SS そしてバルドーへ

バルディアックは髪の毛を触れる手を感じて目を覚ました。顔を上げると申し訳なさそうな顔をするディーンが目に入る。


「俺がヘマしたせいでガルが死んだみたいで申し訳ない!」


「やめてくれ! あの状況では誰が死んでいても不思議じゃなかった。一番悪いのは私だ。私が命を狙われて、お前達を危険な目に遭わせたのだ。謝るのは私ではないか!」


ディーンは落ち込んでいるが、これ以上は話してもお互いが辛いだけだと考えて黙り込む。そこにカーシュが戻ってくる。


「周辺を調査してきました。何故かこの周辺に魔物はいません。場所は山の麓です」


カーシュの報告を聞いて全員が黙り込む。

そんな場所まで移動してきたことも驚きだが、周辺に魔物が居ないことも驚きであった。そして、森を抜けられるかどうかは全く分からない。


「2人なら魔物の戦闘を回避して進めるんじゃないか?」


ディーンが提案する。

しかし、それは自分を置いていけと言っているのと同じである。バルディアックが反論しようとすると、カーシュが先に話した。


「あのオークたちを避けるのは難しい。戻って迂回するとしても状況が分からない。2人だけとなると休憩もまともにできない。たぶん1ヶ月以上は危険な森を進まないとダメだ。無理だと思う」


カーシュの話を聞いてディーンは残念そうにする。そしてバルディアックが話をする。


「まず誰かを犠牲にすることは絶対にしない。この3人で帰ることを一番に考えろ。そしてここが安全なら慌てる必要はない。時間を掛け、森を抜ける計画を立てれば良い!」


2人は黙って頷いた。現状では森を抜けるのは、非常に困難だと全員が理解していた。


「カーシュはさらに周辺の調査をしてくれ。安全確保をまずは優先して考えれば良い。それから時間を掛けて、森を抜ける作戦を考えるために調査してくれ」


「はい」


カーシュも具体的な任務があることが嬉しいようだ。


「ただし森を抜けるのは私とディーンの回復と訓練の後だ。私はやはり王族の剣術より、カーシュのような斥候タイプだと思う。正確には分からないが気配察知スキルも生えた気がする。この森では戦うより、戦いを避けるか逃げたほうが確率は高いと思う。だから俺を鍛えてくれ」


カーシュは黙って頷く。


「ディーンはまずは片腕でも戦闘できるように訓練をしろ。幸い利き腕は無事だが、片腕がない状態を確認しろ」


「わかった」


「それと森を抜ける準備に時間が掛かりそうだ。訓練も重要だが生活できるように食料の調達も必要だ。1年以上かけるつもりで慎重に進めるぞ」


「「はい」」


バルディアックの提案に2人は真剣な表情で返事するのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



それから3年が過ぎた。周辺には食料になる植物も多く、肉は定期的にオークを狩って調達していた。


ディーンは1年後には前と同じくらい動けるようになり。今では以前より強くなっていた。


カーシュはなんでも器用にこなしていた。実家が大工だったこともあり、家の修復は彼がほとんどしてくれた。そして、森の食料調達の知識もあり、食べられる物や毒を含む植物も良く知っていた。


そしてバルディアックは2人から知識や訓練を受け2年目にはカーシュより斥候の能力は高くなっていた。気配察知だけでなく忍び足や気配隠蔽などのスキルも生えたのだ。


そしてこれまで調査した内容を整理しながら話していた。


「やはり進もうとした方向にオークの集落がいくつもありますね。見付けた集落を抜けてもさらに奥に集落があることも考えられます」


バルディアックが板に書いた地図を見ながら話す。


「森側は見たことのない魔物も多い。絶対に近づいちゃダメな奴が多いなぁ」


カーシュが地図の山側を指差しながら説明する。


「山沿いも山から下りてきた危険な魔物が多ですね。それもウルフ系やベア系が縄張り争いをしています。

ベア系は倒すより逃げるべきですね。ウルフ系は行動範囲が広くて耳や鼻が利くのか、すぐに見つかってしまいます。数頭なら何とかなりますが、すぐに仲間が駆けつけてきます。集団になれば勝ち目はありませんね」


バルディアックがさらに説明する。

彼はこの3年で話し方が丁寧になった。王子と言われるのがイヤだったが、頑なに2人は王子と呼び続けた。だから年下の自分が丁寧に話そうと考えて、話し方を変えたのである。


「オークとゴブリンの集落の間は意外に危険だな。お互いが上位種を配置している感じだ。滅多にやり合わないが、お互いに牽制している感じはする」


ディーンも難しい表情で話した。


「やはりゴブリンの集落と山沿いの魔物たちの中間が、一番安全かもしれませんね?」


カーシュが意見を述べる。


「しかし、それも抜けるのにそれなりの日数が掛かりそうだなぁ」


そのルートはここまで来るのに通ってきたルートだから、ある程度把握している。ディーンもそれが分かっているからこその話だ。そして今は体力や魔力系のポーションは残っていない。


もう襲撃した連中が居る可能性はないと3人は考えている。しかし、来た道を戻るのも至難の業である。


「もう少し調べながら、確実な方法と準備を考えましょう。魔物同士を争わせることも考えてみましょう。勝手に争っている隙に抜けられると最高なんですがね」


現状では無理だと3人は判断する。

3人のレベルアップを含めた能力の向上も必要だ。そして、危険を覚悟で進むためのきっかけが必要だと考えるのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



あれからどれぐらい経ったのだろう。10年単位で時間が過ぎ去ったのは間違いない。


あの話し合いの数年後にカーシュは出かけて戻らなかった。聞いていた調査方向にバルディアックが探しに行くと、ウルフ系の魔物が10頭以上死んでいるのに見つけた。


全て毒を使った短剣が刺さっていた。

オークが使う毒をオークが仕掛けた罠を解除して手に入れていた。強力な毒薬であることは分かっていたので、少しずつ集めて自分達の武器にも使っていたのだ。


周辺を調べるとカーシュが持ち歩いていたマジックバックが見つかり、近くには引きずられて運ばれた痕跡を見つける。途中まで探索したが、明らかにウルフ系の魔物が増えてきたので探索を断念して家に戻った。


その日の夜はカーシュの無事を祈りながらも、ディーンと泣いて過ごした。


それからは2人とも、森を抜けることを考える振りをしながら、すでに諦めて2人の生活を大切にして過ごしてきた。


しかし、半年前からディーンが体調を崩してしまったのだ。回復ポーションも既になく、怪我ではなく病気だからどちらにしても効果はない。


せっかく鍛えた体もこの半年でやせ衰えてしまった。バルディアックはそんなディーンの手を握り締めている。


「王子の護衛を、……一生、…すまない」


ディーンは苦しそうにしながらも必死に話した。


「何を言っているのです。私が王子を止めたら、面倒見てもらうと言ってじゃないですか。もう私は王子ではありませんよ……」


バルディアックは涙を見せないように笑顔で話した。


「そう、だね、……お互いに、白髪も……」


「その通りですよ。2人きりで王子も護衛も関係ありません。近くにはオークやゴブリンしかいませんからね。フフフ」


ディーンも笑顔を見せようとしたようだが、少し顔を歪めただけだった。


「王子……」


「さっき言ったじゃないですか。王子ではありませんよ」


「バ、ルディ…」


「やっとそう呼んでくれましたね…」


バルディアックの目には涙が浮かんでいた。


「あ、あい、…し、……てる」


ディーンはそこまで話すと目を閉じる。少し息苦しそうだが、すでに呼吸は浅かった。


「やっと、やっと言ってくれましたね。私もあなたを愛しています。ウグッ……」


バルディアックがそう話すと、ディーンは聞こえたのか少しだけ笑顔になった気がした。それを見てバルディアックは溜めていた涙が零れ落ち、ディーンの手を握り締めて泣き出すのであった。


バルディアックは朝までディーンの手を握り締め、ディーンの顔を見つめ続けた。


朝方にディーンが呼吸をしなくなっても手を離すことはなかった。


朝になり徐々にディーンの体が冷たくなると、バルディアックはディーンを抱き上げ山の麓の草原まで運んだ。


草原の一番景色の良い場所に、ふたつも石を積み上げてあった。


その下のひとつにはガルが埋められている。もうひとつはカーシュが大切にしていたナイフが埋められている。バルディアックはその隣に穴を掘り、ディーンを埋葬する。そして石を積み上げるとその前に立ち話し始めた。


「ガル、カーシュ、そしてディーン。私のためにあなた達に辛い思いをさせて申し訳ありません」


バルディアックは軽く頭を下げると、そのまま黙とうをするように動かなくなる。


暫くして頭を上げるとまた話をする。


「私を含めた4人の願いであり、母上や一族、そして他の犠牲になった護衛達のために。私はこの森を抜けようと思います」


彼は笑顔で話を続ける。


「クククッ、ずっと恐ろしかったのに、今は全く恐くありませんね。でも死ぬ気は全くありません。森を抜けるのは絶対にやり遂げなくてはなりませんから」


そして笑顔から真剣な表情になる。


「どうかわたしを守ってください!」


今度はしっかりと頭を下げる。


バルディアックは森を抜ける準備をしに家に戻るのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



家に戻るとカーシュが修復したテーブルに座って、ディーンのために最後に作った雑炊を食べている女性がいた。


真っ赤な髪の20代の女性で、冒険者らしい装備を付けていた。傍らには体の大きさと不釣り合いの大きな大剣が置かれている。


予想外のことでバルディアックが呆然としていると、女性が話しかけてきた。


「俺の家に勝手に入っていたのはお前か?」


その予想外の質問を聞いて、バルディアックは何故か冷静になり答える。


「申し訳ありませんでした。色々と事情がありまして、こちらの家を勝手に使わせてもらいました」


「ふん、その代金として食い物を貰ったぞ!」


バルディアックはこれが現実なのか不思議に思いつつも答える。


「その程度でよろしいのでしょうか。もう少し何か作りましょうか?」


「本当か!? 頼む。この食べ物は凄くおいしかった。余計に腹が減ったぞ!」


バルディアックはなぜかこの不思議なやり取りが楽しくなる。


「では少々お待ちください」


バルディアックはそう話すと、オーク肉を出して豪快に焼き始める。様々なハーブを振り掛けて焼き上げると女性に提供する。


女性は喜んで食べ始める。

1枚では足りなそうなのでさらに焼き始める。それからは焼くそばから食べられてしまい12枚ほど食べた所で満足してくれたようだ。


「満足してもらえたでしょうか?」


「ああ、こんなに満足したのは久しぶりだ!」


「それは良かったです。長年ここを使わせて頂いてありがとうございました。明日には出ていきますので、ご安心ください」


「んっ、そうなのか。それよりもう一人の仲間はどこにいる?」


少し探るような目で女性は聞いてくる。


「もうひとり?」


「家の中を見れば、もう一人住んでいたのが分かるぞ」


バルディアックはなるほどと思った。


「実は今朝病気で亡くなりました。近くの草原に埋めてきました」


「そ、そうなのか。それは悪い事を聞いた……」


女性が申し訳なさそうに答えるので、バルディアックは微笑んで話す。


「実は4人でここに来たのですが、着いたときに一人が亡くなり、もう一人は数年ほどここで暮らしましたが亡くなってしまいました。

私ともう一人が今朝まで住んでいたのです。長い間、家をお借りしてありがとうございました」


「そ、そうなのか、それは知らなかった。お前は出ていって大丈夫なのか?」


「はい、明日には出るつもりでいたので問題ありません」


女性は少し考えてから尋ねてくる。


「ここを出てどこへ行くんだ?」


「とりあえず何とか森を抜けようと考えています。その後は……、そうですねぇ、冒険者でもしながら暮らそうかと思います」


「そうなのか……、私は……リディアと言う。お前の名は?」


バルディアックはリディアと名乗った女性が、自分の名前を今考えたのがまるわかりで笑い出したくなるのを我慢する。そして相手が偽名でも今さら関係ないと思った。


しかし、自分の名前を言おうとして考える。

バルディアックを名乗ることに抵抗があった。そしてバルディは母上とディーンだけに呼ばれた名前で使いたくなかった。


そして少しだけ考えてから名のった。


「私はバルドーと言います」



   ◇   ◇   ◇   ◇



それから何故かその女性は一緒に森を抜け、一緒に冒険者登録することになった。


彼女と世界中を回りながら祖国の情報を集めた。そしてリディアと一緒に冒険者をしながら祖国に帰る。そこで母上に少しだけ似ている女性と仲間になったのである。

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