第32話 愚か者の断罪の序曲

朝食を終えみんなが出かけるのを見送って、『どこでも自宅』でゆっくりしようと2階に向かう。


あれっ、なんで?


「ミイはなんでここに居るの?」


あまり一緒に行動しないミイが、何故か一番後ろから付いてきていたので尋ねる。


「ひ、ひどいですぅ~、いつもはお母さんマリアと一緒なんだけど、お母さんマリアは王宮へ行ったから、今日は別行動なんですぅ」


マリアはドロテアと一緒に王宮に行くことになり、ドロテアの面倒だけで手一杯なので、ミイは置いていかれてしまった。


そして魔術師として訓練中で、レベルアップはしないように指示されていた。だから狐の守り人フォックスガーディアンと一緒にダンジョンに行ってもやることがなく、仕方なく宿に残っていたのである。


そしてテンマから邪魔者扱いされたような言い方をされて、少し不満そうに返答した。


「いや、ごめんね。気が付かなかったよ」


その謝罪を聞くとミイは余計に悲しくなった。邪魔者でもなく存在すら忘れされていたかと思ったのだ。


「大丈夫だよ。ピピはミイお姉ちゃんが一緒でうれしい!」


「ピピ、ありがとね、ミイも嬉しいよ!」


ミイは嬉しくてピピの頭を撫でる。


しかし、悪魔の囁きは突然やってくるのだ。


「うん、久しぶりにミイお姉ちゃんと訓練できるからうれしい!」


ミイは過去のピピとの訓練が走馬灯のように頭には浮かんでいた。


「そうか、それじゃあ、ピピはミイと頑張りなよ!」


「うん!」


俺はピピが嬉しそうにしているのを見てミイが居てよかったと思った。


何故か絶望したような虚ろの表情のミイが気になるが、D研へ移動する。


D研に入るとミイが狂ったように『どこでも自宅』に入ろうとしたが、ピピとピョン子に阻まれ、最後はピョン吉に体当たりをされて気を失ったようになっていた。


しかし、ピピが嬉しそうにミイを引きずって訓練場に向かったの。


うん、見なかったことにしよう!


『どこでも自宅』に入ると、リビングに移動してジジに膝枕してもらいながら、シルモフを堪能する。


この世界に来て、この場所でこの時間を過ごすのが、もっとも偉大な転生特典な気がする。


「テンマ様、私にも膝枕を……」


アンナが横からお願いしてくる。しかし、今日はまったりとした時間を過ごしたいから、アンナでは変な緊張をしそうだった。


「ゴメン、今日はジジがいい……」


現実と夢の狭間に意識が向かいつつアンナに答える。答えた瞬間からジジが俺の頭を撫でる手に優しさのオーラが広がった気がする。


あっと言う間に昼近くになり。ジジが優しく俺に尋ねる。


「私はお昼の準備に行ってきます。その間はアンナさんに代わりましょうか?」


「いや、一緒に食堂に行くよ。昼までお茶でも飲んで待っているよ」


そう言って顔を上げると、下唇を噛みジト目で何かを訴えるアンナが居た。


おい、イジケてますオーラを出すんじゃない!


「昼食後にジジが片付けをしている間は、アンナに膝枕してもらおうかなぁ?」


アンナの表情が一瞬でご機嫌な顔になる。


「それならゆっくり片付けをしますね」


ジジはアンナを見ながら話した。アンナは嬉しそうに何度も頭を縦に振っていた。


最近のジジは落ち着いた雰囲気が出ている。そして逆にアンナのドロテア化進行が急激に進んでいる気がする。


アンナもドロテア株ではなくジジ株に感染して欲しいものだ。


その後は普通に昼食を食べる。ミイは食欲ないようで、髪もボサボサにして気にする余裕がなさそうで、少し気の毒に思ったが、食事中に宿に何人も食事や宿泊をお願いにくる人が居て、落ち着かなかったので、ミイのことはあまり気にしないことにする。


「それじゃあ、また向こうに行こうか?」


昼食が終わったのでD研に戻ろうと声を掛ける。アンナが嬉しそうに首を縦に振り、ミイが涙目で首を左右に振りながらイヤイヤとするが、ピピに引きずられて一緒にD研へ向かうのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ベルント侯爵が王宮に馬車で到着すると、何人もの貴族が走り寄ってくる。


「おはようございます、議長閣下。いよいよですね」


取り巻きの法衣貴族が侯爵に嬉しそうに挨拶する。他にも50人近くがベルント侯爵を出迎えていた。


「うむ、お前達も不遇の立場によく耐えてきた。それも今日で終わり、新たな元老院の幕開けだ!」


「「「おう!」」」


ベルント侯爵は自分の味方が沢山いると思い、さらに機嫌がよくなる。


しかし、取り巻きの半分以上が法衣貴族たちの従者であり、実質は20人も元老院の法衣貴族はいなかった。

従者たちも愚かな主に注意することもできないような愚か者ばかりであり、主が利権の恩恵を受ければ、自分達もそのお零れがあると単純に考える愚かな従者たちであった。


それを遠巻きに気の毒そうに見つめる集団もいる。国王派と中立派の法衣貴族達である。彼らは既に宰相から彼らの不正の証拠を見せられ、彼らの行く末を知っている者達であった。


そして情けなさそうにその集団を見つめる者をいた。それは最近まであの中に一緒にいた法衣貴族たちで、すでに証言や証拠を宰相に提出して、なんとか廃爵や死罪だけは免れた者達であった。彼らは自分があれほど愚かな集まりに参加していたことを恥ずかしく思いながら見つめていた。


さらには複雑な表情で見つめる集団もいた。彼らは領地持ち貴族たちで、今回のことを何も知らないので、また元老院が余計なことを始めたと苦い気持ちになる者や、関わり合いにならないようにしようと思う者、さらには擦り寄って関係を良くした方がよいか迷っている者もいた。


すると顔色の悪い貴族が、息子に体を支えられながらベルント侯爵に近寄っていく。


「議長、お、お久しぶりです」


声を掛けたのは目の下に大きな隈のある、今にも倒れそうなコーバル子爵であった。


「おお、コーバル子爵ではないか。体調が悪そうだが大丈夫か?」


ベルント侯爵は関税の件でコーバル子爵からそれなりの貢物を貰っていたので覚えていた。


「体調は思わしくありませんが、そんなことを言っている余裕はありません。是非にも議長、ベルント侯爵閣下にお力をお借りしたいと思いまして、無理を押して参上させていただきました」


コーバル子爵は追い詰められていた。息子のシービックの件で追い詰められたが、デンセット公爵の力添えで関税の件で立て直そうとしていた。しかし、ロンダとまた揉め事が起きたが、契約上なにもできなかったのである。


デンセット公爵に手を借りようと王都に来たが、デンセット公爵は会ってもくれなかった。

何とか会おうと画策していると、今度はロンダから別経路で王都に向かう道が完成したと報告があった。


なんとしてもデンセット公爵に会わなければ困る事態になったが、デンセット公爵が病を理由に自領に帰ったと報告があったのは昨日の夜のことであった。


報告を受けて倒れたコーバル子爵だったが、すでに頼れる相手が元老院議長のベルント侯爵だけだったのである。これまではデンセット公爵の紹介でしか面会していなかったが、追い詰められたコーバル子爵は、この場に姿を現したのである。


「そうか、だが無理をするな。困ったことがあればなんでも相談に乗ろう」


コーバル子爵は涙を零して喜んだ。まさかこれほど簡単にベルント侯爵から前向きで温かい話をしてもらえるとは思っていなかったのである。


ベルント侯爵は困っている相手は貢物を持ってくる人物と思っていた。調子に乗っているということもあるが、侯爵にはコーバル子爵が困ってそうなので、たくさん搾り取れそうだと考えて、優しく接したのであった。


「よ、よろしくお願いします」


コーバル子爵は涙を零して頭を下げる姿を見た取り巻きの法衣貴族たちも、金の匂いがすると感じて優しくコーバル子爵に接するのであった。


ベルント侯爵は更に舞い上がり、取り巻きを引き連れて執務室に移動する。


執務室に入ると、元老院としての提案や訴えを誰がするのか打ち合わせをする。仮にも議長であるベルント侯爵は、建前として公平でなければならず、自分が発言するのはまずかった。


「安心して代わりを務めれば良い。最後に私がすべて調整したと宰相や国王に話をする。お前達は私の大いなる発言を心にして聞くが良い!」


それこそ危険な行為だと気が付かないベルント侯爵であった。


「「「おおおう!」」」


執務室は大いに盛り上がり、部屋には豪華な昼食が運ばれてくる。


「しっかりと食べて午後からの元老院議会で歴史を変えるぞ!」


酒まで振舞われ、さらに盛り上がる愚か者たちであった。

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