第42話 奴隷アルガンテの最後

デンセット公爵はバルドーを睨みつけながら、なんとかこの状況を抜け出そうと必死に考える。


「お前がそれほどドロテアを大切にしていたとは思わなかったぞ!」


「ドロテア様?」


バルドーはここでドロテアの名前が出るのが不思議に思った。


「宮廷を辞めてまでドロテアに仕えたのであろう。だからドロテアを貶めようとした私を、始末しにきたのではないのか?」


「何を言っているのです。私の主はテックス様ですよ? あれ、もしかしてドロテア様がテックス様だと勘違いをなさっているのですか!? ハハハハ、まさかこれほどあなたが何も分かっていないとは思いませんでしたよ。クククク」


確かにそうなるように仕向けようとしていた。しかし、そうしたいと言いだしたテンマ自身が、露骨に正体を教えるような行動をするので困っていたぐらいである。


だからバルドーは、ドロテア=テックスはすでに破綻していると思ったのである


それを信じているような愚か者の1人がデンセット公爵であることが可笑しくて仕方がなかった。


「ち、違うのか!? テックスとはドロテアの登録名ではないのか!?」


「いやぁ~、まさかあなたがここまで馬鹿とは思いませんでしたぁ」


「ば、馬鹿じゃと!」


「確かにあなたは小さい時から思い込むと、嘘でも簡単に信じる馬鹿でしたねぇ」


「お、お前は私のことを知っていたのか……?」


デンセット公爵はバルドーが自分の幼い時を知っていると聞いて、必死に思い当たる人物を考えるが思いつかなかった。


「そろそろお話しにも飽きてきましたね。そろそろ終わりにしましょうか」


バルドーの顔から笑顔が消えた。デンセット公爵は焦る。


「ま、待て! 私はもう国やお前の仲間に手出しはしない。今後は自領で大人しく余生を過ごす。だから殺すのは勘弁してくれ!」


デンセット公爵の懇願を聞いて、バルドーは少し考えてから答える。


「ふむ、あなた程度が私の仲間に手を出そうとしても、それを排除するのは簡単ですよ。それに王宮を辞めた私に、国のことを持ち出されても関係ありませんね。

まあ、殺す気はありませんのでご安心ください。ただし余生は安らかには過ごせないと思いますよ。クククク」


殺す気がないと聞いて、少しだけ安心するデンセット公爵であった。生きてさえいれば、いくらでも対処できると考えたのである。


それでもバルドーの不気味な笑顔を見て不安になる。


「な、なにをする気だ!? 金ならいくらでも用意する。だからこのまま公爵領に行かせてくれ!」


「それはできませんねぇ。あなたがこれまでにしたことを考えれば、残りの生涯をかけて反省する日々を送って頂きたいと思います」


「な、なにをするのだ!?」


『頭痛(大)』


「ギャァーーー!」


「おお、これは癖になりそうですね!」


転げまわるデンセット公爵を見てバルドーは嬉しそうに言う。デンセット公爵は痛みに慣れていないため、盛大にお漏らしをしていた。


「これはこれは、まさか元王族の方が、恥ずかしいお漏らしをするのはどうなんでしょう。あっ、でもあなたは初めて謁見の間で拝謁した時も、お漏らしをしていましたねぇ」


「こ、これが、お前の罰なのか? ハァ、ハァ」


たった1回の頭痛でデンセット公爵は驚くほど老けてしまった。


「いえ、ちょっとしたおふざけですよ!」


「キ、キサマァーーー!」


『爵位や王族として名乗ることを禁止します。破った場合はその程度によって頭痛になる』


「なんでしょうか? アルガンテ君」


「下民がおう、ギャァーーー!」


デンセット公爵が王族と言おうとすると、また頭痛に襲われるデンセット公爵であった。


『今日のことは誰にも話すことを禁止します。破った場合はその程度によって頭痛になる』

『女性に触れることを禁止します。破った場合はお漏らしをする』

『他人に暴力を振るうことを禁止します。破った場合は大きい方のお漏らしをする』

『何を食べても土の味しかしなくなります』

『自分の身分は奴隷としか名乗れません』

『嘘をつくことを禁止します。破った場合は死なない程度に鼻血がでます』


「ま、待って、ハァ、くれ。なんでも、ハァ、いうことを聞くから。頼む!」


デンセット公爵は痛みに嘘をつくつもりもなく、そう言うのであった。


「あなたの身分は何ですか?」


「私は奴隷だ! な、なんだ!?」


公爵は自分で堂々と言いながら、自分で驚いている。


「ふむ、これでは公爵とか王族と言ったときの、頭痛が無くなってしまいますねぇ」


バルドーが困ったように呟く。それを聞いた公爵は驚いたようにバルドーに尋ねる。


「わ、私に何をしたんだ?」


「ああ、説明していませんでしたねぇ。あなたにつけた魔道具は呪術の魔道具だと言いましたよね。それであなたには公爵とか王族と名乗ると頭痛になるようにしたのです。

でもその後で身分を名乗る時は奴隷だと言うようにしたから、頭痛で苦しめなくなってしまったんですよ」


バルドーは少し困ったように公爵に説明する。


「そ、それが私への罰なのか?」


「いえいえ、他にもお漏らし、鼻血なども出るはずですよ。条件は違いますけどねぇ」


そして今度は嬉しそうに説明する。


「やり過ぎではないか!」


公爵は怒鳴るようにバルドーに抗議する。その瞬間にバルドーの顔は冷酷な表情に変わった。


「あなたが闇ギルドと手を組んで、呪いの館でしたことのほうがやり過ぎなのではありませんか?」


「ゴクッ、何のことかわかりゃん。なんじゃこりゃぁ!」


ボトボトボトゥーー!


公爵は唾を飲み込み知らない振りをしたが、すぐに鼻血が出てきて、そのことに驚いていた。


「だから言ったじゃないですかぁ。でも良かったですねぇ。嘘をつくと鼻血が出ることが分かったんですから。クククク」


「嘘じゃひゃい」


ボトボトボトゥーー!


「ほらほら、あまり嘘をつくと死んでしまいますよ」


本当は死なない程度だが、バルドー嘘を教えるのであった。


「酷いではないか!」


「いやいや、だから、呪いの館でしたことのほうが酷いことですよね」


「そんなことはひらん!」


ボトボトボトゥーー!


「ほらほら、また嘘をつくからですよぉ。あなたは子供のころから物覚えが悪かったですからねぇ」


「あ、頭が、ふ、ふらつく……」


「ダメですよぉ~、簡単に死なれては面白くないではありませんか。はい、これを飲んでください」


バルドーそう言うと、ポーションを取り出して飲ませる。


「頼む許してくれ! 呪いの館も確かに身に覚えはある! だがお前には関係無いだろ……」


公爵は必死にバルドーに懇願する。


「いえいえ、関係大ありですよ。お前は他の王族も殺したのか?」


「そんな、……ああ、殺したさ。兄弟は全員殺した。そうやって王家は強くなり、引き継がれるのだから当然ではないか!」


開き直った公爵は堂々と言い放つ。


「ほう、兄弟全員だということは、先々代の国王もやはりあなたが殺したんですね?」


「それがどうした。本当ならその時に国王になれたものを、馬鹿共があいつの子供に引き継がせたのじゃ。馬鹿共が警戒してしまって、暗殺も難しくなってしまったのだ。それでもあと少しの所で殺せたものを、お前が邪魔したのじゃ!

王家内の戦いに関係ないお前が出しゃばるんじゃない!」


バルドーはまた少し考えると尋ねる。


「確かに王家にはそういった部分はあるかもしれませんねぇ。でも呪いの館で母上にあれほど酷いことをよくできましたねぇ」


「お前の母親もあそこにいたのか? ま、まて、それは勘違いだ。確かに父の側室のフリージアを依り代として提供したが、お前の母親は闇ギルドが攫ってきただけだ。儂は関係ない!」


公爵は必死に自分への恨みは間違っていると訴えるのであった。


「ええ、私のフリージア母上を提供しただけなんですよね」


「なっ!」


「アルガンテ、あなたは間違っていますよ。あなたの兄弟全員を殺そうとしましたが、私は生きてますから」


「バ、バルディアック、あ、兄上……?」


「兄として私は貴方をお仕置きしないとダメなようですね」


バルドーは不気味に微笑みながらそう話したのであった。


それからしばらくして夜の森に「バッチコーイ」が響き渡るのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



その翌日の朝、顔色の悪い老人がみすぼらしい姿で、シートス子爵領の町の兵士に門の外で拘束されたのであった。


本人はアルガンテという名前の奴隷だと名乗った。


尋問した兵士が質問すると偉そうな言葉で文句を言う。時折頭を抱えて転げまわり、鼻血を出したりもする。

昼に出した食事はまずいと文句を言い、兵士も困っていた。


昼過ぎの交代にきた兵士が、デンセット公爵に似ていると騒ぎだし、さらに騒ぎが大きくなったのだ。


すぐにシートス子爵の嫡男が呼ばれることになり、嫡男はその老人の尋問を始める。


「お前の名前はなんだ!」


「アルガンテだ」


「身分はなんだ」


「……奴隷だ!」


「クククク、奴隷なら兵士が捕らえたから、お前はシートス子爵家の所有物になるなぁ」


「そんなことは許されるものか。家族に連絡しろ!」


「家族とは誰のことだ?」


「デン、ギャァーーー!」


「これは面白いな、確かデンセット公爵の名前はアルガンテだ。しかし、本人は奴隷だという。わはははは、これなら何をしても問題にならんなぁ!」


「ま。待ってくれ! 実は、ギャァーーー!」


「ワハハハハ、実はなんだ、言ってみろ! お前は妹の事件にかかわっていたのか?」


「し、ひらん!」


ボトボトボトゥーー!


「今度は鼻血かぁ。これは楽しいぞ! おい、屋敷の地下室に放り込んでおけ。絶対に死なせるなよ!」


奴隷アルガンテは自分の行く末を考えて絶望する。


それから毎晩のように嫡男に様々な質問をされることになった。死にそうになるとポーションが与えられ殺されることはなかった。


そしてシートス子爵が王都から戻ってきた。


奴隷アルガンテは真面目なシートス子爵なら酷いことをしないと信じて懇願する。


「奴隷なら構わん! 今晩からは俺も参加するぞ!」


シートス子爵の言葉を聞いて、人生で初めて死にたいと思ったのである。



それからシートス子爵が亡くなるまでの14年間、子爵と嫡男が交互に毎晩やってくる、地獄のような日々が続いた。


そして嫡男が正式にシートス子爵を継いで領地に戻ってきた。


新シートス子爵は、やせ衰えうつろな目で自分を見つめる、奴隷アルガンテを見て話し始めた。


「もう開放してやろう。いつまでもお前を恨んでいても仕方ない。俺は新たな気持ちで前に進む。お前も好きにするがよい!」


翌朝、兵士たちに奴隷アルガンテは馬車で運ばれていった。領境まで着くと馬車から奴隷アルガンテが下ろされ解放されたのである。


馬車から下ろされた奴隷アルガンテの目には、復讐の怒りが燃えていた。


歩きながらブツブツと彼は独り言のように呟いていた。


「公爵家の力で奴らを破滅させてやる!

バルディアックも絶対に許さない!

殺さなかったことを絶対に後悔させてやる!

国も町も人も全て儂のもんじゃぁーーー!」


彼は気を狂いそうになりながらも、復讐の思いだけでここまで生きてきたのだった。


すでに公爵家はなくなり、家族は全員処刑されたことを彼は知らなかった。

最初の町につき、公爵家が存在していないことを知った彼は地面に寝転がり号泣した。そして、それが奴隷アルガンテの最後の目撃情報だった。

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