第20話 負けられない男の戦い!?
ジデガン伯爵は自分の執務室に戻ってくると指示を出し始める。
「お前は例の場所を知っているな。すぐにバルモアを迎えに行け」
さらにベルント侯爵の作戦を説明して、それをバルモアに理解させるように細かく指示する。
「では、行ってまいります」
腹心のひとりが執務室を出て行くのを見送る。そして他の者達にも指示を出す。
「お前は宮廷魔術師の部屋に行って様子を見てこい。たしかいつもバルモアの後ろについていた奴がいただろう。そいつに話を聞いてこい」
そこまで話してからバルモアの様子が変であったことを思い出す。
「それとバルモアが話した内容に間違いがないか確認してくれ。何か隠している気がする」
「はい、わかりました」
もうひとりの腹心が部屋を出ると、ジデガン伯爵は溜息を付く。
王都からバルドーが居なくなり、彼の作った組織が弱体化したと判断して、それまで危険な行動はしていなかった元老院の議長であるベルント侯爵が活発に動き出した。
それもデンセット公爵を後ろ盾にしてだった。
しかし、急に裏工作的な事を始めても、ジデガン伯爵は上手くいく感じがしなかった。
(だいたいバルモアのような小物を使うから問題になるのだ!)
ジデガン伯爵は最初から彼では不安だと何度も訴えた。しかし、多少の問題が出ても元老院で何とかすると言われていたが、予想通り問題が発生しているのである。
最悪は自分が責任を取らされる事である。
それにバルドーの作った組織の能力もよく分かっていない。
そろそろ逃げ道を考える必要があると、ジデガン伯爵は考え始めるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
国王の執務室に宰相がノックして返事を聞く前に部屋に入っていった。
「おい、いくら宰相のお前でも、返事を待たずに入ってくるのはないだろう」
国王は執務机で書類を読みながら、無断で入って来た宰相に文句を言う。しかし、扉の外にも護衛が居るので、不審者が入ってくるとは国王も思ってなかった。
「それどころではありません! バルモアがやってしまいました!」
宰相は焦って碌な説明もせずに国王に話す。
「全く意味がわからん。バルモアが何をした?」
「自分の言うとおりに報告書を書かなければ、エクレアを宮廷魔術師から追放すると言ったようです。エクレアはそれなら辞めると言って宮廷を出て行ったそうです。それも彼女を慕う宮廷魔術師の半分以上も一緒に!」
宰相は魔術師達から秘かに聞いた話の内容で重要な部分だけを説明する。
「なんだと、そのような事が許されるものか! すぐにバルモアを拘束せよ!」
「指示はしましたが、バルモアは行方不明です」
国王も書類から顔を上げ、焦ってバルモアの拘束を命じたが、すでに宰相は動き出していた。
「まずい、まずいぞ! ドロテア先生が宮廷魔術師を辞めた時も、他国が色々と動き出した。しかし、エクレアが残ってくれたから、まだ何とかなったのだ!
これで宮廷魔術師が半減したとなれば……」
「半減どころではありません。優秀な魔術師のほとんどがエクレアの教え子たちです。それが居なくなったとなれば、ほとんど宮廷魔術師が機能しない可能性があります!」
「う~ん!」
国王も唸るしかなかった。バルドーに忠告されていたにもかかわらず、まさかこれほど早く事態が動くとは考えていなかった。
その時、ノックをする音が聞こえてきた。
「なんだ!」
「お茶をお持ちしました」
「今はいらん!」
最悪のタイミングに苛立つ国王は強めに断る。
「お茶を飲んだ方が良いですよ?」
「なんだとぉ!」
しかし、予想外の返事が返ってきて、国王はさらに興奮して怒鳴りつける。
「お、お待ちください。何か変です!」
宰相が不審に思い国王を止める。
「何がだ!?」
興奮した国王は怒鳴るように宰相に尋ねた。
「声がメイドでありません!」
宰相が護衛の兵士に扉を開けるように合図する。
護衛は国王を守るように囲み、武器を抜いて警戒する。扉の外にも護衛が居るはずなので、余計に警戒心が強くなる。
護衛のひとりが勢いよく扉を開ける。
なんと扉の前にはバルドーが立っていた。護衛の騎士達もバルドーの姿を見た瞬間にホッとした表情になり武器をしまう。
「バルドー悪戯が過ぎるぞ!」
国王がバルドーに文句を言う。
「申し訳ありませんねぇ。また、叱られないように別の方法で尋ねてきたのですがねぇ」
バルドーは笑いながら部屋の中に入ってくる。
「お前達もなぜ警戒を解く、すでにバルドーは王宮から出た人間だぞ!」
宰相が護衛の兵士に注意する。
「し、しかし……」
「宰相閣下、彼らを叱らないで下さい。私の悪戯が良くなかったのですから」
「「「バルドー様」」」
宰相は護衛の兵士たちがバルドーを見つめる姿を見て溜息を付いた。
バルドーは裏の仕事ができるだけではなく、騎士や兵士たちがバルドーを慕っていることを思い出す。ついでに彼の趣味嗜好も合わせて思い出していた。
(ふぅ、バルドーがその気になれば国王や自分でも簡単に暗殺されるだろうな……)
「わかった。お前達は部屋を出て外で待機していろ。それとバルドーが来たことは口外禁止だ!」
「「「はっ!」」」
護衛の兵士たちが部屋を出るとバルドーが話し始める。
「いやぁ、バルモア君も仕事が早いですなぁ」
「どこまで事情が分かっているのだ?」
バルドーの言葉を聞いて宰相は質問する。
「そうですなぁ、宰相閣下が知っていることは全て知っています。
それ以外にもジデガン伯爵がバルモア君に王宮から出るように指示したとか、ジデガン伯爵の後ろにはベルント侯爵とデンセット公爵がいることも知っています。
あとは、彼らがエクレアに責任を押し付ける為に、またバルモア君を王宮に戻そうとしている事ぐらいですかね」
バルドーは微笑みながら説明する。
「そういう事か。元老院の議長と私の側室の父親が係わっているということか……」
国王は裏で暗躍する相手が分かり考え込む。
「昨日の今日でもうそこまで調べたのか?」
「いえいえ、勝手に向こうが動き始めたのですよ。本当にバルモア君には感謝しないといけませんねぇ」
楽しそうにバルドーは話す。
「用件はそれだけか?」
宰相が質問する。
「昨日の契約についてお話をしに来たら、バルモア君が楽しそうな事をしていたので、ついでに少しだけ確認をしていたのですよ」
「そうか……、しかし、今は緊急事態だ。その件は後にしてもらいたい」
宰相としてはバルモアに関する問題を、先に対処する必要があると考えたのだ。
「ふむ、バルモアの件はもう少し様子を見ませんか。現状ではバルモアぐらいしか罪に問えませんよ?」
バルドーの提案を聞いて、国王は会話に入ってくる。
「もう少し相手の出方を見てから対処するという事だな?」
「そういう事になります。バルモアだけでなく、すでにジデガン伯爵、ベルント侯爵とデンセット公爵にも元私の配下がついています。もう少し情報を集めてから対処するほうが得策だと思います」
「ふむ、宮廷魔術師達の取り調べについては、情報の漏洩だけ気を付ければ問題ありませんな。あとは向こうの出方次第で対応を考えましょう」
国王とバルドーの話を聞いた宰相は、必要と思われる指示を出していく。
「情報をここに集めるようにしましょう。動きがあるまで、バルドーの用件を聞いておきましょうか?」
宰相は必要な指示を出すと、お茶の用意を頼んでホッとした表情で椅子に座る。
「バルドーが居てくれると本当にたすかるのぉ~」
宰相は独り言のように呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
宮廷魔術師の部屋へ様子を見に行った副官が戻って来て話を聞くと、ジデガン伯爵は真っ青な顔になりブルブルと震えだしていた。
「ほ、本当に騎士団が宮廷魔術師の部屋を封鎖しているのだな!?」
「はい、中に入るどころか、部屋に近寄るだけで尋問を受ける始末です」
ジデガン伯爵はそこまでの事態になるとは思ってもいなかった。
エクレアが辞めて10人程度の魔術師が一緒に辞めたとしても、問題になるにしても騒ぎが大げさすぎるのである。
「それと、帰り際に噂を聞いたのですが……」
「なんだ! 早く言え!」
「う、噂では、何十人も宮廷魔術師が午前中に宮廷から出て行ったと……」
「なっ」
ジデガン伯爵はそれを聞いて、バルモアがあれほど動揺していた理由が何となくわかった。
(あいつは、過少で色々報告したなぁ。まて、他にもバルモアが言った話に間違いがあるのでは!?)
ジデガン伯爵は漸くバルモアの話に疑問を持ち始めた。しかし、いまさらそれを確認することが難しくなっていた。
「あっ!」
ジデガン伯爵はバルモアを呼び戻したことを思い出す。そしてバルモアまで尋問されると不味いと焦り始めた。
「おい、すぐにバルモアが王宮に戻らないように伝えてこい!」
全てが手遅れになる前にバルモアを処分する必要がある。しかし、ジデガン伯爵は自分でそのような判断はできなかった。
そのうえバルモアのことをベルント侯爵に報告する勇気もなかった。
すべてはバルモアが勝手にしたことで、嘘の報告もバルモアが悪い。
自分は彼を使う事に反対したのだと、なんの解決策もない言い訳をして納得するジデガン伯爵だった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、妖精の寝床でエレノアと2人の魔術師がドロテアと面会していた。
「王宮は全く変わっていないのじゃ!」
エレノアがドロテアに今回の経緯を説明すると、ドロテアはプンプンと怒る。
「はい、私は国の為に精一杯の事をしてきたのですが、我慢の限界です!」
「我慢などしなくて良いのじゃ!」
普段から我慢することなどしないドロテアは当然のように言う。
「ですが、私を慕って一緒に宮廷魔術師を辞めた者達の今後が心配です……」
エレノアが悲しそうな顔をして呟く。それを見てドロテアが言う。
「問題無いのじゃ! 私がテンマに話して王都の研修施設は魔術師専用で造ってやるのじゃ! 全員私が面倒を見てやるのじゃあ~!」
ドロテアが立ち上がって胸を張って宣言した。
「ド、ドロテア様ぁ~、私は一生あなたについて行きますぅ!」
「うむ、任せるのじゃ!」
芝居がかったそのやり取りを戻って来たバルドーも一緒に見ていた。
「テンマ様に怒られなければ宜しいのですが……」
バルドーが小さな声で呟いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃テンマ達は『どこでも自宅』で風呂に入っていた。
ドロテア達にはアンナのルームがあるので、『どこでも自宅』の入口を宿に開いてこなかったのである。
『パオ、パオーン!』
バルガス「タクト、正確に測れよ!」
タクト「わかってますよぉ、僕はこんなことしたくないのに……」
タクトは俺とバルガスもパオーンを木の棒で長さを測っていた。
男として負けられない戦いがここにある!
タクト「ほとんど一緒です!」
バルガス「ほとんどだとぉ、なら少しは違うんだな!」
テンマ「結局は俺の勝ちだったか」
バルガス「勝手に決めるな! タクト、どっちが大きい!」
タクト「ほんの少しバルガスさんが……」
テンマ「がーん!」
バルガス「だから言ったろ! ちっちゃいテンマ君!」
テンマ「くっ、殺せ!」
タクト「でも、ほとんど一緒だったよ。それにテンマ君はまだ14歳だよ!」
テンマ「フッ、確かにその通りだねぇ。成長どころか老化の始まったバルガスなんて、すぐに追い越してやるさ!」
バルガス「けっ、負け惜しみを言いやがって!」
タクト「もういい加減にしてよぉ~」
テンマ「なになに、タクト君も参戦するのかい?」
タクト「な、なにを言い出すんだよ。テンマ君!」
バルガス「確かにタクトは男同士なのに、やたら隠しているなぁ~」
タクト「やめてぇ~、あっ、ダメです。バルガスさん!」
バルガス・テンマ「「………」」
タクト「もうお婿にいけないよぉ~」
テンマ「まあ、少しは……。俺は数年後には逆転するから大丈夫!」
バルガス「………」
ジュビロ「何を騒いでいるんですかぁ~。外まで声が聞こえていますよ」
バルガス・テンマ「「お前も確認するぞ!」」
ジュビロ「えっ!?」
『ババババオーーーン!!!』
バルガス・テンマ「「………」」
テンマ「男はパオーンではなく気持ちが大切だ!」
バルガス「その通りだ! 初めてテンマと意見があったな」
俺とバルガスは男の熱い握手を交わす。
その横でタクトが涙目で俺達を睨み、状況が分からずにオロオロとバオーンを揺らすジュビロだった。
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