第36話 危険な勘違い!?

報告を聞いたゲバスは顔色を変える。


「ぎゃははははっ、やはりこいつはイカレやがった!」


一緒に話を聞いていた男の1人が大笑いしながら話す。すぐに他の男達も一緒に笑い始めた。話をした男は信じてもらえず悔しそうな顔をする。


「いい加減にしろ! この深刻な状況が分からないのか!」


唯一真剣な表情で話を聞いていたゲバスが、大笑いする男たちを叱り飛ばす。


「で、ですが……」


笑っていた男の1人が、まさかゲバスがこの話を信じているのかと思い驚いた。戸惑いながらも何か言おうとしたがゲバスの真剣な表情を見て途中で止めた。他の男たちも不満そうにしたり、戸惑ったりしていた。


「悪魔王の衣装着た魔術師が居たということではないか! 問題なのはそいつが予想以上に能力が高く、依頼に失敗する可能性が高いということだ!」


ゲバスの話を聞いて笑っていた男たちは、多かれ少なかれホッとした表情を見せる。

子供の頃から聞かされた悪魔王の話は、信じていなくても心の奥で恐怖していたのである。報告した男の様子も尋常にないほど怯えており、笑いながらも不安が膨らんでいたのだ。


一番ホッとした表情を見せたのは、最初に大笑いした男であった。


報告した男は戸惑いの表情を見せる。あまりの恐怖で悪魔王だと信じてしまったが、ゲバスの話を聞いてそうなのかと思い、そうであって欲しいと思い込むのであった。


ゲバスの話は真実をついていた。ただ問題は、彼の予想以上の能力を相手が持っていただけである。


「ど、どうしますか?」


尋ねた男は今回の仕事が闇ギルドへの依頼であることを理解していた。そして、朝早くからゲバスがベルント侯爵の屋敷に行っていたことも知っていた。侯爵からの依頼であるなら失敗は許されないと、心配で尋ねたのである。


ゲバスも迷っていた。ドロテアの絡む魔術師となれば、それなりの相手と考えなければならない。できれば仕切り直ししたいところだが、襲撃が相手に気付かれたとなると、間違いなくA級冒険者が警戒する。ドロテアも万全の体制を整えるだろう。


そして、ベルント侯爵の依頼である以上、簡単にできませんでしたと報告するわけにはいかない。すでに報酬を前払いで受け取っている。報酬が高額であることも、ゲバスを迷わせていた。


(こんな美味しい仕事を諦められるか!)


ゲバスは心の中で受け取った金を思い返し、何としても依頼を完了させようと考えるのであった。


そこに慌ただしく1人の男が飛び込んでくる。


「東門の拠点が襲撃された!」


それを聞いた男たちは一斉に雰囲気が変わる。闇ギルドを襲撃する相手は、間違いなく自分達の敵だということだ。


ゲバスは最悪のタイミングでの襲撃と聞いて心の中で舌打ちをする。


「相手は誰だ!」


「わ、わかりません。俺が門で見張りをしていたら、攫ってきた女子供が門の所に逃げてきて、兵士たちが拠点に調査に向かったんです。少しだけ情報を集めたら、拠点が誰かに襲撃されて、女子供を逃がしたようなんです!」


ゲバスは襲撃者が分からなければ対処が難しいと考えていた。


「監視の1人が東門の拠点に行ったはず……」


最初に報告にきた男が呟いた。それを聞いた男たちは全員顔色を変え黙り込む。


「どういうことだ?」


ゲバスだけ冷静に男に尋ねた。


「逃げる時にいつものように分散したんです。1人が東門、1人が北門、そして俺が本部へ報告に……」


確定はできないがその可能性もあるとゲバスも気付く。

これほどタイミングよく闇ギルドの拠点を襲撃されるなどありえないと思い。しかし、悪魔王衣装の魔術師が監視者に気付いて、拠点のひとつを襲撃することも簡単には信じられない。


もしそれが可能だとすると、相手の能力は自分の予想を上回ることになる。


ゲバスは認めたくないが頭の中で危険だと、長年の勘が囁いていた。


「信じられんが、その可能性もあるな。だとすると相手の能力が予想以上に高い事になる。しかし、本部ではなく東門に行ってくれたのは良かったのかもしれん」


話しを聞いた男たちも、ゲバスの話を聞いて落ち着く。危険な相手がこちらに来ないと思ったのだ。


ゲバスは勘に従って別の場所に身を隠そうと考える。しかし、報酬を諦めるのもベルント侯爵との繋がりを無くすのも諦められなかった。


ダメもとで知らない連中を大量に雇って、宿を焼き払うことだけはやろうと考えた。


(指示をしてすぐに姿を隠せばいい!)


ゲバスはそう考えて指示を出そうとした。しかし、またも部屋に人が入ってきた。


「ベ、ベルント侯爵の使者で男爵様が来られました」


ゲバスは最悪のタイミングで使者が来たと考えた。

しかし、ベルント侯爵の使者では無下に追い返すこともできないし、使者が従者ではなく男爵では、無視するわけにもいかない。


「取り敢えず先に話を聞く。隣の応接室に案内しろ」


使者の話次第では良い方向になるのではと考えたのである。


「す、すでに案内してあります」


時間的な余裕はあるはずだが、少しでも早く対策したいので、内心でよくやったと褒めたいぐらいであった。


急いで応接室に向かうゲバスだった。


しかし、ちょうどその時、北門の拠点の襲撃を終えた悪魔王テックスが、屋上に降り立ったのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ベルント侯爵は議長席に座ると、従者の1人から魔道具を起動した合図を確認した。そしてドロテアが来賓席に居ることを確認すると、すべてが計画通り進んでいると気分が高揚するのを感じていた。


(ベルント侯爵家が実質的に国王の上に立つことになる歴史的な1日の始まりだ!)


「ここからは元老院議長である私、ベルント侯爵が報告します」


侯爵は立ち上がると高らかに宣言する。


「これから説明する内容は、王家とも相談の上で元老院の法衣貴族により調査、実施した内容です」


侯爵は話し始めるとさらに気分が高揚するのが感じられた。


「きっかけは呪いの館の周辺で、呪により複数の死者が出たことです。私は宮廷魔術師のバルモアに調査を命じました。ここに調査結果があります」


机から書類を持ち上げ、会議場の全員にその書類の存在を見せつける。


「調査結果は非常に丁寧に書かれており、信頼のおける内容でした。報告書には王家の魔道具による封印の結界に問題があり、呪いが溢れ出したことが原因で死者がでたとあります!」


会議場内からどよめきが起きる。


「報告書にはさらに王家の魔道具の設置において、致命的な失敗がありそれが原因で死者が出た可能性が高いとあります」


ドロテアが設置したことを知っている貴族は、ドロテアに視線を向ける。しかし、ドロテアは碌に話を聞いていなかった。

いつの間にか王妃がドロテアの横に移動して、一緒にテンマが考えジジの作ったクッキーを楽しそうに食べていたのである。


ベルント侯爵もそれに気付いたが、変に反論されるよりは問題ないと考えて話しを続ける。


「私は大至急、魔道具設置の責任者の拘束と調査することを王宮に進言しました。しかし、宮廷魔術師筆頭のバルモアの報告では信用できないと、宰相閣下と国王陛下から話があり、宮廷魔術師のエクレアに再調査を命じられたのです!」


会場内のほとんどは別に変な話ではないという雰囲気だった。バルモアよりエクレアの方が魔術師としての能力が高いことは誰もが知っていたからだ。

しかし、自分に酔いしれるベルント侯爵はそれに気付かない。


「王宮の意向なので仕方なく従うことにしましたが、国民を危険に晒すわけにはいきません! そこで私は王宮に掛け合い、呪いの館周辺からの住民の排除と、封鎖することにしました」


侯爵は国民のためと言っているつもりだが、排除という言葉を使ったので、会場内から非難するような視線を向けられた。それも気付いていなかった。


「しかし、宮廷魔術師筆頭のバルモアが数日で調査を終わらせたにもかかわらず、エクレアはいつまで経っても報告を上げず、ついには宮廷魔術師の仕事を放り出して、逃げてしまったのです」


会場中がドロテアと一緒にいるエクレアに視線を向けるが、エクレアはクッキーの美味しさに喜び、王妃たちと小声で談笑していた。


誰もが逃げ出したエクレアが、何故ドロテアや王妃と楽しそうに話しているのか疑問に思うのであった。


侯爵はもちろんそのことに気付くことなく、さらに話を続ける。


「私は国民を守るために苦渋の決断をして、住民の排除と封鎖を命じた商業ギルドのギルドマスターに、私が直接頭を下げ頼み込み、封鎖地区の買い上げをして、呪いの館周辺を恒久的に封鎖するための壁を造る費用を私が捻出して、壁の建築を終わらせたのです」


誰もが「お前はどれだけの金を持っていたんだ! また借金か嘘だろ!」と思っていた。侯爵は自分が冷たい視線で見られていることに、またまた気付いていない。


宰相や国王もこれほど愚かな主張をしてくるとは、驚きよりもそんな人物が国の重要な組織の長であることに情けなくなるのであった。


そんな落胆した様子の宰相と国王に気が付いたベルント侯爵は勘違いして、さらに得意満面になり、今が歴史の変わった瞬間だと思って話を続けるのであった。


「こうなっては仕方がない! 王宮の暴走を抑えるために、元老院が主導してドロテアを拘束して調査します。そして国に与えた損害賠償としてドロテアのテックス名義の知識遺産の差し押さえをします。そしてドロテアの係累であるロンダ准男爵の身柄を拘束し、ロンダ領を元老院の管理下に置きます!

よし、今すぐにドロテアを拘束せよ!」


ベルント侯爵がそう命じると、ドロテア達のいる来賓席に元老院騎士がなだれ込んできた。


しかし、その半数は王妃の護衛兵士に取り押さえられた。残りの騎士がドロテア達に近づこうとすると、ドロテアは面倒臭そうに指を鳴らすと、一瞬で残りの騎士にスタンの魔法を並列で放ち気絶させたのである。


その状況を見てベルント侯爵は呟いた。


「えっ、あれ? 魔術は封印されて使えないはずじゃ……」


呆然としながら天井に仕掛けた魔道具を見上げる。しかし、見える位置に魔道具があるわけではなく、普通に天井が見えるだけだった。


「愚かものぉーーー! 王妃陛下のいる場所に騎士を差し向けるとは反逆罪じゃ!」


宰相は怒りの声を上げる。


国王と宰相はベルント侯爵がこれほど愚かな暴挙に出るとは考えていなかった。あのドロテアに襲い掛かるなど、この建物ごと吹き飛ばされることもありえたのだ。


(あのドロテアを怒らせたら、王都が半壊するのだぞぉ!)


ドロテアが兵士を気絶させるだけの魔法を使ったことにも驚いたが、それ以上に助かったと思っていた。


宰相はすぐに近衛騎士にすべての元老院騎士を拘束するように命じる。


そしてベルント侯爵の目的がようやく判明したことに安堵して、ベルント侯爵を断罪できるとホッとするのであった。


これまで不正や犯罪の証拠は積み上がっていたが、何故これほどの暴挙を始めたのか理由が分からなかったのである。だからこそ、ここまで断罪するのを待ったのである。


まさかドロテアを拘束してテックスの知識資産を奪い、塩の供給元であるロンダを牛耳ろうとしているとは予想していなかったのである。


ベルント侯爵も裏で糸を引いていたデンセット公爵も、根本的な勘違いをしていたのである。ドロテアがテックスであり、彼女を自分達が手に入れれば、塩も知識も手に入ると思っていたのだろう。


そして、ドロテアを元老院兵士程度で抑え込めると何故思ったのか、不思議だと宰相も国王も、会場中の大半の貴族も思っていたのだった。



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