第31話 暗躍と再会
ゲバスは自分の商会に戻ってくると、すぐに指示を出していく。
「おい、お前はすぐに『妖精の寝床』へ行って見張りと情報を集めよ。今日中に『妖精の寝床』を焼き払うぞ!」
それを聞いた闇ギルドの面々は顔色を変える。『妖精の寝床』がA級冒険者に関わる宿で、あそこにはドロテアが滞在していることを知っているからだ。
「ゲ、ゲバスさん、それは無茶ではありませんか?」
話を聞いた1人が質問する。他の面々も頷いている。
「別にA級冒険者やドロテアを襲撃するわけではない。宿に居ない間に焼き払うだけだ。だからこそ情報収集を優先しろ!
お前は各門の見張りを強化させろ。A級冒険者のバルガス達がダンジョンに向かったかの確認と、戻ってきた時にいち早く情報を伝える体制を用意しろ」
A級冒険者やドロテアと直接やり合うわけでないと知ると、ホッとした雰囲気が流れ、指示された者が数人を連れてそれぞれ出ていく。ゲバスは残った者に他の指示を出す。
「お前は実行犯の用意と監視をしろ。実行犯は……、王都に来て短いゴロツキを集めろ。『妖精の寝床』がA級冒険者やドロテアに関係する宿だと知らない奴が良い。知っていれば尻込みするし、高い金を要求されるからな。フハハハ」
指示された者の数人がすぐに出ていく。ゲバスの商会は大きな3階建ての建物だが、歓楽街の近くにあり、商談が中心で、一般の客が来るような商店ではなかった。裏口からは隣の歓楽街の店に繋がっており、飲み屋や娼館などの経営をしていた。
そこに出入りするゴロツキで、金でどんな仕事をするような者達も、闇ギルドが経営する飲み屋や娼館に滞在しているのである。
すぐに4人のゴロツキが金貨5枚で依頼を受けることになり、別室で待機させた。
情報を集めに行った連中から、バルガス達はダンジョンに向かったと報告が入り、ドロテア達が馬車で出かけた報告も入った。
「宿には
ゲバスはホッとしながらも念を押して確認する。
「はい、宿に出入りする業者や周辺にも聞き込みをしました。冒険者たちもバルガスを中心に、ダンジョンへ向かったことは門の監視からも報告を受けています。
念のために宿の予約をする振りして探らせましたが、宿の関係者以外は子供ぐらいしか居なかったと確認しています」
子供は近所の知り合いか、もしくはドロテアの知り合いの可能性もあるが、自分達の依頼の障害にはなりそうにない。ゲバスは子供だろうが気にすることもないし、逃げたとしても今回の依頼には関係ない。
ゲバスは簡単すぎる依頼に笑いが出るのを堪えて計画を考える。
「昼にはまだ早いが、昼飯に誰か戻ってくるかもしれん。昼飯時を過ぎた頃に実行させろ!」
ゲバスはそう命令すると、宿が焼き払われた報告をゆっくり待つことにするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ドロテア達は王宮の裏口から秘かに中に入っていった。すでに3人はテンマから新たに貰った魔道具で認識阻害を使っていた。
裏口から入ると認識阻害を解除してドロテアは愚痴を溢す。
「私はテンマと一緒にのんびり過ごしたかったのじゃ。このような事態になったのは王家の責任なのだから、自分達で始末をつければ良いのじゃ!」
露骨な王家批判にマリアとエクレアが止めようとしたが、すでに正面には迎えが来ていた。
「ドロテア先生、お久しぶりで御座いますわ」
豪華な衣装を着て、頭にはティアラまで着けた40歳前後の女性が3人を出迎えていた。その女性に気付いたマリアとエクレアはすぐに跪いた。
「おお、シャノンではないか。元気にしておったか?」
マリアとエクレアは跪いた状態で顔色を変えていた。マリアが慌ててドロテアのローブを引っ張る。
「なんじゃ?」
ドロテアはローブを引っ張られて、マリアに問いかける。
「あ、相手は王妃陛下で御座います!」
マリアが小声でドロテアに話す。王妃も聞こえているが笑顔のままであった。
「んっ、公でない場所ではいつもこんな感じじゃぞ。シャノン、変えた方が良いのか?」
ドロテアはいつもと同じ感じで王妃に尋ねる。
「絶対にイヤですわ! 公の場では仕方なく呼び捨てにしていましたが、それすらも我慢しているのです。先生はいつまでも私の先生でいて下さいませ」
王妃は丁寧に頭を下げてドロテアにお願いする。周りにいる護衛の女性騎士達も特に気にする感じでもなかった。
マリアは諦めるようにローブから手を放す。
「それよりも、私の方が老けてしまいましたのが悲しいですわ……」
王妃は悲しそうに話した。しかし、年齢を感じさせない気品と美しさがあり、ドロテアと話すときには無邪気な笑顔を見せて、さらに若く見えるのであった。
「確かに老けて私より年下には見えなくなったのじゃ」
ドロテアの発言にマリア達だけでなく、護衛の騎士達も顔色を変える。
「こればかりは魔力量が増えないと無理ですわ」
王妃はドロテアの発言を気にすることはなかった。
「ふむ、シャノンが年上に見えるのも嫌じゃな。ほれ、これを使えば何とかなるじゃろう」
ドロテアはアイテムボックスから手元にあるものを出すと王妃に手渡した。
「これは、なんですの?」
王妃はそれが何か分からずにドロテアに聞き返す。
「んっ、若返りポーションじゃ。飲めば10歳ぐらい若返るはずじゃ」
ドロテアは普通に答えたが、王妃は驚いてポーション瓶を落としそうになり、慌ててそのポーション瓶をしっかりと握りしめた。
エクレアと周りの護衛も驚きで固まり、マリアを慌ててまたローブを引っ張った。
「今度はなんじゃ?」
「勝手に献上してテックス様に怒られませんか?」
マリアは小声で話す余裕もなく、普通にドロテアに問いかけた。
「だ、大丈夫じゃ。テックスは私にくれたのじゃ、私が貰った物を好きにして文句は言わないはずじゃ! ……たぶん」
マリアはこの場でこれ以上反論はできないと諦めて、ローブから手を放す。
「本当によろしいのですの?」
王妃はそう確認するが、手元の若返りポーションを握りしめ返す雰囲気はない。
ドロテアは心配そうにマリアを少し見てから答える。
「返して、」
「ありがとう存じます。私は何時までもドロテア様の弟子で妹ですわ」
王妃はドロテアの返事を遮り、感謝を述べて若返りポーションを胸元にしまった。
「う、うむ、これからも頼むのじゃ……」
マリアはジト目でドロテアを見て、ドロテアはその視線を感じて目を逸らすのであった。
王妃は微笑みながらその様子を見て、すぐに話を変える。
「シャルロッテ、こちらにいらっしゃいな」
ドロテア達は王妃に意識が集中していて、王妃の後ろの少女に気付いていなかった。
王妃に声を掛けられたシャルロッテと呼ばれた少女は、一歩前に出て挨拶する。
「初めましてドロテア様、第1王女のシャルロッテと申します」
シャルロッテは挨拶の最後に綺麗なカーテシーをしてみせた。
「ずいぶん大きくなったようじゃ。確かアーリンと同じ歳だったはずじゃな?」
ドロテアはシャルロッテが小さい頃に会ったことがある。しかし、それを覚えていないシャルロッテは初めて会ったと思い挨拶をしたのだ。
「はい、先日貴族学校の入学式でアーリン様にはお会いしました」
シャルロッテはアーリンより少し大人びてはいるが、それでも13歳ということでまだ幼い雰囲気が残っていた。顔つきは母親のシャノンに似ていて、高貴な雰囲気の美少女であった。
「シャルロッテは私よりも魔術の才能がありましてよ!」
王妃は嬉しそうにシャルロッテを見ながら話した。
「そうか、それならアーリンとも仲良くできそうじゃ。アーリンは私以上に魔術の才能があるのじゃ」
「まあ、本当ですの!? それはぜひ友達にならないとダメですわね」
王妃はシャルロッテを見ながら話した。しかし、シャルロッテは困ったような表情をしている。
「し、失礼ですが、アーリン様は騎士になられるのでは?」
「そうですの? 貴族の女性が騎士を……?」
王妃も答えに困る。
シャルロッテが何故そんな話をするのか理解できなかった。場合によってはドロテアの面子を潰すことになるのだから、そう思っても言わないのが普通のはずである。
シャルロッテも困った表情をして説明する。
「入学確認試験で、アーリン様は生活魔術以外の魔術を使えなかったですわ。その代わり剣術については試験官の女性騎士とそれなりに打ち合って、試験後に女性騎士へ勧誘されていましたわ」
入学確認試験は貴族学校に入る前にどういった能力があるか確認する試験で、確認はするが別に不合格もないし、専攻するコースも自由である。貴族であるから、能力が足りなくても家の方針で専攻するコースが決められることがあるからだ。
「あら、それは珍しいわねぇ」
王妃はそう話しながら護衛の女性騎士を見た。すると護衛騎士の責任者が答える。
「ロンダ准男爵家のアーリン様のことは私にも報告が上がっています。剣士の才能あふれるお嬢様で、試験を担当した騎士も是非にも騎士団に迎えたいと言っておりました。
しかし、本人は魔術師になると言って断わったようで御座います」
王妃な騎士の話を聞いて、改めてドロテアを見ると嬉しそうに微笑んでいた。
「魔術はまだ一切教えていないのじゃ。体力もなく剣術なども全くできなかったアーリンをテン、テックスに預けて鍛えてもらったのじゃ!
クククッ、テックスを怒らせて、魔力量は増やす訓練はしたが、罰として体を鍛えることを優先させたのじゃ。8歳のピピに負けるアーリンでは騎士になるのは無理じゃのう」
ドロテアは楽しそうに答えると、その答えに納得できなかった女性騎士が反論する。
「い、いくらなんでもあれほどの者が、8歳の少女に負けるはずはありません!」
少し若い女性騎士が無断で発言して他の騎士に窘められている。彼女がアーリンの試験を担当した騎士だったのである。
「ドロテア様、ピピを普通の8歳児と一緒にしてはダメです。テックス様とバルドーに鍛えられて彼女は私でも魔法無しでは勝てません」
マリアの話を聞いて護衛の騎士達は逆に息を飲んで沈黙する。バルドーのことも驚きだが、A級冒険者のマリアが8歳児に勝てないということに驚いたのである。
マリアが魔術師としてA級冒険者であることは知っていて、A級冒険者になるにはそれなりの剣術や体術などもできないと成れないのである
「本当に大賢者テックス様はわたくしの常識では測れないお方のようですわね」
王妃がそう話し、移動して話をすることになり全員で移動を始めるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
国王の執務室で国王と宰相は今日の元老院のため、最後の確認を終わらせたところであった。
「これで予定通り進むはずです。明日からはまた忙しくなりそうですな」
宰相が書類を片付けながら国王に話す。
「確かに忙しくなりそうだが、心配事も増えそうじゃな……」
国王は疲れた顔で呟いた。
「心配事とは何でしょうか? 問題のある元老院や法衣貴族は今回のことで片が付くと思いますし、デンセット公爵は野放しですが、塩がロンダから入ってきましたので、これまでのような横暴も無くなりましょう?」
「そうだ、しかし新たな問題が出てきたではないか」
国王は真剣な表情で宰相に話す。
「それは大賢者テックスのことですな。今のところは国にとって好ましいことが多かったですが、確かに問題ではありますな」
宰相もテックスのことは悩ましいとこであった。
「金や権力に興味ない相手に、戦略物資の塩と魔術師を握られることになるのだ」
「たしかに大問題ですな。その気になれば国さえ奪えそうですなぁ」
「他人事のように言うでない!」
宰相も他人事とは思っていないが、現状では良い方策も思いつかなかった。
「血縁関係でも結ぶぐらいですか……?」
「取り敢えず第1王女を嫁がせるしかあるまい。しかし、相手の素性が全く分からぬではそれもできぬ。本来ならバルドーに調査を頼むところじゃが、そのバルドーも……」
「相手方に握られていますからな。テックス殿がまともな人物であれば宜しいのですが……」
国王と宰相はテックスがどのような人物か想像するしかなく、それ以上話しても仕方ないと諦めるのであった。
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