第39話 空気を読め!

俺は男爵の案内で、ベルント侯爵の所へ向かって空を飛んでいる。正面には大きな城が見えていて、城の隣の建物に向かっている感じだ。


侯爵ということはそれなりに権力を持っているのかぁ。


建物に近づくと地図スキルで確認する。建物の中心付近にベルント侯爵が居ることが確認できた。だが、居るのは彼だけでなく数百人単位で待ち構えている。


それを見て怒りが込み上げてくる。


権力者が闇ギルドを使い、国の権力すら背景に理不尽な暴力を振るうことに憤慨する。


飛んできた勢いのまま、男を窓から放り入れる。そしてゆっくりと窓から侵入するとホールのような広い場所に舞い降りていく。


下には多くの人々が騒然としているのが見え、自分に注目しているのがハッキリと分かる。


き、気持ちいい~!


この世界に来てから自分がチート野郎だと徐々に分かってきた。しかし、前世の嫌な記憶から目立つことを嫌い、チートな力を振るうことに抵抗があった。

しかし、仮面を付けてことと、力を振るう理由があることで、遠慮なく抑えていた力を開放できる。

そう思ったことで解放感に満たされ、不思議な快感が全身を貫いていた。


「誰が言ったか知らないが、悪のはびこる所にやって来るぅ~、

正義の味方、テックス仮面参上!」


冷静に自分を見れば恥ずかしくて自殺したい名乗りを全力でやる。仮面を着けていることで、恥ずかし気もなくできるのだ。


(テックス仮面!? えっ、テンマ君!?)


会場でマリアだけがテックスという名前に気が付いていた。しかし、その悪魔王的な姿に確信を持てずにいた。


「ベルント侯爵はどこだぁ~。悪い子はどこだぁ~」


ベルント侯爵は最初の威圧の籠った声でガクガクと震えていた。

会場内には威圧で漏らす者や、固まって反応できない者達がいた。


反応が無いことで、ベルント侯爵を庇っていると思って、もう一度怒りを込めて言い放つ。


「奴を庇う奴らは同罪として許さんぞぉーーー!」


怒りの籠った俺の叫びは、さらに威圧が籠っていた。


そして言い終わると同時に、天井方向から何かが爆発するような音と振動が伝わってきた。


実は天井に仕掛けられた魔術封じの魔道具が、容量を超えた魔力により崩壊して爆発したのである。


しかし、俺は彼らが抵抗して攻撃してきたと思い、会場内の連中は俺が攻撃したと勘違いしていた。


許せないと思ってさらに問い詰めようとしたら、ある方向に膨大な魔力が込められていることに気が付き、そちらに視線を向ける。


えっ、ドロテアさん!?


ドロテアさんは上級魔法を放てるほどの魔力を集めていた。


えっ、なんで!?


「悪魔王は私が殲滅するのじゃーーー!」


火魔術の上級魔法を俺に向けて放ってきた。


防ぐことも避けることも簡単だった。

でも結界で防ぐとこの至近距離なら、余波で建物内のほとんどの人間は死ぬだろう。避けてもその方向の人間と、壁すら突き抜けてどれほどの被害が出るか予想もつかない。


仕方ないので結界を斜めに張り、天井方向に逸らす。


一瞬で天井が崩壊して瓦礫すら落ちてこず、上級魔法は空に飛んでいく。


ドッカーーーン!


ずいぶんと空の高い所で火魔法が爆発した。それでも王都上空を覆いつくすほど火が広がり、余波で衝撃波や熱気が王都中に届きそうだった。


まずいと思い王都全体を結界で覆う。


なんとか王都への影響は回避できた。しかし、また魔力が集まっていることに気が付く。


「さすがは悪魔王!」


どっちが悪魔王やねん!


「今度はさらに強力な、」


『頭痛(大)』


「ギャァーーー!」


うん、悪いけど大人しくしてくれるかな。


「ドロテア様!」


エクレアさんがドロテアさんを心配して声を掛ける。その横にはマリアさんが居ることに気が付く。


「マリアさん!」


マリアさんに声を掛けると、マリアさんはビックっと怯えるような反応をしてから、聞いてきた。


「テン、テックス様ですか?」


「うん、それよりなんでここに?」


「今日は元老院に行くとお伝えしたはずですが……」


なぜか怯えた表情で答えてくれる。


元老院? えっ、ここが元老院?


「それより本当にテックス様ですか? そのようなお姿は……」


「うん、本当にテックスだよ。この姿は正体を隠すために作ったんだ」


得意気になって笑顔で答える。


(なんで悪魔王の格好なのよ! 声も変だし、威圧を掛けてくるのは止めてぇーーー! それに銀色の仮面で気持ち悪い顔しないでよぉーーー!)


「あ、悪魔王! 許さぬのじゃ~」


『頭痛(大)』


「ギャァーーー!」


うん、また悪いけど大人しくしてくれるかな。


「ドロテア様!」


エクレアさんがドロテアさんを心配してまた声を掛ける。マリアさんはホッとした表情になる。


(これはいつものやつね……)


マリアは転げまわるドロテアさんを見て、ようやく自分がテンマだと確信してくれたようだ。


「今日は国王陛下がベルント侯爵を断罪すると話していたはずです。テックス様がお越しになる予定はなかったはずですが?」


えっ、ベルント侯爵を断罪!?


「え~と、元老院議長を断罪すると聞いてましたけど?」


(威圧と変な声と顔は止めて!)


「元老院議長はベルント侯爵です」


………。


やっちまったなぁ……。


「マ、マリア、ほ、本当にそのあくま、ゴホン、そのお方が大賢者テックス殿なのか?」


だれこの爺さん?


念のために鑑定すると宰相と出た。


宰相、……宰相ぉぉぉぉぉ!


隣に王冠がずれている人がいるので鑑定する。


国王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「あ、あくま、」


『頭痛(大)』


「ギャァーーー!」


うん、またまた悪いけど大人しくしてくれるかな。


「ドロテア様!」


エクレアさんがドロテアさんを心配してまたまた声を掛ける。


「間違いありません。これはテックス様がドロテア様を躾ける時に使う魔法です」


宰相「あのドロテアを……」

国王「躾ける……」

エクレア「あっ、そういえば!」


「テックス様、それよりなぜ来られたのですか!?」


マリアさんが優勝杯オッパイを震わせて怒ってる!?


「じ、実は『妖精の寝床』を闇ギルドが襲ってきて、宿に火を付けたんです。闇ギルドの連中を追いかけて尋問すると、闇ギルドに『妖精の寝床』を襲うように依頼したのがベルント侯爵だとわかりました。

闇ギルドにさらに商業ギルドのギルドマスターを脅すように、ベルント侯爵の命令で伝えに来たのが、先程放り投げた男です」


俺は血だらけで倒れている男を指差し丁寧に説明する。


優勝杯オッパイには逆らえません!


しかし、まさかマリアだけでなく周りの誰もが、変な声で困った変な顔をして、丁寧な言葉を使うことが変だと思っているとは、俺は考えていなかった。


「だから、ベルント侯爵を許せないと思ったから報復しようと……。あっ、ベルント侯爵が元老院議長と知らなかったし、ここが元老院だとは知らなかったんだ。てっきり悪の巣窟だと思って……」


「メアリとミイは無事なの!?」


「あく、」


「黙ってなさい!」


ドロテアさんが復活してきたが、マリアさんに叱られて口をパクパクさせている。


俺は空中に浮いたまま、直立不動で答える。


「もちろんです! 多少煙を吸いましたが命に別状はありません。今はジジやアンナが介抱しているはずです」


「そう、良かったわ……」


ホッとした表情でマリアさんが話す。


「あ、悪魔王はマリアの配下なのか……?」


ドロテアさんがマリアに質問している。隣のエクレアさんもコクコクと頷いている。


「あれはテックス様です。悪魔王では、……ありませんよね?」


あるわけないじゃーーーん!


「悪魔王ではありませんよぉ。勘弁して下さいよぉ」


「その声と姿で、そんな風に言わないで!」


えっ、ええぇぇ、この声も姿もマリアさんには不評なのぉ!


ドロテアさんがまた口をパクパクさせている。


「マ、マリア、すまんが説明してくれないか?」


国王がマリアさんに尋ねている。


「申し訳ありません、国王陛下」


マリアさんが跪いて国王に丁寧に説明してくれる。国王がチラチラと俺のことを見るのが気になるが、それ以上にドロテアさん達の会話が気になった。


ドロテア「悪を成敗するために、悪魔王の衣装に変身したのじゃ」

エクレア「でも、あの声と仮面は怖すぎますよぉ」

王妃「本当に衣装なのかしら?」


え~と、声は大人の声になっているはずだけど……。仮面や衣装も不評!?


自分の姿は確認していなかったから、戻ったら鏡で確認しよう!

声は自分には自分の声しか聞こえないからよく分からない。


戻ったらジジやピピに感想を聞いてみようかぁ。


そんな事を考えていると、マリアは国王と宰相に説明が終わったようだ。国王と宰相が何故か跪いて謝罪を始めた。


国王「大賢者テックス殿、この度は国の重鎮がご迷惑をお掛けして申し訳なかった!」

心の声(本当に悪魔王なのかもしれん! 絶対に敵対だけはしてはならん!)


宰相「多大な貢献をして頂いた大賢者テックス殿に、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」

心の声(敵対すれば国が亡ぶ!)


うん、国のトップに謝罪されるのは困る。それに……。


困った顔で無くなった天井と、呆然とこちらを見つめる人達を眺める。


この状態はまずいなぁ~。


しかし、その自分の行動を勘違いしたのか、国王が焦ったように話してきた。


「もちろん、ベルント侯爵は引き渡そう。ただ、できれば不正の調査を終えてからにして欲しい!」


「いえ、ベルント侯爵のことはそちらに任せますし、闇ギルドのこともお任せします。しかし、こちらこそ仲間のドロテアさんが建物を破壊してしまって申し訳ありません」


なぜかドロテアさんは自分の顔を指差し、なんでという表情をしている。


「いやぁ~、あのドロテアさんの魔法を上に逸らさなければ、この建物内の人は全員死んでいたと思いますよ。それに爆発の衝撃を結界で塞がなければ、今頃王都は火の海になり大変なことになっていたでしょうねぇ」


理解していないドロテアさんに説明するように話す。ドロテアさんが話を聞くと慌てて俯いてしまった。

しかし、国王や宰相、建物内の人達も静かだったので全員に聞こえたようだ。


国王は真っ青な表情になりさらに頭を下げる。


「大賢者テックス様に感謝の言葉もありません。本当にありがとうございました!」


いやいや、お礼の言葉が聞きたかったのではなく、仲間したことの謝罪のつもりなんだけどぉ……。


うん、建物の修復もあるだろうから、謝罪代わりに何か渡そう。


そう考えて、空のマジックバックを出すと、何故か国王と宰相がビクッとしている。


気にしても仕方ないのでマジックバックにエリクサー2本と万能薬3本、若返りポーション10本、ついでにワイバーン亜種を移して国王に差し出す。


「今回の事でご迷惑をお掛けしたので、賠償金代わりにお受け取り下さい」


さらに中に何が入っているか説明する。


何故か国王は震える手でまるで俺に下賜されるような感じで受け取っていた。


「ありがたく頂戴いたします!」


国王は深々と頭を下げて貰ってくれた。


うん、これで文句を言われることはないだろう!


「あっ、闇ギルドの拠点の、……ゲバス商会? そこの地下が第二の呪いの館になりそうだから気を付けてね。近いうちに浄化するから、それまでは近づきすぎると呪いの被害が出るからね」


国王と宰相は話し始めた時には、またビクッとした。しかし、最後まで話を聞くと顔色を変え、頭をまた下げて感謝の言葉を述べる。


「大賢者テックス殿には国の問題を次々と解決して頂いて、どのように感謝をしてよいのか分からない程です。何か御座いましたらいつでも私に申し付けてください!」


うん、なんかこの国の国王は腰の低い人のようだ。


良い人でよかったぁ~!


取り敢えずこの場を去ろうと考えて、マリアさんに声を掛ける。


「マリアさんはどうします? 俺は帰るけど、…メアリさん達はD研にいますよ?」


マリア「すぐに行きます!」

ドロテア「私も帰るのじゃ」

エクレア「それなら私も!」


ドロテアさんは逃げるの間違いじゃないのかぁ?


まあ、ドロテアさんを置いて行くほうが問題を起こしそうである。


その場でD研を開くとマリアさんが急いで入っていく。ドロテアさんとエクレアさんもそれに続いて入っていった。


国王や宰相、会場中が呆然とその光景を見つめていた。


「それじゃあ、俺は帰りますね。お疲れさまぁ~」


そう言ってフライで何もない天井から外に出ると、隠密スキルで姿を消して戻るのであった。

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