第30話 愚か者の策略

バルドーさんと話し合いが終わって送り出した後に、俺はすぐに寝てしまった。


朝食にみんなが集まり、今日の予定を確認していく。


「ドロテアさんとエクレアさんは王宮に行くんだよね?」


「うむ、面倒だが仕方ないのじゃ」


「私は当事者でもありますから行きます」


「私はお姉さんの護衛で一緒について行きますわ」


ドロテアさんは嫌そうに答え、エクレアさんは仕方ないという感じで答えた。マリアさんは護衛という名のドロテアストッパーになるのだろう。


「バルガスと狐の守り人フォックスガーディアンはダンジョンに行くんだよね?」


「もちろん!」


ミーシャが当然だという感じで言う。


「転送部屋が独占できるのも少しだけだからな。今のうちに利用させてもらうつもりだ」


バルガスの言うとおり、冒険者ギルドが転送部屋を公表すれば、混雑が予想される。


「テンマはどうするのじゃ?」


「う~ん、今日はダラダラと『どこでも自宅』で過ごそうかな?」


バルドーさんも居ないし、この数日は忙しかったのでゆっくりしようと考えていた。


「ず、ずるいのじゃ!」


なにがずるいんだ!?


「連日、研修施設の建設で頑張っていたんだから構わないだろ。ドロテアさんは俺より忙しかったのかい?」


「も、問題無いのじゃ。たまにはゆっくりと休むと良いのじゃ!」


相変わらずだなぁ~。


今日はシルモフとジジ枕の日にしよう!


「テンマ様がお疲れのようなので、私の知っているマッサージで疲れを癒して差し上げます」


アンナが予想外の提案をしてきた。


「マッサージってどんな感じのかなぁ?」


少し不安に思い質問する。


「そうですねぇ~、ローションマッサージと言えばテンマ様なら分かるのではありませんか?」


くっ、何やら危険な香りがするぅ。


もちろん普通のマッサージの可能性もあるが、先日の浄化や下着のことを考えると、なぜかもの凄く不安に感じるぅ。


最初は潔癖な感じがしたアンナだが、今ではその面影は全くない。


「や、やめておくかな……」


「なぜですか? 疲れも取れてスッキリしますよ。(ニヤァ)」


アンナは普通に話したが、俺には最後に幻の微笑みが見えた気がした。


「今日はシルモフとジジの膝枕でゆっくりすると決めたから……」


アンナが残念そうに引き下がってくれたが、少し興味はある……。もう少し体が大人になったらお願いするかな……。


朝食が終わると、それぞれが予定に合わせて行動を始めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ベルント侯爵は最高の朝を迎えていた。


このところ忙しく執務をしていたので、昨晩は軽く酒を飲むと熟睡してしまったのだ。

そして、目が覚めて今日が自分の最高の舞台になると思い出し、ずっと笑顔を絶やすことなく朝食を食べるのであった。


屋敷の使用人たちは、朝はいつも不機嫌そうにしている侯爵が笑顔で食堂に来たことに、内心で驚いていた。そして誰もが同じことを考えていた。


(((何か悪いことが起きる前兆みたいだ!)))


そこに侯爵家の執事がやって来た。


「侯爵様、デンセット公爵の体調が思わしくなく、昨日公爵領にお戻りになられたそうです。それに従者も一緒に……」


まるで逃げ出すようにデンセット公爵と従者が王都を離れたのである。執事は不穏な雰囲気を感じて侯爵に言い辛そうに報告する。


しかし、侯爵はすでにデンセット公爵に頼る必要が無いと考え、逆に主導権を握られることがないと思い嬉しく感じた。


執事は報告を聞いた侯爵がさらに笑顔を見せたので、他の使用人と同じように考えていた。


(侯爵家に悪いことが起きる前兆ですね……)


「問題ない。元老院は議長の私が居れば安泰だ!」


その根拠のない自信に屋敷の全員が不安を感じるのであった。


「それと、ゲバス様が朝から屋敷に来られています。お会いになりますか?」


ゲバスは王都の闇ギルドのまとめ役で、普段は商人に扮している。彼はタランティからベルント侯爵との連絡役を頼まれていた。接触し過ぎずに連絡役だけに徹するように指示されていた。


「そうじゃな。頼みたいこともあるから会おう」


「では、応接室に通しておきます」


執事はそう話すと食堂から出て行く。


ベルント侯爵はゆっくりと朝食を食べてから応接室に向かった。


部屋には商人らしい、ブクブクに太った男が笑顔だが油断でない目をして待っていた。


「今日という最高の日に、最初に尋ねてきたのがお前だとは縁起が悪いな」


侯爵は醜く太ったゲバスを馬鹿にするように話した。


「これは、これは、手厳しい。噂ではベルント侯爵閣下の周囲には金の匂いがプンプンとしているとお聞きしまして、お力になれることがあるのではと思いまして、顔を出させて頂いた次第です」


ゲバスは同じ闇ギルドの幹部であるタランティに命令されたことに腹を立て、利益を上げれば文句を言われないだろうと、自分からベルント侯爵に会いに来たのである。


タランティもゲバスのことを嫌っており、情報を与えずに命令だけ伝えていたのである。


ゲバスは独自の情報網でベルント侯爵周辺が活発に動き出しており、近いうちに大変な利権を手にすると情報を手に入れていたのである。


「ふん、調子の良いことを言う奴だ!」


侯爵はゲバスが闇ギルドの人間であることは知っていた。これまでは女の調達程度しか頼んでいなかったが、今後は自分が主導して色々と動くとなると、これまでにない新たな手段があればと考え始めていた。


(私の指示に従わない者は何をしても構わぬはずだ。私は伝統ある元老院の議長だからな)


侯爵としては良いタイミングでゲバスが尋ねてきたと考えていた。


「侯爵閣下がなされることに、私がお役に立てることがあると思いますが?」


ゲバスは嫌らしい笑みを浮かべて、侯爵に問いかける。


侯爵は試しにゲバスを使ってみようと考えていた。


「お前はどれほどの事ができるのだ?」


「何なりとお申し付けください。対応できない事とはほぼ無いと思っていますが、難易度によって金額は変わります」


ゲバスは自信満々に答える。もちろん対応できない事もあるが、難易度が高ければ時間も掛かるし、できないことは払えない金額を言えば良いだけだと考えていた。


侯爵は探るようにゲバスを見つめながら話した。


「ドロテアが滞在している宿は分かるか?」


ゲバスは予想外の相手の名前を聞いて内心では動揺していたが、表情には出さずに返答する。


「もちろんで御座います。ドロテア様は冒険者パーティーの妖精の守り人ピクシーガーディアンが実質運営する『妖精の寝床』に滞在されていると聞いております」


王都中に情報網を持つゲバスは、警戒すべき相手の情報は収集していた。妖精の守り人ピクシーガーディアンと揉めることは闇ギルドとしても避けたい事態なので、普段から闇ギルドは関わらないようにしていた。

そしてドロテアが滞在するようになった情報はすぐに闇ギルドに伝わり、今はあの付近での闇ギルドの活動は一切停止していた。


「ドロテアの始末は可能か?」


ゲバスは侯爵の言葉が信じられなかった。A級冒険者が一緒に行動していて、ドロテア本人が一番危険な相手である。


「あのドロテア様をですか。始末することは可能ですが、国家予算並みの報酬でも足りませんよ?」


できないとは言えないので、絶対に支払えない金額を提示する。


「ほほう、金を用意すればできると言うのだな?」


侯爵もできるとは思っていないし、頼もうとは思わないが、ゲバスの返答を聞いてさらに興味が湧いて追及する。


「はい、正面からは無理でも闇ギルドわれわれの手段なら可能かと思います。それでも、相当な準備と人材が必要になりますので、相当な費用を前払いして頂くことになります」


それらしい答えをしながら、相当な費用が必要だから無理だと思わせるように話をする。


ベルント侯爵はゲバスの返答を聞いて、予想以上に使える男だと認識を改めていた。

自分では不可能なことを可能だと言い切るゲバスを頼もしく思い、自分の手足として使えば、さらに金を生み出してくれると思った。


(金は必要だが、上手く活用すればそれ以上の金になるな!)


そう考えた侯爵は念のためにゲバスを試すことにする。


「『妖精の寝床』を焼き払ってくれ。別にドロテアや妖精の守り人ピクシーガーディアンを殺す必要はない。奴らが居ない時を見計らって、宿を燃やすだけだ。それなら簡単だろう?」


侯爵は深く考えた依頼ではなかった。一見難しそうでいてそれほど困難でもない仕事を彼が実際にできるのか確認したかっただけだ。


ゲバスは侯爵の提案に最初は驚いたが、儲けになるとすぐに気が付いた。

ドロテアや妖精の守り人ピクシーガーディアンが居なければ、それほど難しい仕事でもない。使い捨てのゴロツキにはした金を握らせれば実行するだろう。

慎重に実行する必要はあるが、一見難しそうだからこそ高い報酬を請求できるのだ。


「可能ですが、それなりにリスクもあり、特Aの相手が敵になる可能性もあります。報酬は金貨2千枚になりますが宜しいでしょうか?」


ゲバスは金貨百枚も必要ないと考えていたが、儲け時だと思って吹っ掛けてみる。


侯爵は相場など全く分からなかったが、それぐらいなら払えると考えてさらに注文を出す。


「今日中にやれ!」


どうせなら侯爵は縁起の良い今日が良いと考えた。元老院で国王に頭を下げさせ、自分の言う事を聞かない相手に、ドロテア相手でもやる男だと暗に思わせるだけで良いのだ。


「それでは緊急対応で金貨3千枚になりますがよろしいでしょうか? 今日中になると調査に人員を割く必要もありますし、費用も掛かってしまいます」


ゲバスは、相場の10倍の金額でこれほど簡単に侯爵が支払いに応じるとは思わなかった。内心では上客を捕まえたと高笑いをしていたが、それならと追加で報酬を上乗せしたのである。


「ふむ、すぐに用意して先払いしてやれ!」


侯爵は金払いの良い所を見せて、今後の関係を良くしたいだけだった。ゲバスは全額を前払いで貰えるとは考えていなかったので、必死に笑いだすのを我慢していた。


執事はこれほど愚かな行為を始めた自分の主に危機感を覚えていたが、反論できる立場に無いので粛々と指示に従い、金庫から金貨3千枚を運ばせて、ゲバスに渡した。


侯爵がご機嫌で王宮に出発した後で、執事は家族を王都から逃がすのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



デンセット公爵は早めに目を覚ますと、昨晩のタランティの発言や逃げるように出て行ったことを改めて思い返していた。


(もしかして、何か予想外のことが起きているのか?)


自分自身も何度も危険な事態にあった事のあるデンセット公爵は、本能で不安を感じていた。


すぐに全員を集めると、早めに自領に戻る事を最優先すると伝え、すぐに町を出発したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る