第38話 ベルント侯爵の断罪?

元老院の会議場は騒然とした雰囲気に包まれていた。近衛騎士が会場内に入り通路で法衣貴族たちに睨みを聞かせる。演壇のベルント侯爵の周囲も近衛騎士が取り囲んでいた。


そして元老院騎士が拘束され次々と会場内から連行されていく。


ドロテア達の居た来賓席を襲った元老院騎士も、拘束されて連れていかれている。


ドロテアはそんなことは気にする様子はない。自分の手を見つめながら何かを考えているようだった。


「どうかなさいましたか?」


ドロテアの雰囲気を疑問に感じたマリアがドロテアに声を掛ける。ドロテアは声を掛けたマリアを見ると応えた。


「気を付けるのじゃ。何か変じゃ!」


「どう変なのでしょう?」


「魔法を使ったが何か変じゃ。それに魔力を練ることができないのじゃ……」


ドロテアは答えるというより、また自分の手を見て呟くように話す。


それを聞いたマリアとエクレアは魔力を練ろうとする。魔力を手に移動するだけで魔力が散らされ魔力が消費されるだけだった。生活魔術を使っても発動することもなかった。


「生活魔術すら使えません。でも、ドロテア様は初級魔法を使ったではないですか?」


エクレアが焦ってドロテアに質問する。


「相当に丁寧に魔力制御しないと、魔法は使えないようじゃな」


話を聞いたマリアが集中した表情をする。そして生活魔術のファイアを使ってロウソクのような火をだす。しかし、不安定に火が揺らめくとすぐに消えてしまった。


「生活魔術のファイアでさえ発動するのに相当な集中が必要です! 維持することができません」


「テン、…テックスの訓練で魔力制御の能力が上がっていなければ、私も魔法が使えなかったはずじゃ! なにか予想外のことが起きているのかもしれん……」


マリアとエクレアだけでなく王妃も驚いた。

ドロテアの苦手だった魔力制御が別次元なほど高くなっていると理解する。そしてテックスの訓練が驚くべき成果を上げていることを改めて理解するのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ベルント侯爵は、元老院騎士や自分を支援する法衣貴族たちが、拘束されるのを呆然と眺めていた。


(違う……こんなはずじゃない、……従者は完璧だと言ったではないか……)


計画が破綻したから従者が逃げ出したと、考えもしないベルント侯爵であった。


(それに魔道具は……、帝国から手に入れたと……効果も確認したはずだ!)


従者が帝国から極秘で手に入れた魔道具は、魔術を使えなくすると聞いていた。実際に設置して秘かに検証した時には、確かに魔法が使えなかったのである。


(大体元老院で武力を行使するなど、許されるはずがない! そうだ! 許されることではないのだ!)


絶望的なこの状況に、追い詰められたベルント侯爵は、自分は一切悪くないと思い込んだ。そして、決意した表情で宰相や国王を見て言い放つ。


「神聖な元老院で武力を行使するなど、いにしえの愚王と同じではないか! 王宮の暴走を止める元老院を力で排除しようとするとは何事だぁ!」


極僅かだがこの主張に賛同する者もいた。

王宮の暴走を危惧する者やコーバル子爵もその1人であった。ただコーバル子爵は自分の苦境を何とかしてくれるのがベルント侯爵だけだと考えて、賛同というより侯爵が無事にやり過ごすことを願っただけである。


宰相は呆れた表情で諭すようにベルント侯爵に言う。


「先に武力を行使したのはお主ではないか。元老院には捕縛や拘束する権限はない。元老院会議の護衛である元老院騎士に、権限を逸脱して暴走を命じたのはお前だ!

王妃陛下の居られる席に元老院騎士を突入させるなど、国家への反逆だ!」


ベルント侯爵の主張に賛同しそうになった者も、宰相の話を聞いてその通りだと考えを改める。コーバル子爵は内心で「そうなるよなぁ」と思い諦めるのであった。


追い詰められた侯爵は、自分なりの正義を主張する。


「すべては王宮とドロテアが手を組んだ陰謀ではないか! 元老院を潰すためにお前達が仕組んだことだろう!」


侯爵は自分で言いながら、自分でそれが真実だと何故か信じ込むのであった。すでに侯爵は半分壊れたような状態だった。


宰相はこの状況でそこまで根拠のない主張をする侯爵に呆れるのだった。


「色々と陰謀を企んだのはお前ではないのか? そこにいる男をお前は知っているか?」


宰相がドロテア達とは別の来客先を示して質問する。そこにはちょっと太った商人に見える初老の男が居た。


侯爵は全く見覚えのない平民の商人を見て、軽蔑するような視線を向けると、堂々と言い切る。


「そのような下民など私が知っているはずがなかろう!」


「それでは、これまでの侯爵の主張は嘘ばかりだということになるのぉ」


「失礼なことを言うな!」


「失礼なこと? この男は商業ギルドのギルドマスターだぞ?」


「だからそんな奴は知らんと言っているだろうがぁ!」


これには会場の誰もがベルント侯爵のあまりにもお粗末な反応に呆れしまう。


「お主は彼に直接頭をさげ封鎖地区の買い上げや、壁の建設をお願いしたのではないのか?

そのことは侯爵自身が主張したではないか。その相手を知らないならば、お前の嘘だということではないか!?」


「わ、忘れただけだ!」


これを聞いてコーバル子爵は、これほどの馬鹿に頼ろうとした自分が情けなくなった。そして今後は裏工作などではなく、普通に努力して問題を解決するしか方法はないと諦めるのであった。


すでにあまりの馬鹿らしさに、領地持ち貴族や法衣貴族も可哀想だから早く捕縛してやれと思い始める始末であった。


「お前の命令で商業ギルドが自腹で住民の立ち退きや封鎖作業をやらせて、王宮から出した費用を横領したことも分かっておる。商業ギルドのギルドマスターはお前の不正を訴えてきた。すでにお前に命じられて関与した法衣貴族も自供している」


「儂は知らん!」


「それと呪いの館の件についてもすでに調査が終わっているぞ。バルモアに命じて呪術の使える魔導師が呪いをかけたことも、呪いの館の王家の魔道具による結界にも何も問題ないことも、嘘の報告書を書かせたことも、エクレアの問題ないとの報告書を何度も握りつぶしたことも、全て調査で判明している」


「それも知らん!」


「すでにバルモアを拘束して証言は取ってある。そのことをジデガン伯爵も証言しておる」


「奴が裏切ったのか! バルモアもエクレアに嘘の報告書を書かせるのは簡単だと言ったくせに、本当に使えない奴だ!」


(((知っているし、自供してるじゃ~ん!)))


その愚か者の言動に会場中の者がばかばかしく感じていた。そして最後までベルント侯爵と行動を共にしていた法衣貴族たちは、こんな馬鹿を信じた自分が情けないと思っていた。


「もうよい! ベルント侯爵家は廃爵とする。現当主のベルント侯爵は尋問して不正の全てを調査せよ! しかし、これまでに判明している不正の証拠と証人から、侯爵は公開処刑とする。反対する者は立て!」


国王がこれ以上の醜態は不要と考えて結論を言い渡す。それに反対する者は誰も居なかった。


「ま、持って下さい! すべてはデンセット公爵と公爵に派遣された従者により画策された謀略です。私は仕方なく手を貸しただけでございます」


そうだとしても刑が軽くなることはないのだが、それすらもベルント侯爵は理解していなかった。ただ、自分は悪くないという思いだけである。


「ほほう、面白い証言だな。しっかりとそのことも証言してくれ!」


誰もが侯爵は酷い拷問を受けることになると想像できた。


「まずは、商業ギルドには国の重鎮が迷惑を掛けたことを謝罪しよう。すまなかった」


「いえ、同じようなことが無くなれば大丈夫でございます。商業ギルドの負担した費用を請求させていただいてよろしいでしょうか?」


国王が謝罪すると、商業ギルドのギルドマスターは丁寧に返答しながらも、利益を確保できると考えて、直接国王にお願いする。


「それはベルント侯爵の資産を差し押さえてからになるが、必ず支払うことを約束しよう」


国王に代わって宰相が代わりに答える。商業ギルドのギルマスは、バルドーから預かったワイバーンと合わせれば随分と儲かると考え嬉しくなる。満面の笑みで感謝を述べる。


「ありがとうございます」


しかし、ベルント侯爵は自分の資産を差し押さえられると聞いて、喚き散らす。


「黙らせろ!」


国王が命じると、近衛騎士の1人がベルント侯爵に近づいていく。それを見て侯爵は動揺してさらに騒ぎ出す。


「元老院議長の私に何を、」バキィ!


近衛騎士は躊躇なく侯爵を殴りつける。


侯爵は何をされたのか理解できず固まってしまう。しかし、すぐに感じたことのない痛みを顔に感じると、恐怖で情けない悲鳴を上げる。


「ヒィィィィィ!」


するとまた近衛騎士が近づき言った。


「国王陛下が黙れと言った。まだ声を出すのか?」


近衛騎士の殺気に籠った声にベルント侯爵は怯え、両手で口を塞ぐのであった。


ベルント侯爵は開き直りも無くなり、小心者のただの馬鹿に戻ったのである。すでに足元には大量のお漏らしが垂れていた。


「ドロテア殿、今回は大変迷惑をおかけした。申し訳ない!」


「気にしないのじゃ。それより早く帰りたいのじゃ」


ドロテアのことをある程度知っている者は相変わらずだと思うのであった。


「それと、元老院副議長のフォルス伯爵」


「はっ」


「ゴドウィン侯爵と協力して元老院の改革を進めるのだ。今後は元老院が不正をしないよう、しっかりと改革するのだ。そしてしっかりと王宮の監視役として元老院を復活させろ。

改めて年越し後に貴族全員の会議を開いて提案と採決をするのだ。よいな?」


「御意!」


国王とフォルス伯爵のやり取りを見て、全員がようやくこの馬鹿達の件が終わったとホッとした。

そして国王や王宮側が元老院を廃止しなかったことに、大勢が感心するのであった。


「これにて今日の元老院は終了したいと思う。反対する者はいるか?」


国王がそう話して会場中を見回すが、誰も反対するものなどいなかった。


そして宰相が終了の宣言をする。


「それでは、今年の国王隣席の元老院会議をしゅうりょ、」


ガシャーン! ゴロゴロ……。


「ヒィィィ、ゥング!」


宰相が終了の宣言を言い終わる寸前に、開かれた上部の窓から人が降ってきて、演台近くに転がった。それを見たベルント侯爵が悲鳴を出すが、横の近衛騎士のことを思い出し、途中で口を必死に塞いだのであった。


そして異様な雰囲気の相手が窓から入ってくると、ゆっくりと降りてくる。そして会議場の中心で浮かんだ状態で、変な動きをしながら、声とは思えない声で話した。


「誰が言ったか知らないが、悪のはびこる所にやって来るぅ~、

正義の味方、テックス仮面参上!」


空気を全く読んでいない男が、国の重鎮が集まるこの場所に、降臨したのであった。

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