第43話 忘れていた……
目を覚ますと、背中にジジポヨンを感じて幸せな気分になる。目の前にはピピ耳があり、その先にはシルモフがある。
家族の温もりを感じるぅ~。
しかし、すぐに全員が起きだしたので食堂へ向かう。腰を引き気味なのは若さ故と許して欲しい。
ピピ、歩き方が変だと笑わないでぇ~!
食堂に着くとすぐに全員が揃ったので朝食を始める。何気に給仕をしているのはメアリさんである。『どこでも自宅』に初めて入り、旦那さんが厨房を見て踊って喜んだらしい。
暫くは宿に帰りたくないと言い張り、メアリさんが申し訳ないのでメイドをすると言い出してしまったのだ。
何故か俺ではなく、ジジとマリアさんが許可を出したので、今のような状況になっている。
いつもよりバリエーション豊富な朝食に全員が黙々と美味しそうに食べていた。
食後のお茶を飲んでいると、ハルの念話で質問してきた。
『ねぇ、ミーシャちゃんはどこに行ったの?』
うん、昨晩寝る前に忘れたことがあると思っていたが、ダンジョンに行ったミーシャやバルガス達のことだと気が付く。
「宿で寝ているんじゃないかしら」
マリアさんは特に気にした素振りもせずに言った。
しかし、1階の壁の一部を俺がぶち抜いた気がする。そういえば宿は兵士が集まったりしていた。あの状態の宿に戻ってきたとすると……。
うん、考えるのは止めよう!
「ねえ、テンマ君!」
「はい、なんでしょうか?」
昨日のお説教でマリアさんに敬語で話す癖が残っている。
「宿は大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫です。少し焦げた部分はあって、壁を壊された場所もありますが、簡単に修理できるはずですよ」
うん、落ち着いたら俺が直しに行こう!
「それなら落ち着くまでここに居ても良いかしら? 宿のこともあるけど、暫くは騒ぎから遠ざかりたいから、良いかしら?」
「はい、大丈夫です。それに問題が片付いたから、残りの開発をするつもりです。前の中継地みたいに自分達の家を造るので、そこに住んでも構いませんよ」
「あらそう、それなら荷物を取りに行こうかしら」
マリアさんは完全に引っ越すつもりのようだ。
「なら、私はそのお屋敷でメイドとして働きます」
う~ん、メアリさんは何を言い出すのかなぁ?
「そうね、それが良いわね。もう宿も閉めて、屋敷の管理をすれば良いわ」
え~と、マリアさんが決めるのね……。
「テンマ君、そのお屋敷にもお風呂は造れるかしら?」
「はい、大丈夫です。お任せ下さい!」
くっ、言いなりじゃないか!
でも、
◇ ◇ ◇ ◇
テンマ達が朝食を食べている頃、バルガス達は王宮で王妃と一緒に朝食を食べていた。
「あら、若いわりに食欲がないのねぇ。それともお口に合わなかったかしら?」
バルガスはミーシャ達を見て苦笑いを浮かべる。自分を鍛えることしか興味のないミーシャですら碌に食べていないのである。
「王妃陛下の前で緊張しているようです」
バルガスはA級冒険者で経験も長いことから、何度か国王や王妃とも会ったことがある。それでも、少し緊張して丁寧な話し方をしているのである。
ミーシャ以外も貴族とは何度も会ったことはあるが、一緒に食事をしたことはなかった。話すのもバルガスかマリアがしていた。それが王妃と一緒に食事をするとなれば、緊張して当たり前である。
ミーシャは貴族や偉い人に会うのはドロテアやテンマがいつも一緒だったので、目立たず距離を置いていた。しかし、今回は王妃と一緒に食事である。緊張しないわけない。
「あら、気にすることはないのよ。それにドロテア先生より普通だと思うわ」
その通りだが、だからといって普通に話せるわけ無かったのである。
昨日、バルガス達がダンジョンから戻ってくると、王都自体が騒然としていた。兵士が王都中を走り回り、住人も落ち着かない雰囲気であった。
気になりながらも宿に戻ると、宿の一部が焦げていて、壁の一部が破られていた。現場にいた兵士に何があったのか聞くと、闇ギルドの襲撃があったことがわかった。
バルガスがメアリ夫婦の無事を確認しても、兵士は分からないとしか答えなかった。
その後もいくら聞いても埒があかず、マリアの行方も碌に答えてもらえなかった。バルガスのイライラが頂点に達して爆発しそうになった時、宰相の使いが来て王宮に連れてこられたのだ。
王宮でメアリ夫婦は大賢者テックスが保護していると聞き、マリア達も一緒に帰ったと聞いた。しかし、兵士が王都中に確認しても、行方が分からなかったのである。
時間も遅くなり昨晩は王宮に泊まることになったのだが、貴族以上の待遇でもてなされてしまったのである。
朝食を食べ終わると、バルガス達は逃げるように王宮を出て宿に向かった。幸いマリア達が荷物を取りに戻っていたので合流することができたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
その2日後の昼、国王の執務室にバルドーが突然訪ねてきた。国王と宰相は他の者達を下がらせてバルドーから報告を聞くのであった。
「王都は予想以上に大変だったようですね?」
「あぁ、碌に寝る時間も取れておらん」
バルドーの問いかけに疲れた表情で宰相が答える。
「バルドー、まさか最初から計画していたのではあるまいな?」
国王は確認するようにバルドーに尋ねる。
「それはありえません、テックス様は目立つことが嫌いなお方です。たぶん相当お怒りになったのでしょう」
「ふぅ~、それなら良いが……」
バルドーの返答を聞いて国王も疲れたように話した。
「バルドー、ひとつ確認したいのだが、まさか大賢者テックス殿は悪魔王では無いだろうな?」
宰相が真剣な表情で質問する。
「私の知る限りでは悪魔王ではございません。ですが……、そう言われてみると、もしかしたらと考えてしまいますね」
「や、やめてくれ。それでは安心して眠ることができなくなるぞ!」
宰相が目を剥いてバルドーに文句を言う。
「……悪魔王は人々に恐れられています。ですが、もしかして神の使いではありませんか。悪魔王を恐ろしく思うのは、悪いことをした人物です。善人を害したという話は聞きません」
「確かにバルドーの言うとおり、悪魔王は悪人にとっての恐怖ではあるな。……しかし、完全に自分が正しいと思っている人間がどれほどいるのか……」
バルドーの話を聞いた国王は納得しながらも不安そうに呟いた。
「ご安心ください。テックス様は少し変わったところがありますが、無闇に自分の力を使うことはありません」
「そうであって欲しいのぉ……」
宰相も不安そうに呟くのであった。
「結果だけ見るとテックス殿のお陰で、愚かな貴族共を整理できた。王都の闇ギルドもほとんど壊滅した。そして悪魔王の噂で王都の治安が良くなった。国としては最高の結果と言えるだろう……」
国王はまるで自分に言い聞かせるように話した。
「後はデンセット公爵だけじゃな。ベルント侯爵がデンセット公爵の関与を自白したが、証拠が何もなかった。何か証拠はつかめたか?」
宰相は残念そうに話してから、バルドーに尋ねる。
「デンセット公爵のことは気にする必要はありません。二度と姿を現すことは無いでしょう」
バルドーの返答に国王と宰相は息を飲む。
「実の弟を殺したのか……?」
国王が申し訳なさそうにバルドーに尋ねる。
「ほう、そのような話をどこでお聞きになりましたか?」
バルドーは笑顔を消して、目を細めて逆に質問する。
「先代が亡くなる少し前に私と陛下をお呼びになり、お話しになられた。最後にバルドーだけは信じろと先代は言われたのだ……」
宰相がバルドーの出自について知っていた理由を話した。
「そうですか。………しかし、私は元冒険者のバルドーで、今はテックス様の執事です」
バルドーはまた笑顔を見せて話した。
「そ、そうか……、だが嫌な仕事をさせてしまったようだな……」
国王はまた申し訳なさそうに話す。
「誤解があるようですな。実は……」
バルドーは知りえたすべてを説明した。
闇ギルドとフリージアのこと、デンセット公爵が兄弟を全て殺したと自白したこと、そしてどのような制裁をしたのかを話した。
国王や宰相もデンセット公爵がやってきたことを聞くと驚きのあまり絶句した。そして制裁について聞くと青い顔になる。
「し、しかし、よくもそれほどの制裁を思いついたな?」
宰相は顔色を変えながらもバルドーに尋ねる。
「さすがの私も思いつきませんでしたよ。すべてはテックス様の考えです。殺すよりも辛い罰を与える。そして、愚か者を殺した罪悪感は持たない。
クククク、だから悪魔王の話を聞いて、私もテックス様はもしかしてと思ってしまったんですよ」
「「………」」
国王と宰相はこれまでで一番驚いた表情になる。
「ああ、それと捕らえた執事からは、不正の証拠のありかを聞いています。それとベルント侯爵を操っていた従者は、ホレック公国の貴族家の者でした。ホレック公国はデンセット公爵を国王にしたかったようですね」
「そうか……、確かデンセット公爵の母親はホレック公国の王家の姫でしたね?」
「当時のホレック公国第3王女でした」
国王の質問にバルドーが答える。
「どうしますか? ホレック公国へ何か制裁でもしますか?」
宰相が国王に尋ねる。
「必要あるまい。テックス殿から塩が手に入ることで、ホレック公国は自然と追い詰められるだろう。それよりも、これ以上何かされないように監視を強化せよ」
「了解しました」
「証人の2人はカイナに預けています。好きに尋問でも拷問でもした情報を引き出してお使いください。私はそろそろ主の元に戻ろうと思います」
バルドーがそう話して立ち上がるが、国王が最後に頼み込む。
「バルドー、悪いが大賢者テックス殿の意向を聞いてくれ。金でも爵位でもなんなら娘を嫁に出してもよい。それほど私が感謝していること、絶対に敵対する気が無いことを伝えてくれ」
「わかりました。お話は伝えますが、たぶんどれも望まないと思います」
バルドーはそう話すと姿を消すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜にバルドーから報告を受けたテンマは、嬉しそうに話すバルドーさんを見て、色々と後悔と反省をするのであった。
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