SS バルディアック①
ヴィンチザード王国には5人の王子が居た。
第1王子はすでに28歳、人柄も良く誰もが次代の国王として期待していた。
第2王子は24歳の文官タイプの知的な人物で、国王は国政の色々な事を相談するほどであった。
第3王子は22歳で乱暴な言動が目立つが、人の面倒をよくみるので、騎士や兵士に人気があった。
国王だけでなく重臣も第1王子が国王となり、第2王子が宰相となり、第3王子が将軍となれば国の将来は明るいと考えていた。
第1王子を生んだ王妃はすでに亡くなり、第1側室だった第2王子の母親が王妃になっていた。王妃は第1王子を実子のように可愛がり、第2側室から第1側室になった第3王子の母親とも良好な関係であった。
そして第2側室になったのは第5王子で10歳になるアルガンテの母親であった。
彼女はホリック公国の元第3王女で、彼女は塩外交により政略結婚で第4側室になった。そして、その力を背景に前の王妃が亡くなると第2側室になったのである。
そして第3側室のフリージアは、第4王子で14歳になるバルディアックの母親だったが、法衣貴族の男爵家の娘ということもあり、第3側室のままになったのである。
フリージアの家格なら側室ではなく、妾になるのが普通であったが、フリージアは魔術の才能が高く魔力量も多いため、優秀な子供を欲した国王に望まれ側室として王宮に入ったのである。
期待通りフリージアは魔力量多い第4王子バルディアックを産んだ。しかし、バルディアックが成長すると期待外れだと重臣たちに思われた。
バルディアックの魔力量は多かったが、魔術の才能は貴族が嫌う闇魔術だけであった。
身体強化は成長していたが、剣術はそれほど才能があるわけでなく、王族として相応しくない短剣術のスキルが先に生えてきたのだ。
「バルディ、私は早く孫の顔を見てみたいわ」
バルディアックは自分のせいで母親が辛い思いをしていると思っていたが、フリージアは気にもしていなかった。元々法衣貴族の男爵家の娘であったから、上位貴族にはさげすまれて育っていた。
だから、たとえ疎まれてもフリージアは男爵家の頃より生活環境は良かった。そして、疎まれたことにより、自由に息子と話せるようになったのである。
品位のない母親に育てさせてはダメだという理由で、王子の教育係がフリージアにバルディアックを会わないように仕向けていたのだ。
「母上、私は種馬のように結婚させられるのは嫌です!」
バルディアックは期待外れと言われながらも、魔力量が多かったことで、その特性が子供に引き継がれることを期待する連中に、早く結婚するように薦められていたのである。
「そうなの? 私は孫の顔を見たいだけなんだけど……」
フリージアが残念そうに俯く仕草は、どう見ても20代中盤にしか見えない。その容姿で孫と言われても困ると、バルディアックは思うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
バルディアックは王宮内でも疎まれたことで、上級貴族の教育係も居なくなった。そして肩書だけは良い貴族家の教師も居なくなって、好きに訓練ができるようになった。
今日も剣術の訓練をしているのだが、訓練相手は実力のある平民や下級貴族だった。しかし、気さくで真面目な彼らとの訓練を、バルディアックは楽しんでいた。
その中でも冒険者上がりの騎士のディーンは、王子としてバルディアックを扱いながらも、手抜きせずに訓練してくれるのでお気に入りだった。
「王子、奇策ではなく正面から堂々と戦ってください!」
バルディアックは剣術の才能がなかったので、身体強化と奇策で戦うことが多かった。しかし、王子としてはそれで相手を倒しても誰も評価してくれないのである。
しかし、それなりに戦えていたバルディアックも、奇策を使わないとすぐに倒されてしまう。
「ディーン、私に負けそうになると正論を言って、戦い方を変えろと言うのはズルいのではないか?」
「はははは、いやぁ、私も負けるのが嫌いでしてお許しください。でも、王子はそれほど強くなくても構わないのですよ。王族は正々堂々と戦うことを望まれます。強いことよりも風格が重要なのですよ」
「ふん、私が王族で居るのはそれほど長くない。王宮の連中が私の放逐先を必死に探しているからな」
「そうですかぁ~、王子が王族じゃなければ、一緒に冒険者をしたいですなぁ~」
「ふ、ふん、心にもないことを言うのではない!」
「何を言われますか! 王族でなければ奇策を用いた王子の剣術は、魔物にも十分通用します。数年後には間違いなく私より強くなります。そうなれば私が王子に養ってもらえるではないですか!」
バルディアックはディーンと一緒に冒険者をする自分を思い浮かべ、一緒に暮らす生活を考えて頬が熱くなるのを感じる。それを誤魔化すようにディーンに言う。
「いい加減にしろ! お前は一生私の護衛で過ごすのだ」
「はいはい、では命を懸けて一生お守りしますよ!」
「そうだ! 一生だぞ……」
そう言いながら、また照れてしまうバルディアックだった。
そこに第5王子のアルガンテが訓練場に入ってくる。
「アルガンテ、お前も訓練か?」
「………」
アルガンテはバルディアックに視線を向けるも、すぐに無視して訓練場の離れた場所に行ってしまった。
そんなアルガンテを心配そうにバルディアックは見つめるのであった。
王子たちは仲が良かった。それぞれが自分達の立場や役割を認識しており、争うようなことはなかったのである。
アルガンテは10歳になり、貴族が集まる謁見の間でお披露目の儀が行われた。しかし、彼はその時に緊張のあまり漏らしてしまったのである。
殆どの人々は子供のしたことだと、温かい目で見ないふりをしたのだが、一部の貴族が冷ややかな視線を向けたのである。
控室に戻ったアルガンテを元気づけようと、第3王子が冗談を言って笑い飛ばそうとしたが、アルガンテは余計に泣き出してしまったのである。
そして次にアルガンテを見た時には、冷酷な表情を向けるだけで、他の王子と話そうとしなくなったのである。
バルディアックはそんなアルガンテを心配しながら、訓練場を後にするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
半年が過ぎ、バルディアックが15歳になると、王宮から内々にデンセット公爵家の婿になる話があった。
デンセット公爵家の当主はまだ健在だったが、最近跡継ぎが病気で亡くなってしまった。跡継ぎには12歳の娘が居たので、バルディアックが婿入りして公爵家の跡取りになる予定である。
正式な婿入りは2年後になるが、その前に顔合わせの訪問をするように王宮から話がきた。護衛はディーンが隊長をする下級騎士の部隊で、母親のフリージアも一緒に行くことになった。
しかし、第3側室と第4王子の護衛としては、あまりにも酷い扱いにフリージアの実家の男爵家が猛抗議して、男爵家とその一族も護衛として一緒に行くことになった。
母方の祖父である男爵や、フリージアの兄たちも護衛として参加して、一行は王都を出発したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
旅程は順調に進んだが、王家の直轄地を抜けた辺りで、王宮から派遣された文官から突然のルートの変更が告げられた。
そのルートは危険な森のそばを通ることになるので、男爵が猛反対する。
「何故、そのような道を進まねばならんのだ! どう考えても王子殿下が通るような道ではない!」
「いえいえ、道の安全は確認済みだと報告がありました。王子殿下やフリージア様がおられるからこそルートを変えるのです。
事前に計画通り進めば待ち伏せなどの危険があります。だからこそ王族が一緒の場合は途中でルートを変えるのはいつものことなのです。
これは王宮の指示でもあります。男爵の命令で王宮の命令を無視するということですかな」
男爵はブルブルと握り締めた拳を震わせて、今にも爆発しそうになっていた。
「男爵、彼の指示に従って進みましょう。頼りになる護衛もいます。それほど心配することはないでしょう」
フリージアは宥めるように優しく話した。
「ふう、……わかりました。フリージア様の指示に従います」
男爵は実の娘であるフリージアに言われ、怒りを抑えて答える。
文官はホッとした表情に変わる。
「わ、私も言い方が悪かったようです。申し訳ありません」
王宮の権力を振りかざして男爵に嫌味を言ったが、予想以上の男爵の怒りに殺されると思ったのだ。
文官も予想外の任務を命令され、普段から上司に疎まれていると思っていたが、まさかこれまでとはまったく関係ない仕事をさせられて苛立っていたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日は魔物が多く生息する危険な森を横目に見ながら進んで行く。
護衛は緊張した状態で進んで行くが、まったく魔物と遭遇しなかった。中継地の村まであと少しというところで、その日最後の休憩をとる。
文官は何も言わなかったが、男爵を時折見てはニヤニヤと笑顔を見せていた。男爵は気にした素振りも見せずに周辺の警戒をする。
「母上、楽しそうですね?」
バルディアックは長い旅だというのに疲れも見せず、王宮に居る時より楽しそうにする母に尋ねた。
「バルディ、あなたとこうやって旅に出れることが楽しいのよ」
母のフリージアは本当に楽しそうに話す。
「そうですね。確かに母上と一緒に旅ができるとは思いませんでした」
バルディアックは少し寂しそうに話した。結婚すれば、また母親のフリージアと滅多に会えなくなるのだ。
するとフリージアが突然立ち上がって、バルディアックの隣にくる。そして、バルディアックを優しく抱きしめた。
「母上、皆が見ております……」
バルディアックは恥ずかしさと懐かしさ、そして母の温もりを感じた気がした。
「もしかしたら、これがバルディを抱きしめる最後かもしれませんね」
フリージアもバルディアックが結婚すれば、滅多に会えなくなることを感じていたのだ。
周りの者達は少し微笑みながらも視線を逸らし、2人を見ないように気を遣うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
休憩が終わり今日の目的地の村に向かって進んで行く。
先頭には文官たちを乗せた馬車が進み、その次にフリージアとバルディアックが乗る馬車が続く。その後ろから2台の馬車がついて行く。
進み始めて1時間も経たないうちに、村の外壁が見えてきた。
護衛の兵士がホッと息をついたその瞬間、村の見張り台から先頭の馬車に火魔術の魔法が放たれた。
魔法は馬に当たり、馬車ごと魔法の炎に包まれる。
燃え盛る馬車の中から、狂ったように叫び声を上げながら文官が飛び出してくる。彼は炎に包まれて村に向かって走っていく。
「敵襲!」
男爵が大きな声で叫ぶと、村のもうひとつの見張り台から矢が放たれた。矢は燃えながら走る文官に刺さり、文官の男はその場に倒れる。
バルディアックは剣を掴むと馬車から出ようとしたが、先にフリージアが飛び出してしまう。
フリージアが飛び出すと同時に、また見張り台から火魔術の魔法が放たれる。魔法はバルディアックたちが乗っていた馬車に真っ直ぐ飛んでくる。
しかし、さらに大きな火魔術の魔法をフリージアが放つ。彼女の放った魔法は相手の魔法を飲み込み、そのまま村の見張り台に向かって飛んで行く。
ドッゴーーン!
大きな音がして見張り台が吹っ飛んでしまう。
「バルディ、私も中々やるでしょ?」
フリージアがバルディアックに笑顔を見せながら言う。しかし、バルディアックは返事をせずにフリージアに飛びつくと、そのまま草むらに飛び込む。
フリージアの居た場所を複数の矢が通り過ぎて地面に突き刺さる。
「母上、気を付けてください!」
フリージアはペロリと舌を出してバルディアックに笑顔を見せた。
その可愛い仕草にバルディアックは苦笑いで答える。
すぐに護衛兵士たちが、弓矢で応戦しながらバルディアックたちを守るように取り囲んだ。
バルディアックは護衛の兵士の隙間から、村の門が開き、見たことのない真っ黒な鎧を着た兵士がこちらに向かってくるのが見えた。
敵兵は次々と門から出てきて、数十ではなく百人以上いると思われた。
「森へ逃げ込むぞ! 2人をお守りするのだ!」
圧倒的な敵兵を見て、この場所で戦うのは不利だと男爵は判断したのだ。
バルディアックたちは馬車をその場に置いたまま、森の中に逃げ込むのであった。
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