SS バルディアック③
バルディアックたちは順調に山を目指していたのだが、山に近づくと魔物も強くなった。これ以上山に近づくのは危険だと判断して、山を回り込む方向に進みだした。
しかし、すぐに迷ってしまった。進むにつれ森が深くなり、木々が大きすぎて登っても周囲を見ることができなくなった。不安に思いながらも方向が合っていると信じて進むしかなかった。
だが進行方向にゴブリンの集落があり、迂回するように山側と思われる方に迂回した。幸い強い魔物はいなかったのだが、集落から狩りに出ていたゴブリンと出くわし戦闘になる。
「まずいです! 次々と集落方面からゴブリンが集まってきます!」
斥候職の騎士のカーシュが焦ったように叫んだ。
ゴブリン数体なら問題ないが、次々とゴブリンが襲ってくるので休む暇もなかった。そして上位種のアーチャーやメイジが混ざりだし、リーダーが統率を始めると一気に形勢が悪くなる。そこにさらにゴブリンの数が増えるのである。
「逃げるぞ! 身体強化で一気に走り抜ける!」
「「「おう!」」」
ディーンの指示に全員が答える。
斥候職の騎士が先行して走り出しバルディアックが後を追う。そしてディーンともうひとりの騎士のガルが最後にゴブリンたちを押し返した後、一気にバルディアックたちを追いかけるのであった。
後ろから矢や魔法が飛んできたが当たることもなく一気に距離を開ける。その日は体力ポーションを使ってゴブリンの集落から離れたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
暗くなると無理せずに休憩する。
大きな木の下で干し肉をかじりながらみんなで話をする。
「さすがに追手もついてこれないだろうな」
ディーンがホッとしたように話した。
最初はポーションまで使って逃げたのである。それで追いついてくるとは思えなかった。そして森の奥には自分達でも勝てないような魔物がたくさんいる。
「はは、追ってきてもあのゴブリンに襲われるんじゃねえか」
ガルが半分冗談で話すが、みんな同じように考えていた。自分達のチームだからここまで来れたのである。
斥候のカーシュが魔物を見つけ、危険になれば一気に身体強化で逃げる。兵士の集団ではこの森を進むことは困難である。もし集団で追ってくれば、あのゴブリンたちと戦闘になるはずだ。
「後は無事に森を抜けるだけですね」
カーシュが真剣な表情でそう話した。そして誰もがそれが一番大変だと感じていた。
食事は保存食が4人なら1年以上持つだろう。しかし、ポーション類はそこそこあるが、体力ポーションと魔力回復ポーションの残りが少なくなっている。
疲れを誤魔化すように体力ポーションを使い、身体強化を使い過ぎると魔力回復ポーションを使ってきた。
しかし、残りの数を考えると、これからは慎重に使わないと難しい。
先行きを考えてみんなが不安を感じていると、バルディアックが言う。
「母上の判断は正しかったのだな……。この4人でなければここまで来れなかっただろう」
誰もが頷き、そして10日以上前のフリージアの魔術と思われる魔法を思い出す。
うまく敵を倒して逃げていて欲しいと思うが、明らかに囮になったとバルディアック以外は感じていた。
だからこそバルディアック王子だけは守り通そうと3人は考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
大きな木の陰で隠れている3人の元にカーシュが戻ってくる。
「ダメだ! あっちにもオークが3匹いる」
自分達が進もうとした方向にはたぶんオークの集落があるのだろう。迂回をすることを考えたが、その方向にもオークがいたというのだ。
全員が難しい表情になる。後は戻るか山に向かうしかないのだ。
ゴブリンとの戦闘から3日が過ぎていた。ポーション類を使わないように慎重に進んでいた。進行速度は遅くなったが、休憩もしっかりとり危険らしい危険もなかった。
途中で山が見える場所があり、想定した方向に進んでいたことが確認できた。しかし、予想以上に山に近づき過ぎていたので、山から離れるように進み始めていたのである。
山方向は危険で離れるようにしたのに、また山方向に進むしか選択肢がないのである。
魔物が少ないと感じていたが、オークが食料にするために他の魔物を倒していたと考えれば納得できる。ただそうなるとオークの集落が予想以上に大きいことが考えられるのだ。
「仕方ない山方向に少し進んで様子を見よう」
ディーンの提案に誰も反対する者はいなかった。オークを避けるように山側に進むが、やはり自分達が進みたい方向にはオークがいるようだ。
日が沈んだので少しオークたちから離れた方向に戻り、今晩はそこで休むことにする。
こんな状況になってもバルディアックは見張りからは外されていた。何度もディーンたちに頼んでも彼らは頑なに、それはできないと言うだけであった。
その日も彼らが交代で見張りをして、バルディアックが寝ていると、体を揺すられて目を覚ます。
「すみません。オークたちに囲まれたようです」
ディーンが落ち着いた表情で話してくれる。
「すみません! 俺は気が付かなかった」
ガルが申し訳なさそうに言う。ガルは体格の良い剣士だが、気配察知とかのスキルは持っていない。
「カーシュ、手薄な方向はどっちだ?」
「山方向ですね。明らかにあちらが手薄です。でも、誘われている可能性もあります」
ディーンの質問にカーシュが答える。
「他に身体強化で走り抜けそうな場所は?」
「何とか行けそうな方向もありますが、オークの集落があると思われる方向です。こちらは間違いなく誘っている気がします」
ディーンはあまり悩まずに決断する。
「山方向に抜けよう!」
それしかないと誰もが納得する。
ディーンがポーション類を全員に配る。
準備ができるとディーンの合図で一気に走り出す。いつもと同じ順番で走り始めると、すぐにオークが殺到してくる。
山側のオークは確かに数が少なく穴だらけであった。何とかすり抜けたのだが、すぐにディーンが低い声をだす。
「ウグッ!」
バルディアックが振り向くと腕に矢が刺さっていた。それでもディーンは必死に走ろうとしたが、少し進むと転がるように倒れる。
バルディアックはすぐに引き返した。
「矢に、ま、まひ、が」
ディーンが必死に話そうとするが、上手く話せないようだ。オークをすり抜けて少し距離を離したのに、オークたちがこちらに向かってくる。
「お、おれを、おいて、」
「俺が担ぐ!」
ディーンは自分を置いていけと言っているのだが、ガルが責任を感じてそう言うと、ディーンを担ぎ上げて走りだした。
バルディアックたちもすぐに走りだした。ガルの速度はいつもより遅かったが、オークは力が強いけど動きは早くない。徐々に引き離すとすぐにオークは我々を追うのを止めたようだ。
さらに走るとガルの走る速度が極端に遅くなる。すぐにカーシュと一緒にガルの所に戻る。
バルディアックがガルの所まで戻ると、ガルは歩くのさえ止めていた。心配してカーシュが声を掛けようとすると、ガルが前のめりに倒れた。
「「ガル!」」
倒れたガルの背中には何本も矢が刺さっていた。
バルディアックはガルを抱き上げるがすでに命の火は消えていた。ガルの顔は毒でやられたのか青く血管が浮き上がっていた。
「ディーン!」
カーシュがガルから放り出されたディーンに駆け寄る。そしてうつ伏せにすると心臓の音を聞く。
「生きてます! ですが毒にやられています!」
バルディアックはゆっくりとガルを寝かせると、ディーンの様子を見る。呼吸が浅く顔には青く血管が浮き出ていた。麻痺だけでなく毒も矢に塗られていたのだろう。
「毒消しポーションです」
カーシュにポーションを渡され飲まそうとするが、飲める状態ではない。バルディアックは毒消しポーションを自分の口に入れ、口移しでディーンに飲ませる。
強引に飲ませると、何とか飲み込んだようだ。少しだけ顔色が良くなる。そして麻痺回復ポーションや普通のポーション、そうしてもう一度毒消しポーションを飲ませる。そこまでするとディーンの顔色が良くなったくる。
「たぶん命は助かるでしょう。私が背負っていきますので、ここを離れましょう」
カーシュの言うとおり、それほどオークたちから離れたわけではない。
「私がディーンを背負っていく!」
「王子にそんなことはさせられません!」
「この状況で王子とか関係ない! お前がディーンの荷物を持ち周辺を警戒しながら案内をしろ!」
カーシュは少し迷ったが、すぐに納得して従ってくれる。ガルの死体をそこに放置したくないのでマジックバックに入れて運ぶことにする。
無駄なことだとバルディアックは分かっているが、どうしてもそうしたかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
それから2時間ほど山側に歩いて行く。不思議なことに一切魔物がいなかった。カーシュも不思議そうにしているが、余裕がないので黙々と歩いていく。
「えっ、家!?」
カーシュが不意にそんなことを言う。
すでに周辺は暗くなっているが、明らかに家と思われる石造りの家が立っていた。
「なぜこんな所に……」
バルディアックも疑問に感じるが、人の居る気配は無い。それに落ち葉の状況から人の出入りしている様子もなかった。
カーシュが警戒しながら入口の扉を調べる。
「鍵はありませんね。相当古いのか扉が朽ちかけています」
カーシュは扉を開くと中に入っていく。生活魔術のライトで中を照らすと埃が積もっている。
「カーシュ、そのあたりを片付けて、ディーンを寝かせよう」
カーシュが部屋の一画を片付ける。そこにマジックバックからローブを複数出して、その上にディーンを寝かせる。
「私は家の中と周りを確認してきます。警戒を忘れないで下さい」
カーシュの話に頷いて答える。カーシュは家の中を一通り調べると外に出ていく。
バルディアックはディーンの具合を確認すると、また顔色が悪くなりブルブルと全身を震えさせている。
バルディアックは原因が分からずにパニックになりかけた。そこにカーシュが戻ってくる。
「どうしたんです!?」
カーシュがバルディアックの様子を見て焦って尋ねる。バルディアックがディーンことを話すと、カーシュがディーンの様子を確認する。
カーシュは一通り確認すると、バルディアックに状況を説明する。
「ディーンは危険な状態です」
「ならポーションで!?」
「いえ、腕を見てください」
カーシュに言われ、カーシュが持ち上げたディーンの手を見る。矢が刺さった場所とその先が青くなっていた。
「なぜだ! 毒も傷も治ったのではないのか!?」
「はい、治ったのですが、すでに矢の刺さった周辺が毒で腐ってしまったようです。すでに腕の半分が腐って、血も流れないのでその先の部分も手遅れです……」
カーシュの話を聞いてバルディアックは呆然とする。
「腐った腕が体に残っていることで、体にも腐った毒のようなものが回って体調が悪化しています」
「ど、どうするのだ! ポーションで治せないのか!?」
カーシュは言い難そうに話す。
「肘から下を切り落として、切り口はポーションで治します。その後でポーションを飲ませることで体調が治ると思います」
バルディアックは信じたくないと思った。
「本当にそれしか方法がないのだな?」
「はい、実際に騎士団の任務で同じような症状を見たことがあります!」
バルディアックはその話を聞いた瞬間に何かが吹っ切れた。
「カーシュ、今後は私だけではなく3人が生きて帰ることをまず考えろ!」
カーシュはバルディアックを見て、何が言いたいのか、そしてその決意が固いことを感じ取った。
「わかりました。では治療の手伝いをお願いします」
「何をすればよい?」
「まずは王子がポーションを先に飲ませます。そしてディーンの体を押さえてください。その間に私が腕を切り落として傷口をポーションで治します」
「わかった」
バルディアックがそう答えると準備を始めるのだった。
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