第4話 呪いの館
ドロテアとマリア、そしてアンナは王都のある場所を目指して歩いていた。
すれ違う人々は3人を見るたびに二度見する。
ある人はマリアの
ハルはさすがに目立ちすぎるので、今回は姿を消した状態で3人の周辺を飛んでいた。
3人はそれらの視線を一切気にすることなく、目的地に向かって歩いて行く。
「お姉さん、本当にあの呪いの館を手に入れるつもりですか?」
マリアはドロテアの名前は有名すぎるので、街中ではお姉さんとだけ呼ぶようにしていた。
それよりも、ドロテアが王都でも有名な呪いの館を手に入れようとするのが、マリアには信じられなかった。
「そうじゃ、あそこは広さも十分にあるし、テンマとの愛の巣には最高じゃ!」
ドロテアは自信満々に答えるが、マリアは信じられないという顔をしている。
(教会も呪を解呪できなくて、王家秘蔵の魔道具で呪を封じ込めているのに、大丈夫かしら?)
マリアが考えていることは、すでにドロテアも知っている。
なぜなら、呪いが発生して周りにも影響が出始めたのは、ドロテアが宮廷魔術師をしていた時期で、王家秘蔵の魔道具をドロテアが研究して、封印に使えるようにしたのである。
実際に魔道具を設置した時も、教会と協力して作業をしたのはドロテアだったのだ。
「あそこは闇ギルドが大昔から根城にしていて、何十年、もしかしたら百年単位で怨念が蓄積されて、教会の大司教でも手に負えなかったと聞いています。
そこを愛の巣というのはさすがに……」
たしかに愛の巣というのはドロテアの思い込みだ。
テンマから、
「王都にも研修施設があると便利なんだけどなぁ。ロンダの研修施設が初心者用で、そこを卒業したら王都周辺のダンジョンで鍛えるのも良いと思う。
まあ、さすがに王都で広い土地を手に入れるのは無理だし、ロンダにもダンジョンが見つかったから、無理に研修施設を造る必要はないけどね」
この話を聞いたときは、何も思いつかなかった。
しかし、ラコリナを出てからテンマの話した物語で、自分が迷惑を掛けていることにようやく気が付く。そして、テンマの役に立つことは何かないかと考えた時に、アンナの能力と呪の館を思い出して、テンマに喜んでもらおうとドロテアは思いついたのである。
「ふふふっ、マリアはアンナの聖魔術については知っているではないか。アンナが解呪できないとしたら、誰にも解呪はできないのじゃ」
自分の石化の呪を解呪したアンナの聖魔術は、マリアが解呪を頼んだ教会の司教より間違いなく上だろう。
でも王家でも封印するしかなかった呪の館は、伝説級の呪といえるもので、マリアには不安でしかなかった。
3人は呪いの館に到着する一つ手前の区画で足止めにあう。なぜか冒険者がそれ以上奥に行かないように道を封鎖しているのだ。
マリアを先頭にして冒険者に近づくと、冒険者がマリアに気が付いて声を掛けてきた。
「マリアさん、本当に回復したんですね」
20代の冒険者は涙ぐみながら嬉しそうに話す。マリアはその冒険者に見覚えは無かったが、良くあることなので気にせずに質問する。
「ええ、心配かけたみたいね。それより、私達はその奥に行きたいけど、なぜ道を封鎖しているの?」
「実は1ヶ月ほど前から、この奥で呪いの症状で亡くなる事件が何件も発生しまして、10日ほど前に商業ギルドへ国からこの一帯を封鎖するように指示があったそうです」
話しを聞いてマリアは不自然な内容が多いと感じた。
確かに呪で亡くなる事件は珍しいが、一帯を封鎖するのはあまり聞いたことがない。そして、封鎖を国がするのではなく、商業ギルドに指示してやらせるのも不自然である。
「それでも封鎖するのは珍しいわね。他にも理由があるのかしら?」
「俺も詳しくは知らないのですが、噂では呪いの館の封印が弱くなったとか、少しだけ封印が無くなったとか言われています。
宮廷魔術師の人が毎日朝から調査に来ています。ほら、あそこの建物に陣取っていますよ」
冒険者の男は小さな声でマリアに説明した。
男が目で教えてくれた方を見ると、確かに宮廷魔術師のローブを着た人達が、封鎖された道のすぐ先の建物に陣取って休憩していた。
「おお、あそこにいるのはエクレアなのじゃ!」
ドロテアはそう言うとスタスタと封鎖している道に入って行く。冒険者の男はあまりにも自然にドロテアが入って行くので、止めるのを忘れていた。
アンナまで普通にドロテアについて行くと、マリアもすぐに追いかけた。
「マ、マリアさん!」
すでに手遅れだが、冒険者の男は声を掛ける。しかし、マリアは返事もせずに小走りしてドロテア達に追いつく。
「お、おい、ここは封鎖されている。すぐに出て行ってくれ!」
近づいてくるドロテアを見て、その雰囲気に戸惑いながらも、宮廷魔術師の若い男が話しかける。
「うむ気にするでない。そこに知り合いがおるのじゃ!」
「い、いや、そう言う事ではなく……」
無邪気に偉そうに答えるドロテアに困りながらも、一緒にいるアンナやマリアにも視線が向いてしまう。
そんなやり取りを、他の宮廷魔術師も気が付いたが、3人の雰囲気に飲まれてしまっている。
そんな騒ぎに気が付いたのは、宮廷魔術師としてはこの中で一番位の高いエクレアだ。
(ド、ドロテア様!)
エクレアは飛び出すようにドロテアの前まで来ると、跪いて話した。
「ドロテア様、お、お久しぶりで御座います!」
少し涙ぐみながらエクレアはドロテアに挨拶する
「うむ、エクレアも元気そうで何よりじゃ。それより少し話は出来るか?」
「はい、喜んでお話しさせて頂きます!」
エクレアはこのところ忙しくて疲れていたが、それ以上にドロテアに会えたことが嬉しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
エクレアの案内で建物の中に入ると、ドロテアが人払いするようにエクレア頼む。
「これで大丈夫です。ですが、ここに居る者たちはバルモアに疎まれている者たちなので、秘密の守れる者たちです」
宮廷魔術師筆頭のバルモアは政治力だけの魔術師で、ドロテアが宮廷魔術師をしていた時に、魔術師として圧倒的な力を持つドロテアの事を目の敵にしていた。
「バルモアの事はどうでも良いのじゃ。今回は少し思惑があって、秘密に事を進めたいのじゃ。」
エクレアはドロテアが宮廷魔術師を辞めた時、ついて行くか迷ったが、国の為にせめて自分だけでもと宮廷魔術師として残ったのだ。
しかし、ドロテアが居なくなるとバルモアは好き放題やり始め、研究など一切できなくなり、バルモアが自分の地位を固める為に、貴族のご機嫌取りに宮廷魔術師が使われていたのだ。
(カリアーナと同じようにドロテアさんについて行けばよかった……)
エクレアは最近では特にそう考えていた。
「私は今でもドロテア様の弟子で御座います!」
「うむ、エクレアの事は信用しておるのじゃ」
エクレアはその一言で決心を固めた。
(宮廷魔術師を辞めてドロテア様について行く!)
「それで呪いの館は封印に問題があるのか?」
ドロテアは噂の内容を確認する。
「いえ、そのような事はありません。最初はバルモアの子飼いの者たちが調査して、封印に問題があると陛下に報告したのですが、陛下が私にも調査させよと言われたのです。
そこで私も調査しましたが、封印には一切問題無いとバルモアに報告したけど、何度も調査をやり直せと言われていまして」
「ふむ、なにか理由があって、封印に問題があるとしたいのじゃな。相変わらずバルモアは馬鹿な事ばかりしているのう」
「はい!」
「済まぬが、呪いの館の調査を私にもさせて欲しいのじゃ」
「はい、喜んで御供させて頂きます」
「そうか、お主だけ付いて来るのじゃ」
エクレアに尻尾があれば、ブンブンと左右に振られていると思わせる懐きかたである。エクレアはカリアーナと同じ歳の40代後半だが、20代後半にしか見えないのは魔力が多いせいだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「えっ、呪いの館を解呪して、王家から貰い受けるのですか?」
呪の館に向かいながら、ドロテアが自分の考えを説明すると、エクレアは驚いて質問をした。
「そうじゃ、そしてテックスの研修施設を造るのじゃ」
「テ、テックス……、私もテックスさんの教えを受けたいと思っていました。でも、バルモアの馬鹿が……」
エクレアは悲しそうに話す。
「どうじゃ、エクレアにはもちろんテックスの知識を学んでもらうが、研修施設ができたらエクレアに魔術師部門を任したいのじゃ!」
ドロテアは思い付きで提案しただけだが、エクレアはそれほどドロテアに信頼されていると感じて、涙を流しながら返事する。
「ひゃい、おまかしぇくだしゃい!」
鼻水まで流すエクレアを見て、ドロテアは少し後悔するのであった。
「おお、久しぶりに呪の館を見たぞ。んっ、封印は問題無いが中の呪は強くなっているようじゃな。これではあと10年もすれば本当に封印が壊れるぞ!」
「「本当ですか」」
ドロテアの言葉にエクレアもマリアも驚きの声を上げる。
「私にはそう見えるのじゃ。アンナはどう思う?」
「5年ぐらいで封印は壊れそうですね。呪いが徐々に強くなっていくので、それぐらいが限界でしょう」
エクレアとマリアは唾を飲み込んで冷や汗をかく。
「どうじゃ、解呪は出来そうか?」
ドロテアはアンナに尋ねる。
「……解呪は出来そうですが、呪いの規模が大きすぎるので1回では無理ですね。数十回は必要ですが、テンマ様と一緒なら1日で解呪できると思います」
マリアはその答えに驚いたが、それ以上にエクレアは驚いた。
教会の大司教でさえ解呪できなかったのに、先程までドロテア様のメイドと思っていた女性が、数十回は掛かるが解呪できると言う。そして初めて聞くテンマと言う人物と一緒なら1日で解呪できると言うのだ。
「ふふふっ、今日はそこまで分かれば大丈夫じゃ。あとはバルドーに任せよう」
ドロテアはそう話すと、楽しそうに微笑むのだった。
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