第33話 演壇の愚か者

元老院の会議場は王宮の横に正方形の形で建てられていた。中央内部には円形に近い大会議場があり、元老院の法衣貴族の席が1段低い場所にあり、正面には議長や役職を持つものが並んでいた。


少し高い場所の左手には領地持ち貴族が並び、右手には王宮の大臣や高位の役人が並んでいた。そして議長とは反対側の正面の高い場所に国王と宰相が座っていた。


それ以外にも来賓用の席が何か所も設けられ、元老院兵士が各所で警備していた。


中央の演壇で今もベルント侯爵から指示された法衣貴族が発言していた。


「ダンジョンに階層転移の部屋が見つかった以上、今後はダンジョンの管理は、法衣貴族からなる新しい部署で管理することを提案します」


得意満面な表情で提案を終えると、侯爵の取り巻きの貴族たちが拍手を始め、それにつられるように他からも拍手が起きた。


思ったより反応が良くなかったが、ベルント侯爵は強引に推し進められると信じて疑わなかった。


「それでは、」


「それはできん!」


ベルント侯爵はその提案の採決を取ろうとしたが、それを遮るように宰相が発言した。


「宰相閣下、彼の提案を勝手に反対するのは止めていただきたい」


ベルント侯爵は議長の自分を無視した宰相にムッとして注意する。


「冒険者ギルドは国の組織ではない。国と冒険者ギルドはすでに正式な契約でダンジョンの管理を任しているのだ。その契約を無視することは許されないし、それを元老院が勝手に変える提案など許されん。すでにその件については冒険者ギルドから王宮に報告があった。経済を活性化するためにも、冒険者ギルドが階層転移の部屋を管理するが、最低限の管理費だけにすると報告を受けている」


「勝手にそんなことをするのは横暴だ!」


宰相の説明を聞いて、ベルント侯爵は大きな声で叫んだ。


宰相は気の毒そうにベルント侯爵を見て答えた。


「報告を受けただけで何かをしたわけではない。現状の冒険者ギルドとの契約範囲で報告を受けただけで、何が勝手で、何が横暴なのだ? 王宮への侮辱ともとれる発言をしたからには、納得のいく説明をしてくれるだろうな?」


ベルント侯爵は何も考えていなかった。冒険者ギルドとの関係など全く理解していなかったのだ。侯爵は国内の組織なら好きにできると思っていただけである。


会議場は静寂に包まれ、提案した法衣貴族も顔色を変えて真っ青な顔で震えていた。


これまではデンセット公爵から紹介された従者が全て根回しをして、王宮が反論できないギリギリで元老院が主導権を握ってきた。


そんな根回しや準備をしていたとは知らなかったベルント侯爵は、何の根回しも正当性がなくても強引に進めれば上手くいくのだと勘違いをしていたのである。


ブルブルと怒りで震えながらも、答えることのできないベルント侯爵を宰相は見て、あまりに稚拙な発言に逆に困っていた。これでは本命の追及前に彼を断罪することになってしまうからだ。


宰相は大きく息を吐くと、助け舟を出してやる。


「ふぅ~、侮辱ともとれる発言は撤回して謝罪するなら、今回は許そうと思うが、どうする?」


周りも明らかにベルント侯爵の失態だと感じていた。しかし、本人は納得できず拳を握り締め黙り込んでしまった。


「謝罪しなければ、侮辱罪で牢に入ることになるんだぞ。それで良いのだな!?」


宰相は静かだが威圧を込めた声で話した。


宰相の威圧と牢という言葉を聞いて、ベルント侯爵は焦って顔を上げる。

そして、領地持ち貴族だけでなく法衣貴族からも呆れた顔で自分が見られていて、ようやく自分が追い詰められていることに気が付いた。


「も、申し訳ありません。しかし、議長の私の許可なく宰相閣下が元老院で発言したことを注意するつもりで、間違った発言をしたようです」


それでも、ベルント侯爵は謝罪しながらも、嫌味を混ぜて答えた。これには宰相だけでなく会場に居る誰もが驚いた。


まさか、そんな稚拙な言い訳をするのかと……。


「まあ良い。もう少し注意して発言せよ!」


宰相は、ここで強硬にベルント侯爵を拘束することもできたが、明確な不正を追及したかったので、見逃すことにした。


ベルント侯爵も冒険者ギルドのことは、たいして実入りがあるわけではないとすぐに切り替えて、次の議題に移すのであった。


しかし、このことでまだ少しだけ迷っていた法衣貴族や領地貴族たちも、完全にベルント侯爵に見切りを付け始めていた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



今度は3人の法衣貴族が演壇に上がり、報告をしていた。


「元老院議長であるベルント侯爵の指示で、王宮が見積もっていた費用の8割ほどで、元宮廷魔術師のドロテアに道路の整備を依頼しました。これが契約書と領収書になります。緊急性も高いと判断して、費用はベルント侯爵が立て替えてくださいました。整備事業は終了していますが、正式な国家事業として費用の支払いを要求します」


自信満々で演壇に上がった法衣貴族は報告をした。

彼らはこの提案で自分達も多額な分け前がもらえると、欲望の籠ったギラギラした目をしているのだった。


「この件は王家からも急かされていたので、費用も安くなることから私が緊急で、その3名に指示して進めさせました。本来であれば先に提案すべきですが、時間的な余裕もなかったので、勝手に進めたことをお詫びします。

ですが早急に対処する必要もあり進めさせました。国の為に多少の自腹は覚悟していますが、なにとぞご考慮をお願いします」


「「「おおお~」」」


これには領地持ち貴族たちも驚きの声を上げる。


ベルント侯爵は金など出していないが、それらしく話をできたと得意満面だった。


「良いかな? その契約書と領収書を見せてもらえるかな?」


宰相がベルント侯爵に尋ねる。


「宰相閣下にお見せしなさい」


ベルント侯爵は演壇の法衣貴族に指示する。法衣貴族の1人が書類を持って宰相の下へ行き書類を渡す。宰相はその書類を確認すると、さらに質問する。


「契約が3日前になっているが、道路整備はその前に始まっていたはずだ。これはどういうわけかな?」


「そ、それは……」


法衣貴族は動揺して答えられなかった。


「き、緊急性が高かったので、正式契約は遅れてしまったと聞いています」


返答に困る法衣貴族を見て、ベルント侯爵は慌ててフォローする。


「では、何時頃からこの件を進めていたのだ?」


さらに宰相が追及すると、法衣貴族は焦って答える。


「た、確か1ヶ月前です!」


「それは変ではないか? ドロテアが王都に来てそれほど経っていないはずだが?」


「そ、それは、私が良い案を考えるように彼らに指示したのが1ヶ月前ということです。ドロテアと交渉を始めたのは、ドロテアが王都に来てからです!」


ベルント侯爵は、まともな誤魔化しもできない法衣貴族に舌打ちしながらも、必死にフォローする。


「それでは、お前達がドロテアに直接会って交渉したのだな?」


「「「はい」」」


3人の法衣貴族は宰相の質問に返事した。それを聞いた宰相は書類を持って隣の来賓席に移動する。そしてそこの女性に書類を見せて何か問いかけていた。


ベルント侯爵も宰相が何をしているのか不思議に思いながらも様子を窺う。


「こんな契約書など見たこともないのじゃ。署名も私ではないのじゃ!」


ドロテアが書類を見て答えると、横からマリアがドロテアに耳打ちする。するとドロテア達の認識阻害が解除され、誰もがドロテアとマリア、そしてエクレアがそこに居ることに初めて気が付いた。


「「「おお~」」」


しかし、3人の法衣貴族はドロテアに会ったこともなく、マリアとエクレアを見知っているがドロテアを知らなかったので、不思議そうにドロテアを見るだけだった。


「これはどういうことだね? 契約したはずのドロテアが知らぬという。それにドロテアに依頼したのは、国王陛下であり契約書もこの通りここにある」


「その通りじゃ!」


ようやく法衣貴族の3人もまずい事態だと顔色を変えて、ベルント侯爵に助けを求めて目を向ける。


しかし、ベルント侯爵は彼らを見ることなく、ドロテアを見て笑顔になっていた。

ベルント侯爵はデンセット公爵と進めてきた計画を思い出して、それが本命であり、一番の利益になると思い出し、そしてドロテアがこの場に居ることが、一番有利に話を進められると心の中で考えていたのだ。


「そいつらは国を騙そうとした者達だ、即座に拘束して取り調べをせよ!」


宰相は近衛騎士に命じると、近衛騎士達が即座に3人の法衣貴族を捕縛に向かった。


「お待ちください。彼らのことは元老院で調査します!」


ベルント侯爵も彼らのことを思い出して、自供されたらまずいと考えて、焦って宰相に訴えた。


「何を言っている? 元老院には犯罪者の調査権限はない。それともベルント侯爵が指示していたと言ったが、犯罪の指示をしていたのか?」


宰相に言われて、ベルント侯爵は反論できなくなった。しかし、自分が関与している証拠は彼らの証言だけで、物証は無いと思いだし、彼らを切り捨てることにした。


「いえ、私も騙されていたので自分で調査したいと思っただけです。全てお任せします」


「話が違う!」「騙したな!」「聞いてないよ~」


3人の法衣貴族たちは口々にベルント侯爵に文句を言っていたが、ベルント侯爵は関係ないと彼らを無視するのであった。


「ベルント侯爵、この費用は王家でも用意できぬほどの金額だが、そなたの資産でどうにかできる金額ではないはずだ。どこからこれほどの金を用意したのだ?」


宰相が鋭い表情でベルント侯爵を問い詰める。


「足りない分は、商業ギルドにお願いしてお借りしたのです。国のためと思い、商業ギルドのギルドマスターに自ら頭を下げてお願いして借りたのです」


自分でもスラスラと嘘が出てくることにベルント侯爵も驚いた。


「ほう、だが騙されたとなれば、その借金は全て侯爵の負担になる。それなのに余裕があるのは不思議じゃのぉ?」


「正直、困り果てております。しかし、だまし取られた金や彼らの資産は、私に返還してもらえますよね」


「それは調査次第だ。商業ギルドとの借用書や彼らに金を渡した明細も必要だぞ」


「それは後日提出いたします」


書類の偽造や商業ギルドとの口裏合わせをしようと考えながら侯爵は答える。


「ふん、偽造書類はすぐに分かるからな。一度休憩にするぞ!」


「わかりました。1時間ほど休憩にして、再開しましょう」


宰相は稚拙な彼らの計画にいい加減うんざりしていた。本命の追及の前に休憩が欲しいと思ったのである。


ベルント侯爵は休憩中に裏工作をしようと考えていた。本命の計画が残っており、それさえうまくいけば、ここまでの失態は覆せると考えていた。


そしてドロテアがいれば、すべてが今日で片が付くと考えていた。念のために宰相に確認する。


「この後もドロテアは残られるのでしょうか?」


「今日は最後まで客として招いてある」


宰相が答えると、ベルント侯爵は嫌らしい笑みを浮かべるのであった。

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