
「わかりました。しかし、決してこれ以上失礼なことはしないようにしてください。相手によってはベルタ伯爵家として非常にまずくなります」
「わかった」
アルフレッドはそこまで話すのが限界であった。後は相手に失礼なことをしたら止めるしかないと考えるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
地図スキルで確認していたが、少年代官は1階の食堂に移動したようだった。
「あの少年代官、食堂で待ち構えているな……」
「それなら今日は食堂に行くのは止めましょう!」
俺が少年代官の所在を話すと、アンナが提案する。
「仕方ありませんね。この町の料理を覚えられると思ったのですが……」
ジジは本当に料理が好きになり、色々な町での料理を覚えたがっているのだ。
「きれいなお店で食べられると思ったのに~!」
ピピも残念そうである。
「明日バルドーさんに相談しようか。何とかなるようなら、もう1泊して料理を楽しむ。ダメなら旅に出るというのはどうだい?」
何とかジジの希望を叶えてやりたい。それにジジが新しい料理を覚えてくれたら、いつでも俺は食べられるようになるのだ。
「はい、それがいいです!」
「私はテンマ様がお決めになったことに従います」
ジジは喜び、アンナが反対しなかった。明日バルドーさんに相談してから決めることにするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
宿の食堂には店が閉まるまで代官のキースが居座っていた。
宿の主は代官がずっと居ることで、客が落ち着けなくなりすぐに帰ってしまい、落ち込んでいた。
アルフレッドはここまでキースがあの人達に執着するのは、唯一の欠点である女性にだらしない部分だと確信していた。
そして、その唯一の欠点があまりにも酷すぎるため、ベルタ伯爵家から追い出されそうなことをキースは知らない。
アルフレッドはキースの欠点以外の能力を惜しいと思い、前の主であるベルント侯爵と同じ失敗しないと心に誓うのであった。
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