第7章 王都動乱
第29話 デンセット公爵
王都から馬車で1日の町にデンセット公爵一行は宿で休んでいた。
それほど大きな町ではないが、国の主要な街道沿いということもあり、宿などは様々なランクも揃っていて、その中でも最上級の宿の最上階を借り切っていた。
「まさかバルドーが戻っているとはな……」
「もしかして、我々が動き出すように仕向けてきた可能性も……」
そう答えたのはベルント侯爵の従者をしていた男である。
「それはないなぁ。俺が調査した感じでは間違いなく辞めていた。例のロンダのテックス関連で仕事をしていたのも確認してある」
答えたのは闇ギルドの幹部のタランティであった。言葉遣いは悪いが見た目は普通の男である。闇ギルドは非合法な組織であるが、彼は暗殺とか諜報活動がメインの仕事である。
「私の情報でも、国王や宰相の周辺でバルドーが辞めたことで相当な混乱が起きていたのは間違いありません。特に宰相は相当に焦っていましたから、バルドーが辞めた事に裏は無かったはずです」
そう答えたのはデンセット公爵家の執事である。
彼はデンセット公爵家が張り巡らした情報網の取りまとめをしていた。王宮や他の貴族にも多数の密偵を忍ばせ情報を集めている。
王家出身のデンセット公爵だからこそ、王宮にも協力者が残っていた。それでも先代国王の時にバルドーが採用されてからはその情報も半減していた。
「これで打てる手がほとんど無くなってしまったではないか!」
デンセット公爵は顔を真っ赤にして興奮している。
すべては塩がロンダから供給されたことが問題の始まりであった。
ヴィンチザード王国の塩は8割以上を隣国のホレック公国から輸入していた。残りの2割は帝国から輸入していたが、頻繁に小競り合いが起きるために供給は安定していなかった。
デンセット公爵領はホレック公国と隣接しており、塩の供給をある程度調整できる状態にあった。価格や購入量は国家間で決められてたが、流通先を調整することで、領地持ちの貴族に影響力を行使してきたのである。
ロンダから塩が供給されることがわかると、すぐにコーバル子爵に手をまわして関税をかけるように働きかけた。
しかし、それに国王や宰相が難癖を付けて認められず、元老院から圧力をかけ、整備が先になるが関税は認めることになったのである。
デンセット公爵は資金援助までして、コーバルの整備事業を進めさせたのだが、気が付けばロンダから王都まで別経路の道ができていた。
結局コーバルへの支援は実質無駄となり、塩の供給による影響力が一気に落ちてしまった。
これまで塩欲しさにデンセット公爵に仕方なく妥協してきた領地貴族たちが、連絡すら取って来なくなったのである。
「これでは公国としても非常に困ります!」
従者の男が公国よりの発言をする。元々彼は公国から派遣されてきた工作員なのだ。
「だったら何とかしろ!」
デンセット公爵は他国の事よりも今後の自分の立場が心配であった。
「おいおい、喧嘩をしている場合じゃないだろ。それよりのんびりと公爵領に戻っていて大丈夫なのか?」
闇ギルドのタランティは心配そうに質問する。
「どういうことだ?」
デンセット公爵は不満そうに逆に尋ねた。
「バルドーは暗殺が得意だろ。戻って来たならそういう手段に出るんじゃないのか?」
タランティはある意味バルドーとは同業だからこそ、バルドーの恐ろしさを一番感じていた。
バルドーが行動に移せば、周辺にいる仲間たちが協力したとしても、運が良ければ逃げられる可能性があるかもと考えていた。それほどの実力差を感じていたのである。
「ふん、お前は奴のことを分かっていないようだな」
デンセット公爵はタランティを馬鹿にするように笑いながら言った。
「どういうことだ?」
タランティはデンセット公爵の表情を見て少し腹を立てたが、いつものことなので気にせずに聞き返した。
「奴はあれでいて自らの法に縛られておる。だから明確な証拠が無ければ暗殺などの手段をとらん。そうでなければとっくに儂は奴に殺されておるわ!」
タランティは少し信じられないと思った。しかし、それならこの
しかし、完全に信じることはできないし、すでに闇ギルドが公爵に肩入れする理由がないと感じていた。
だが、タランティは自分の判断で関係を断ち切ることはできなかった。
「だったら、
「何を言っておる! 領内に戻るまで護衛するのは当然のことだ。どれほどの金を払っていると思っているのだ!」
タランティも断られるとは思っていたが、できれば距離を取りたいと個人的に考えていた。
「あぁ、わかった。
「
デンセット公爵が執事に声を掛けると、封印された書類を公爵に渡し、公爵はタランティにそれを差し出した。
それを見てタランティは、デンセット公爵が最初から
「なんだよ、最初から俺に行かせるつもりだったんだろ」
書類を受取ながら愚痴のように文句を言う。
「別にお前じゃなくても構わん!」
公爵にそう言われたが、早めに彼らとは別行動したかったので、それ以上は何も言わずに書類を受け取るのだった。
「すみませんが、この手紙もお願いします」
従者の男は用意していた手紙をタランティに差し出した。
「報酬は出るんだろうな?」
「届ければ向こうで報酬を受け取れるように、手紙にも書いてあります」
「チッ」
他国まで届ける面倒臭い仕事だと思って舌打ちしたが、よく考えると他国まで自分が行くことは無いと思い直す。
「それじゃあ俺はこれで失礼するよ」
タランティはそう言うとベランダ側から姿を消してしまった。
「おい、警備を強化するように伝えろ。バルドーはともかく国王や宰相が最終手段に出てくる可能性もある」
「はい、それと……」
返事をした執事だったが、珍しく言い淀んでいた。
「なんだ、お前がそのような言い方をするとは珍しいな?」
デンセット公爵も珍しそうに尋ねる。
「実はエリクサーや万能薬、若返りポーションが大量に見つかったと話がありまして……」
テンマ達が手に入れたそれらの情報は、冒険者ギルドではギルマスとネフェルしか知られていなかった。ミスリル貨だけは1枚だけ冒険者ギルドに持ち込まれたことは公表されていた。
しかし、ギルマスの妻の1人が小遣い稼ぎで噂程度だと言いながら、デンセット公爵の情報網の1人に情報を売っていたのである。
デンセット公爵は以前から若返りポーションを手に入れる為に、長年に渡って冒険者ギルドから情報を手に入れていたのである。
「なんだと! 絶対に手に入れろ。脅しても金を積んでも何としても手に入れるのじゃ!」
執事はこうなることが分かっていたので、言い淀んでしまったのである。
「それが、手に入れるのは困難な状況です」
「なぜじゃ!」
「手に入れたのはA級冒険者のバルガス達だと思われます」
「それがどうした! 脅しはダメでも金なら奴も欲しかろう!?」
「バルガスはドロテアと一緒に行動しておりまして、バルドーもよく顔を出しているようです……」
デンセット公爵は予想外の名前が出てきて、驚いて固まってしまった。
またもやバルドーが絡んできたのである。
「なぜじゃーーー! なぜ
デンセット公爵は子供のようにテーブルの上のティカップなどを投げ始めた。従者の男は逃げ出すように執事の後ろに隠れてしまう。
暫くすると投げる物も無くなり、デンセット公爵は疲れたのかソファに座った。
「直接でなく商人か貴族を使って手に入れられぬか?」
「非常に難しいと思いますし、時間が掛かると思います」
「構わぬ! 何年経とうとも手に入れろ!」
「了解しました」
「儂は寝る!」
デンセット公爵は最後にそう話すと、自分の寝室に入って行くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
タランティは闇ギルドメンバーに引継ぎを終えると、町の外壁を超えて真っ暗な街道を全力で走って移動を始めた。
夜目スキルのある彼にとって暗闇は逆に行動がしやすかった。
しかし、走りだしてすぐに自分を追いかけてくる存在に気が付く。
(ひとりか……、しかし、追いかけてきたということは油断できないな)
闇ギルドの幹部であるタランティは、それなりに自分の能力に自信があった。
しかし、体力ポーションを利用して全力で走る自分に追いつける相手は、同じように体力ポーションを使えないとできないと思っていた。
それほどの準備と能力を持つ相手だとすると油断できないと考えたのだ。
一瞬バルドーが思い浮かぶが、宿に入る前に従魔を使った伝令で、夕方の段階でバルドーが王都に居ることは確認していたので、すぐにバルドーではないと考える。
ただ、相手の情報がない状況で戦うか迷ったが、すぐに全力で逃げることを選択する。1人だと思っていた相手の気配が少しブレたように感じたのだ。
(1人じゃない、2人が並んで追いかけている!)
これほどの実力となるとバルドーが居なくなった時に組織を引き継いだ、カイナとアイナだとタランティはすぐに気が付いた。
情報もほとんどなく、影の薄い印象しかない。しかし、組織を任されるほどの相手と正面から戦うつもりは無かった。
懐から能力増強ポーションを取り出して一気に飲む。そして限界まで走る速度を上げるのであった。
能力増強ポーションは一時的に能力を1.5倍に引き上げてくれるが、効果時間は30分ほどで、効果が切れると反動で半日は起き上がれない。
それでも、その30分で相手から距離を離して身を隠せばやり過ごせるはずである。暫くは街道を進みどこかで道を逸れて身を隠そうとタランティは決断した。
少ししてタランティが能力増強ポーションを飲んだ場所の辺りに、カイナとアイナが姿を現したが走るのをやめていた。
「さすがにあれは追いつけないわね」
「お姉ちゃんゴメン、私がふらついたから……」
カイナは余裕そうだが、アイナは疲れ切った表情をしていた。
「仕方ないわ。相手は体力回復ポーションを使っていたみたいだしね」
彼女らは体力回復ポーションの用意をしていなかったのだ。
2人は残念そうにしながらも、無理をするのは危険だと知っているので、引き返すのであった。
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