第3話 王都観光

俺とジジ、ピピとミイはシルと一緒に王都観光に出掛けることにした。


宿から出発しようとしたらドロテアさんに声を掛けられた。


「テンマ、王都であまり問題を起こすのはダメじゃ!」


あんたにだけは、言われたくねぇよ!


シルとピピは並んで前を歩き、左右にジジとミイに挟まれて歩き始める。


「この辺は普通の住宅街で、あまり見る物はありませんね。もう少し行くと商店街があります。商店街を真っ直ぐ抜けると王都の中心にある広場に行けますよ。広場には屋台も多いし、珍しい物も沢山ありますから、ゆっくり見て回るだけで1日が簡単に過ぎちゃいます」


ミイは案内慣れしているようだ。

宿の関係者なら、もしかして客を案内したことがあるのかもしれないなぁ。


俺達の前を歩くピピとシルは遊んでいるのだろうが……。


「商店街に行ったらピピちゃんとシルちゃんを止めてもらえますか?」


ミイが小声で俺に話しかけてきた。


シルがピピを追いかけて、ピピが軽くあしらうように避けたり、背中に乗ったりしているのだが、知らない人が見ればピピが襲われているように見えるかも……。


騒ぎになりそうだぁ。


「ピピ、町中で暴れては他の人に迷惑が掛かるわよ!」


「はぁ~い」


ジジがピピに注意する。


「シルも町中では大人しくしていろよぉ」


『うん、わかったぁ』


ピピとシルは大人しく歩き始める。


「テンマさんはシルちゃんと、本当に話しているみたいですねぇ」


ミイが感心して言う。


いや、本当に話しているよ。ハルは魔力を多めに込めて念話することで、念話出来ない相手にも聞こえるようにできるが、シルはそんな事はできない。


ミイや狐の守り人フォックスガーディアンにも魔道具を用意するかぁ。マリアさんには胸元を飾るようなペンダント型の魔道具が良いかもしれないなぁ。


うん、バルガスには必要ないかぁ!


最近は魔道具と言うより服を作る事の方が多い。

最初は着心地の良さで満足してくれたのだが、今ではデザインに色々と注文を付けてくることが多くなった。


それもすべてはアンナのせいである。


アンナは頑なにメイド服以外を着ようとしないのだが、なぜか下着のデザインや素材に注文を付けてくる。


「私が創造神の眷属をしていた世界では、下着はこのようなデザインが当たり前だったのです。メイド服以外を着る気はありませんが、その代わり下着だけは着慣れたものでお願いします」


そう言って渡されたデザイン画は、あまりにも煽情的なものが多かった。

普通に受け取ったが、作り始めるとあまりにも過激で、着けた姿を想像して鼻血を出してしまった。


そして、それが他の女性たちにも伝わると、同じような下着を頼まれたり、服にまで注文をつけるようになったのである。


ジジが恥ずかしそうにアンナの下着デザインを指差した時は、動揺を隠して冷静に注文を受けた。


ま、まさか、いま着てないよね!?


「あっ、商店街に入りましたよ」


良いタイミングで、ジジが声を掛けてきたので、口から心臓が跳び出そうになる。


「そ、そうかい。ゆっくり見て回ろうかぁ」


不思議そうな顔で俺を見るジジが可愛い。そして、あの下着を……。


「テンマ様! 鼻血が!」


王都観光の出だしから、俺が鼻血を出すハプニングが発生したのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



「ミイちゃん、マリアさんにやはり何かあったのかい?」


「メアリさんが回復したと言っていてけど、違ったのかい?」


商店街に入ってすぐに、商店のおばちゃん連中がミイを取り囲んで質問攻めをする。


「えっ、お母さんは無事に治りましたよ。今日もお客ドロテアさんと出かけると言ってたし」


ミイはなぜそんな話が広まっているのか分からず、戸惑いながらも答える。


「じゃあ、なんでバルガスが変な格好して歩いていたと噂になっているんだい?」


「わたしは見たよ! 獣人みたいな尻尾や耳を付けているのを。頭がおかしくなった思ったね!」


吹き出しそうになるのを我慢する。ジジは手で口を押えているが、ミイは大笑いしている。


「しかし、良かったねぇ~。マリアさんが石化の呪を受けたと聞いたときは、グスッ」


「本当だよぉ。正直なところ、バルガスではマリアさんを助けられないかと心配したよ」


「あの馬鹿も頑張ったんだねぇ。今度会ったら優しくしてやろうかねぇ」


バルガスの評価は予想以上に低い。


「お母さんを治してくれたのは、ドロテア様だよ」


検討した結果、面倒な事はドロテアさんがやったことにしたのだ。


「なんだってぇ。あの英雄ドロテア様かい!」


「ドロテア様なら簡単に治してくれそうねぇ」


「たしかマリアさんは一緒に冒険者をしていたはずだよぉ」


「やはり英雄様は違うねぇ~」


しかし、どの世界でもおばちゃんパワーを凄い!


シルはいつの間にか子供たちに囲まれてモフられている。

ピピが仕切っている感じだし、親が心配そうに見ているが、食べ物を貰ってシルは嬉しそうに尻尾を振っている。



   ◇   ◇   ◇   ◇



商店街を抜けたのは昼を随分と過ぎてからだった。


「テンマさん、ジジちゃん、ごめんね。商店街の人達は子供のころからの知り合いで……」


ミイは申し訳なさそうに俺達に謝罪する。


「いやぁ~、おばちゃん連中が勢いが凄くて驚いたけど、人情味があってマリアさんの事を心配しているのは分かったから問題ないよ」


「そうですよぉ。しかし、バルガスさんの話には笑いましたね」


ジジは思い出したように笑いながら話した。


「ははは、あの姿を見たら誰だって頭がいかれたと思うよなぁ」


「テンマさん酷いですよぉ~、あれを着るように勧めたのはテンマさんじゃありませんかぁ」


ミイは笑いながら話したので、文句を言っている訳ではないのだろう。


「いやいや、半分冗談だったけど、マリアさんまで勧めたから、俺だけが悪くないよぉ」


俺達は中央広場のベンチ代わりに置かれている石に座りながら、商店街の事を話していた。


シルだけではなく、俺達も食べ物をタダで貰ったので、お腹は空いていなかった。


中央広場には様々な屋台が沢山出ていた。

食べ物や飲み物だけではなく、服から雑貨まで市場のように店が並んでいる。


広場を囲むように大きな商店も店を出していた。


「中央広場はお金持ちの住宅街や、貴族様のお屋敷街も近いし、平民だけでなく貴族の家族なども来ているので気を付けて下さい。特に周りの大商会には貴族やお金持ちが来るので、あまり近づかないほうが良いですよ」


確かに周辺の商会には、貴族の紋章や旗を付けた馬車が止まっている。屋台にも護衛を付けた金持ちや貴族らしい人達もいる。


揉め事は遠慮したいなぁ。


「そう言えばベニスカ商会の大番頭の人と揉めたなぁ」


「えっ、王都で一番大きい商会のベニスカ商会ですか。ベニスカ商会はあそこがお店です。私は中に入ったことはありません」


おお、他と比べても一回りは大きそうな建物で、近寄りがたい豪華な雰囲気がある。


あんな大商会の大番頭にドロテアさんは喧嘩を吹っ掛けたのかぁ。


「おい、ベニスカ商会と揉めたというのは本当か?」


近くにいた男が急に話しかけてきた。3人ほどの従者を連れた商人風の男だった。


「あんた誰?」


「私はベニスカ商会の関係者だ。坊主、質問に答えろ?」


なんで高飛車に質問してくるんだ。ベニスカ商会は高飛車な態度が普通なのか?


「関係者ということはベニスカ商会の人間だというのだな?」


「そんなことはどうでも良い!」


どうでも良くないだろう!?


「ああん、大番頭のチロルの話と全然違うじゃねえか!」


なぜか相手が驚いた顔をしている。


「待ちなさい!」


なんだぁ!?


予想外の少女が割込んできた。

少女は貴族のお嬢様と言う雰囲気で、髪型もしっかりと整えられていて、少し年下に見える。付き人なのかもう一人の少女と、護衛が6人もついている。


「あなた達はベニスカ商会の人間の人ですか?」


少女が商人風の男に尋ねる。


「い、いえ、取引のある商人です」


おいおい、関係者とはそんな関係の事かよ。


「それにしては随分と偉そうに彼らに質問していましたね。彼らはチロルの事を知っているようですが、逆にベニスカ商会に迷惑を掛けることになりませんか?」


「は、はい、申し訳ありませんでした」


男達は謝罪すると逃げるようにその場から去って行った。


おいおい、なんで勝手に逃がしているんだよぉ。


ま、まあ、揉め事が無くなっただけでも良かったとしよう。


「それで?」


んっ、それで?


このお嬢さんは、なんで俺を見て質問してくるんだ?


俺が不思議そうな顔をしていると、護衛の男が怒鳴ってくる。


「助けてもらったら、礼ぐらい言うのは当然だろう!」


何で怒鳴られないといけないのか理解できないなぁ。


別に頼んでいないし、勝手に相手を逃がしているし……。


でも、揉め事は遠慮したいので、大人の対応をしよう。


「それはすみませんね。ありがとうございました」


「なら、そこの従魔を譲ってください。お金は払います」


え~と、もしかしてさっきの連中とグルなのか?


そんな風には見えないけど……。


「お断りします」


「おい、無礼だろ! こちらはゴドウィン侯爵のご令嬢だぞ!」


はあ、まさかのゴドウィン侯爵の関係者なのかぁ。


「何がどう無礼なんだ? 勝手に割り込んできて相手を逃がしてしまうし、従魔は売りものじゃないから断った。何が問題なんだ?」


「なっ」


なぜか護衛が驚いている。


「でも、私が間に入らなければ困ったことになったのではありませんか?」


「なりませんね。悪いのは向こうです。別に困ることは何もありません」


お嬢さんは驚いた顔をしている。


「おい、それ以上無礼を働くと、ただで済まんぞ!」


「ほほう、ただで済まないとはどういうことだ? 家名まで出して人の従魔を脅し取ろうとするのか?」


おっ、剣に手を伸ばしたよ。


「止めなさい!」


おお、お嬢さんが止めた。最低限の常識はあるのかな?


「なあ、俺は最近ゴドウィン侯爵とは会ったばかりだ。テンマの従魔を買い取ろうとしたと侯爵に話せよ」


ゴドウィン侯爵と会ったと言ったら、護衛は少し驚いている。


「テンマさんと言うのですね。父の事まで話に出して大丈夫かしら?」


「んっ、全然大丈夫だぞ。あぁ、そう言えばまだ王都には来てないのかぁ。う~ん、俺は『妖精の寝床』に居ることは侯爵も知っているはずだ。侯爵に「また金でテンマの家族を買おうとしましたと」伝えてくれ」


お嬢さんは凄く驚いた顔をする。


「おい、そんな事を言って逃げるのだろう!」


「お待ちください! 私は妖精の守り人ピクシーガーディアンのミイです。テンマさんは逃げることは絶対にありません。その事は妖精の守り人ピクシーガーディアンが責任を待ちます」


お嬢さんはミイの顔を見つめている。


「お、お前が妖精の守り人ピクシーガーディアンだと証明できるのか!?」


「見覚えがあるわ。マリアさんの娘さんですよね?」


「「「えっ!?」」」


お嬢さんはミイの事を知っているみたいだ。護衛連中も驚いている。


「ですが、妖精の守り人ピクシーガーディアンでも、不味い事になりますよ」


「ふふふっ、テンマさんに失礼な事をしたとなれば、不味い事になるのはどちらでしょうか?」


ミイの発言にはお嬢様と護衛の連中も固まってしまった。


俺達はお嬢様たちを残して、その場を立ち去るのであった。

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